19 日常。
二章目。
キオノレウ国の中心にあるリリー城。
巨大な城の隅っこの塔には、騎士が寝泊まりするそれがある。
その三番目の塔は、獣人騎士団のもの。
保護下にいる私ルビドットも、そこに部屋を与えられた。
そんな部屋で目覚めた私は、背伸びをしてベッドから起き上がる。
「ふぁあ……」
欠伸を漏らして、ベッドから這い出た。寝巻きのドレスを脱ぎ捨てて、クローゼットを開く今日は何を着ようか考える。そのうち寒さを感じて、あったかそうな深紅のドレスを着た。キュッとコルセットのリボンを結んだ。
紅い紅い紅い髪は、長めのボブヘア。ペリドットの瞳。尖った耳。
相変わらずの容姿だと、しみじみ思う。
髪をブラシで整えて、私は自分の部屋をあとにした。
かつかつと廊下を歩いて、談話室に入れば、純白の獅子の団長率いる獣人騎士団が揃っていたものだから驚いてしまう。
「ごめんなさい、おはようございます。お待たせしました」
ペコッと頭を下げれば、青と白の犬のシアン様が立ち上がって、ポンポンっともふりとした掌が私の頭の上で弾んだ。
「おはよう、私達も来たところよ。ルビドットちゃん」
「おはようございますー」
シアン様に続いて、ソファーに座った緑のオセロットのヴェルデも挨拶してきた。
「おはよう。コーヒー」
純白の獅子のアルヴェ様が、挨拶と注文される。
私は笑顔で「はいっ!」とコクリと頷いて、談話室を飛び出す。
給湯室に入って、コーヒーを人数分淹れる。
ペーパーフィルターにコーヒー粉を入れて、少し蒸らす。それから、のの字を描くようにお湯を注ぐ。
コーヒーのいい香りで満ちてホッとする。
それから、トレイに乗せて運んだ。
コーヒーテーブルに、並べて置いたあとは、ヴェルデの隣に座った。
アルヴェ様がコーヒーを一口飲んだ。それを皆で注目した。
満足げに一つ、頷く。
いつもなら「よし」の合図で、純白の鬣をもふもふさせてもらうところだけれども、今日のところはお預けだ。
何故ならば、アルヴェ様から大事な話がある。
「ルビドットの素性の件だがーー……」
私、ルビドットは半分魔族の血を受け継ぐハーフエルフ。
それもただの魔族ではない。魔王の弟の娘なのだ。
私は魔族の王族の末裔であり、魔王の後継者。
四年前に私は孤児院で見付かり、それから魔王の後継者として、魔王の城で育てられた。
二年前に人間の王国、キオノレウ国は、魔族が入れない結界を張ることに成功。
私は上手い具合に魔族の魔力とエルフの魔力を分け、魔族の魔力だけを封じた。
それが出来るようになった私は、やっと逃げ出したのだ。
つい三ヶ月近く前のこと。
そして昨日、私を保護してくれていた彼ら獣人騎士団は、私の正体を知った。
「ーー知らないふりをする……!」
私はソファーに座っていながら、ずっこけそうになる。
でも確かにそれが一番いいのだ。私のために。
「妥当ですねー。ルビドットが魔王の弟の娘だって知らせたら、厄介になるだけですからね」
「“知りませんでしたー”で、ルビドットちゃんを守るのね!」
そうなのだ。
もしも魔王の姪で、後継者だなんて知られたらどんな反応をするか。
人質もあり得る。死刑もあり得る。想像したら、ゾッとした。
シアン様は、私の肩を撫でてあやしてくれる。
「命じられたのは、ルビドットを守ること。反逆罪には値しない」
そう口を開いたのは、琥珀色の狼のベルン様。
「……ベルン様に初めて名前呼ばれた!」
「そこですかー?」
感動だ。今まで半分魔族だからと私と馴れ合わなかったベルン様には、口も聞いてもらえていなかった。ちょっとは信用してもらえたらしいし、嬉しいものだ。
当の本人は、未だにツーンとした態度だけれども。
「あ、でも……反逆罪を負うリスクがあるのなら……」
獣人騎士団の皆さんにそんな迷惑をかけてしまうくらいなら、私はここから出ていった方がいいと思う。
「大丈夫。知らないふりで大丈夫よ! バレたりしないわ!」
