22 捕獲の依頼。
「ルビー、ルビー、ルビー」
「もういいってば!」
ヴェルデは、上書きしようと連呼する。
ルビーという愛称を付けたのは、吸血鬼のフェリックス様。
だからそう呼ばれると、連想してしまう。
何故か私に付きまとうようになってしまったあの吸血鬼様。
最初は物珍しさで、話し掛けてきた。紅い髪のエルフ。魔族の国に、いや魔族の城に、エルフなんていたからだろう。それに、魔王の姪で後継者だということもあって、暇を持て余していた彼はちょっかいを出してきた。
フェリックス様は吸血鬼族の中でも、最強。
万が一、現魔王が命を落とすようなことがあれば、次期魔王はフェリックス様だということが囁かれるような人だったらしい。立場は、公爵というところだろう。だから正当な後継者である私に、気軽に話し掛けることが出来ていた。
魔王の側近の一人であり、私の教育係のオルトさんが、追い払ってくれたけれども。
「本当に仲が良いな」
もうギデオン様の研究室。なんだか温かい眼差しで見られる。
のほほんとしながら、買ってきた材料をすり鉢ですり潰していた。
「あとセージを入れてくれ、ルビドット」
「はい」
私はかき混ぜていた鍋に、すり潰したセージを入れてさらに煮込んだ。
それから、味付け用にミックスベリーを作った。
ヴェルデと一緒に味見。ちょっと酸っぱいかな。
「これくらいでいいんじゃないですかー? どうせ苦い薬の味を誤魔化すための味付けですし」
「なかなかいい味付けだぞ、ルビドットの腕前は」
「お褒めに預かり光栄です」
そこで来客がきた。
この国のお姫様、ジュリエット・リリ・ダイアナ様の近衛騎士だ。
若い騎士だけれど、私よりも歳上の男性が、入ってきては頭を下げた。
「失礼します、ギデオン様。ルビドット様に、ジュリエット姫様から言付けを賜ってきました」
様付けに身震いしてしまう。
魔王の城に滞在していた頃を思い出す。
魔族の人達に、様付けをされていたのだ。
「な、なんでしょう」
けれども私はお姫様の友人ということで、その騎士が様付けするのは当然だ。仕方ないことだと割り切って、とりあえず言付けを聞く。
「明日、お茶会に誘いたいとのことです」
にこ、と近衛騎士は笑いかけた。
「わかりました、明日ですね」
「確かに伝えました」
一礼して、近衛騎士は去る。
ふぅと一息つく。ジュリエットとお茶会か。
ちょっと緊張する。
相手はお姫様だもの。
まぁ、私も立場上のお姫様のようだけれど。
フェリックス様の“愛しのお姫様”呼びを思い出してしまい、私は身震いした。
「さっきから震えて、寒いのか? これから本格的に冬になる。身体には気をつけるのだぞ」
ギデオン様が気にかけてくれる。
「私は大丈夫です。エルフですから」
エルフは、人間より丈夫だ。
ギデオン様よりも。
翌日は、約束通り、バルコニーでお姫様のジュリエットとお茶会をした。
設けられたテーブルの上には、色とりどりのマカロンがある。
美味しいんだなぁこれが。
ジュリエットは、白金髪がストレートに下ろしていて、瞳は青色。十四歳の私の一つ歳上だから、十五歳。
優雅に紅茶を啜る動作も、気品だ。
そんなジュリエットは、淡いピンクのブラウスとピンクのハイウエストスカートを綺麗に着こなしていた。
「こんにちは、ジュリエット。今日はスカートなんだね。似合ってる」
「こんにちは。ありがとう」
にこやかにジュリエットは微笑んだ。
私は促されて、椅子に座った。
「勇者・ダイスケ様が広めたファッション、浸透しているの。シャルルーン学園の制服も、このハイウエストスカートなのよ」
「そうだったんだ。いただきます」
執事さんが注いでくれた紅茶を飲み、マカロンを一つ手にして口に放り込む。
シャルルーン学園は確か、一番大きくて実力主義の学園だ。学校に通ったことのない私だって知っているほど有名。
勇者・ダイスケは、地球から召喚された異世界人だ。
魔王討伐のため。
そんなダイスケが色々広めたらしい。ファッションや、プールや食べ物。
「そう言えば、ルビドットもダイスケと同じ故郷だったと聞いたわ。前世が」
「あ、うん。そうなの」
前世、生まれる前の人生のこと。
私の前世が地球人だということは、どこから漏れたのだろう。
一緒にいたシアン様とヴェルデかな。
「ではこういう服装に抵抗はないかしら」
「うんー、着れと言われれば着れるよ」
「じゃあ次は仕立て屋に行きましょう。ルビドット」
「ええ、ぜひ」
私は頷きながら、シアン様も同行したら喜ぶと思った。
今日はヴェルデだけがついている。私の後ろにしっかり立っていてた。
すると、そこで頭に浮かべていたシアン様がバルコニーに入る。
