28 奇遇。
巨大な漆黒のドラゴンが空を覆い尽くしたと思った瞬間、腕を引っ張られた。
城とは真逆の方に逃げ惑う人達に紛れてしまい、シアン様からどんどん離れていってしまう。
足がもつれてしまえば、私の腕を掴む人も足を止めた。
見知らぬ人だ。けれども、知っているような気もする。
「ルビドット様」
「お、オルトさん!?」
その呼びかけで、誰かわかった。でも知っている顔ではない。
オルトさんは、蜥蜴の顔をした魔族。なのに、目の前に彼は人間の姿。凛とした顔立ちは、彼だと理解出来た。ストレートの濃い深緑の髪。同じ色の細アーモンド型の瞳。黒いローブを纏っていた。
私の腕を掴む手に、魔力は感じられない。
どうやら、彼は魔力を封印して結界の中に入って来たらしい。
移動手段は、きっと漆黒のドラゴン・シュバルツ。魔王の召喚獣。
シュバルツなら、小一時間で最果てからここまで来れる。
それにその姿を見せるだけで、混乱に陥らせることが出来る。
子どもまでもが知っているのだ。巨大な漆黒のドラゴンが、魔王の召喚獣だということは。
「ご無事で何よりです。ルビドット様。帰りますよ」
「なっ……っ……!」
捻ろうとしても、腕は解放されない。
「放してください! 私はっ、戻りません!」
「何故ですか!? 心配したのですよ!」
「っ!?」
引っ張って、抜け出そうとしても無理だ。
逃げ惑う人がぶつかって、肩が痛む。オルトさんはギロリとその人を睨んだ。
「放して!」
「ルビドット様! 帰ってください! 陛下はろくに眠れず、食事も喉を通らないのです!」
「はい!?」
それが私と何の関係があるの?
「唯一の肉親が行方不明になって心配したのです! 今すぐ陛下の元に帰りましょう!」
私を心配する魔王!? 何それ、そんな魔王知らない!
夕食は一緒にとっていたけれども、特に記憶に残る会話はなくて、ほぼ沈黙していた気がする。私との食事がつまらなそうに黙々と食べていたあの魔王が、心配で食事も喉に通らないなんて。信じられない。
何かの間違いだろう。と言ってもオルトさんはそんな嘘を付く人ではない。大袈裟に言っているだけだろうか。はたまたオルトさんが勘違いした。そうに違いない。
「魔王陛下は、あなた様を愛しておられるのです!」
「!?」
とんでもないことまで言われて私は青ざめる。
脳裏に浮かぶのは、魔王の冷笑。
たまにオルトさんの教育を見学しては「こんなことも出来ないのか」なんて言いたそうな冷笑を浮かべていた。ゾッとしたものだ。
私はひたすら困惑をして、それでもなんとか言葉を絞り出した。
「私は魔王の後継者なんて嫌なんです!! もう私のことは放っておいてください!!」
「!!?」
オルトさんは驚愕する。
いやいやいや、そんなに驚かなくても。意外でもなんでもないだろう。
え。それとも私は望んでいると思っていたのだろうか。
私そんな張り切っていたことは一度もないのだけれど。
「……っ。それでも! 帰りましょう! 陛下に会ってあなたの無事を見せてください!」
「嫌です! 私の帰る場所ではありません!!」
「っ!」
オルトさんが、今度は傷付いた顔をした。
人間の顔だから、それがよくわかる。
傷付けたなんて、罪悪感を覚えた。
それでもオルトさんは、腕を放してくれない。
「ルビドットちゃん!!」
はぐれたシアン様の声が耳に届く。まだ離れているけれど、私の耳に届く距離まで近付いている。
「シアン様! こっちです!!」
私は声を上げて返事をした。オルトさんは今魔力を封印して、戦えない状態だ。シアン様一人で追い払える。そう考えたのだけれど。
オルトさんが口笛を吹いた。
何かと思えば、影が降る。風が巻き起こり、私のローブははためく。
頭上には、漆黒のドラゴン・シュバルツ。凶悪な顔が近付けば、オルトさんに腰を持ち上げられて、その凶悪な顔の上についた角に掴まった。
「ルビドットちゃんっ!!」
「シアン様!」
私の声は、風に掻き消される。
シアン様の姿を確認も出来ることなく、連れて行かれる。
シュバルツは猛スピードで空を飛んだ。しがみつくことしか出来なかった。オルトさんも、私を掴んで放さない。息もしにくい強風の中を突き進む。
どれくらいの時間が経っただろうか。
風が和らいだ。ちゃんと息を吸い込む。
見れば地上は荒地が広がっていた。そして、前方には薄暗い空が広がる魔族の国が見えた。
ここは最果て。国境の荒地だ。
「解除」
オルトさんの魔力を感じたかと思えば、私の知るオルトさんの蜥蜴の顔になっていた。魔力を解放して、魔族の姿に戻ったのだ。
それからオルトさんが移動魔法を使う気配がしたから、私は咄嗟に。
「ーー汝の名で召喚する! アイガット! ルサンディ!!」
アイガットとルサンディを召喚した。
空中に現れたルサンディは、自分よりも巨大なシュバルツと正面衝突。