「失礼します、ジュリエット様。任務のため、ルビドットを連れて行きます」
「またなの?」
「申し訳ありません」
シアン様は、丁寧に頭を下げて謝罪した。
確かにジュリエットとのお茶会中に呼び出されたのは、これで二度目だ。
「今度はどんな任務なの?」
「私はまだ貴族からの依頼としか聞いておりません」
「貴族の依頼……?」
ジュリエットが、怪訝に眉を潜めた。
私も首を傾げる。今までは魔導師様が使う材料集めや、国民を襲うアンデッドなどの討伐だった。何の任務だろうか。
「また呼んで、ジュリエット。獣人騎士団さんの任務がなければ、私はいつでも時間が空いているから」
「ええ。また呼ばせてもらうわ」
私はマカロンをもう一つもらって、立ち上がる。
グッと親指を立てて見せてから、ヴェルデとシアン様と一緒にバルコニーをあとにした。
「貴族って誰ですかー?」
「アーゼン子爵よ」
「どんな人ですか?」
ヴェルデとシアン様の話に、私も加わる。
「収集家って噂ね」
コレクターってことか。
「じゃあ、希少な何かを見付ける任務ですか?」
「そういうことね」
ふーん、と納得する。
談話室に戻れば、アルヴェ様から任務内容が告げられた。
「“アイガット”の捕獲だ」
「アイガット……聞き覚えがあります」
私はどこで聞いた名前かと、頬に人差し指を食い込ませて考えた。
「“主殺し”の元召喚獣よ」
シアン様が教えてくれる。
それで思い出した。
オルトさんに召喚獣について教えてもらった際に、聞いた。
「召喚獣には七つの週類があるって知っているわよね?」
「はい、ワンナは始まりの召喚獣。ドゥエは二面性。トリアは攻撃性。クアトは四季。クイーンは生命。セーイは試練と努力。センテは神秘性。ですよね」
「そうよ」
よく出来ました、とシアン様に頭を撫でられる。
オルトさんの教育の賜物だ。
「“アイガット”は、ドゥエ。二面性を持つ召喚獣だった」
「けれども、主殺しという召喚獣の禁忌を犯して追放された、ですよね」
ヴェルデも知っている。
召喚獣は、魔法の生き物だ。儀式をやって運が良ければ召喚出来て、契約を果たす。契約は一生もの。主が人間であれ魔族であれ、一生、主に尽くす。
はずだったが、“主殺し”が起きた。
「なんでも、“アイガット”はその主の悪事と食い止めようとしたのだとか」
オルトさんに、そう聞いている。
「勢い余って、食い殺したそうですよー。文字通り食い止めた、ですね」
「悪事を止めたと言っても、禁忌は禁忌。だから、追放されちゃったのよね」
「今回、その“アイガット”の捕獲なんて……物好きですね」
ということは、コレクションにするつもりなのだろう。
危なっかしい趣味だ。
「居場所はわかっているのですか?」
「グラキロの森だ」
「グラキロの森……ですか……」
アルヴェ様の答えを聞いて、私は顎に手を添える。
「危ない森ですよね……それに、北の最果てです」
危険な生物がいる上に、国境に位置する森だ。
私は不安になった。魔族の国に限りなく近い。
「だーいじょうぶよ! 私達がついてる!」
シアン様が、横から抱き締めてくれた。
「魔王側も、グラキロの森にいるとは思わないだろう」
アルヴェ様も不安を拭うことを言ってくれる。
確かに危険な森に身を潜めているだなんて、考えにくいだろう。
「そうですよね、はい。……アイガットの姿はわかっているのでしょうか?」
「記事された本がある」
そう口を開いたのは、アルヴェ様の隣に座るベルン様。持っていた本を広げたまま、コーヒーテーブルの上に置いた。
古い紙に描かれていたのは、猫にも似た生物。どちらかと言えば、チーターに似ている。でも身体つきは、獅子。尻尾は二つあって、チーターのもの。人間みたいに頭にはふさふさした髪の毛がある。後ろ足には、ベルトらしきものが二つずつついていた。
「姿はわかっていても……見付けられるでしょうか」
「任務だ。見付けるさ。準備しろ」
「はい」
それぞれが返事をして、出発の準備に取り掛かる。
グラキロの森は、通称“凍り付く森”だ。ここよりも寒いと考えられるから、ファー付きの白いローブを新調してもらった。
長期戦になるかもしれないから、森の近くの街で泊まるとのこと。だから、私の魔法でその街に、瞬間移動した。肌寒く感じる。
空がどんよりとした灰色のせいだろうか。
人通りも少なくて、活気のない街に見えた。
でも無事、宿を確保。それから出発は夜、馬に乗って森に向かった。
仮眠をとったけれど、ちょっと眠い。
それに寒い。頬から体温が奪われていく。それを感じる。
三メートルはある木はずっしりと太く、そして傘のように広々と枝を大きく伸ばしている森。緊張で吐いた息は、白かった。
20171026