アイガットはシュバルツの背の上に現れて、オルトさんを私から引き剥がした。
その瞬間、移動の魔法は発動する。
私は落ちて、オルトさん達は姿を消した。
急落下する私は、なんとか地上を見る。
到達するその直前に、風の魔法「風よ(ヴェンド)!」を唱えた。
風をクッションにしてから、エルフの身体能力を生かして着地。
「はぁはぁっ」
私は疲労でしゃがみ込む。息も乱れてしまった。
名前だけで召喚獣を二匹も召喚するのは、魔力を激しく消耗してしまう。
風の魔法も使って、私のエルフの魔力はほぼなくなってしまった。
「ここは……魔族の国か……はぁっ」
シュバルツが結構進んでしまったから、私の現在位置は間違いなく魔族の国だ。見渡す限り、岩山がゴロゴロしている。空は薄暗く、灰色。
「戻らなくちゃ……」
シアン様達が、心配している。守る任を負っている彼らは、私を探してくれているに違いない。取り戻そうと魔族の国に乗り込んでくるかもしれない。すれ違わないようにしなくては。
でも今の私には、魔力がない。移動魔法を使うために魔族の魔力を解放すると、オルトさん達に感知されてしまう可能性がある。それに魔族の魔力があっては、人間の国のキオノレウに張られた結界の中には入れない。
悩んだ末。エルフの魔力が回復することを待って、暫く徒歩で移動することにした。キオノレウの方角を進んだ。
せっかくシアン様が買ってくれたドレスが汚れてしまう。
ごめんなさい、シアン様。
オルトさんはしばらくアイガットとルサンディが食い止めてくれるだろう。空を気にしながら、岩山を登った。
暫くして。
「誰だ!?」
そう問われて、びくりと震え上がる。
魔族かと思ったけれど、予想外の人がそこにいた。
「え? ルビドット?」
「ダイスケ!?」
そこにいたのは、ブラウンの髪にブラウンの瞳をした勇者・ダイスケだ。茶色のマントをまとっている。
奇遇だ。私は嬉しくて抱き付いた。
「ダイスケ!!」
「うわっ!? ルビドット……俺、この手の挨拶はまだ慣れなくて」
「あ、ごめん……」
ダイスケが赤面する。
日本育ちのダイスケは、ハグが慣れないらしい。
私はもふもふのハグに慣れてしまったからな。
「敵ではないのか? 怪しいものだ」
一緒にいたのは、魔王討伐の旅に出た勇者一行の騎士。
剣を握って、私を疑う。魔王の手先ではないか。
ギクリとしてしまう。
「ルビドットは敵じゃない。なんでここにいるんだ?」
「実は……魔王の側近オルトにさらわれて……」
「なんだって!?」
魔王の側近と聞いて、勇者一行は周囲を警戒して身構えた。
「召喚獣を召喚してなんとか振り払って落ちたの。魔力がなくなちゃって、とりあえず歩いてたところ」
私も空を見上げて、シュバルツがいないことを確認する。
「団長達は何やってたんだよ」
「私がはぐれたのが悪いの。魔王の召喚獣シュバルツが現れたから、そっちに気を取られたし、シアン様と二人で街に降りていたの」
ダイスケが怪訝な表情をしたけれども、私は庇う。
はぐれさえしなければ、上手く対処出来たはずだ。
「……そっか。待ってろ、転移魔法を使って戻してやる」
「待て、ダイスケ」
「余計な魔力を使うのは、いけません。魔王の側近が近くにいるかもしれないなら、なおさらですわ」
ダイスケの提案に、異論を唱える騎士と女性の魔術師。
その通りだ。無駄な魔力を使って、魔王の側近と対決することになるのは分が悪くなりかねない。
「これが罠だと言う可能性もある」
剣士の男性が厳しい眼差しで、私を見た。
そういう見方もあるのか。
「私は大丈夫だよ、ダイスケ。魔力が回復したら転移魔法で、自分で帰るから」
「何言ってるんだよ、ここは魔族の国なんだぜ? 一人にはしておけない。魔力がないんじゃなおさらだ」
心配してくれるダイスケが、食い下がる。
当然の反応だ。魔族に狙われている友だちを放っておけない。
ダイスケはそういう人だ。初めて会った時も、私をすぐさま助けてくれた人だった。
「ダイスケ……」
「もう、仕方ありませんね。私が国境まで送りますわ」
折れたのは、女性の魔術師だ。
「皆様、ご迷惑をおかけしてすみません」
私は深々と頭を下げて、謝罪した。
「じゃあ、ルビドット。無事に帰ってくれよ」
「うん。ありがとうございます」
次はお礼を言って頭を下げる。
魔術師さんの転移魔法で、国境の荒野に送られた。
国境を超えれば、安全地帯だ。ホッと胸を撫で下ろす。
踏み出そうとしたその瞬間のことだった。
「オレの愛しのお姫様ぁ」
「!?」
その声を聞いて、身震いをする。
「奇遇だね。こんなところで再会するなんてね、いや、きっと運命だ」
振り返れば、白銀の髪のゾッとするほど美しい男性が立っていた。
吸血鬼のフェリックス様だ。
20180113