ムギュッと、シアン様から抱擁を受ける。
私は魔族の魔力を封じて結界の中にいる以上、魔族だと疑う人はいない。
そして魔王の姪で後継者だと、知ってしまうものもいないだろう。
けれども、もう一人。私が魔族だと知っている人物がいる。
魔法薬の魔導師様のギデオン・プルース。
「ギデオン様は……どうしましょう?」
「心配しなくとも、アイツは魔族だと告げ口したりしない」
ギデオン様と親しい間柄にあるアルヴェ様は、そう答えた。
ギデオン様は私が魔族だと、誰かに明かしたりしない。
「だが魔族の王族だということは黙っていろ。面倒な反応をするだけだ」
「面倒な反応……? ああ……」
一度は小首を傾げたけれど、すぐに納得する。
魔族の王族の血を使ってなんとかかんとか、と何かしら実験をしたがるかもしれない。ギデオン様は、病的に新しい魔法薬を作りたがる人なのだ。
ギデオン様にも、私が魔王の姪で後継者だということは伏せることとなった。
「決定だ。他言無用。ルビドットの正体は、口にもするな」
「了解、団長」
「わかりました、団長」
「御意」
アルヴェ様の決定に、それぞれが返事をした。
空になったコーヒーカップが置かれる。それを見て、私はトレイの上に乗せた。
アルヴェ様が立ち上がれば、皆が立ち上がる。
空のコーヒーカップを片付けようとすれば、ひょいっとヴェルデが奪って持ってくれた。ありがとう、と伝える。
一緒に給湯室に片付けに行って、遅れてダイニングルームに入る。
そこで朝食だ。私が魔王の後継者だと知っても、変わりなくって嬉しかった。いつもの食卓。美味しいと、焼き立てでホクホクのパンにかぶり付く。
朝食のあとは、稽古。私は稽古場として設けられた庭の隅っこで、もふもふの稽古姿を眺めたり、すっかり寒空となった水色の空を眺めたり、ぼんやりとした。
「おはよう。ルビドット」
そこで後ろから声をかけられる。
振り返れば、黒髪の少年。瞳は金色。十歳くらいで、身長は私の胸の高さほど。真っ白で金の装飾が施されたブカブカなローブを羽織った彼こそ、魔導師のギデオン様。
こんな姿だけれども、多分二十六歳のアルヴェ様よりも歳上と推測。
不老不死の薬を開発しようとして、試しに飲んだ結果、若返ってしまったそうだ。そして、成長してもいないらしい。だからご自身のことを、“中途半端な不老者”と呼んでいる。
「おはようございます、ギデオン様」
私は腰を上げて、向き合ってからぺこりっと頭を下げて挨拶を返した。
この人も私が半分魔族だということを知っている。この人も私が半分魔族だということを知っている。この人には魔族の王族であることを知られてはいけない。知られてはいけない。いけない。
緊張してきた。笑顔がひきつる。
「吸血鬼と遭遇したんだってな。アンデットの行進もサラマンダーの襲撃も、ルビドットを見付け出すためだっただってな」
吸血鬼フェリックス様の襲来は、ちゃんと報告した。
もちろん、私を魔王にするために連れ戻しに来たという報告はしていない。魔王云々のことは、伏せたそうだ。
ルビドットを狙いに来た。その事実を伝えたのだ。
「一体、魔族は君をどうしたいんだろうな?」
「あはは……」
魔王にしたいそうです。そうは言えない。
嘘はつかず、笑って誤魔化す。
「稽古が終わったら、オレの研究室に来いよ」
「はい。伺います、ギデオン様」
頭を下げれば、少年の姿のギデオン様に撫でられる。
稽古が終わった頃合いを見て、アルヴェ様にそれを伝えた。
「ヴェルデとシアンを連れて行け」
「はい。お願いします、ヴェルデ、シアン様」
私を一人にしない。アルヴェ様の指示で二人がついてくることになった。
ベルン様とアルヴェ様にも頭を下げて、ギデオン様の研究室がある塔まで登って行く。階段をかつんっ、かつんっと上がる。
「今日は何を作るんですかねー」
「何かしらね」
ギデオン様の研究室でやることは、もっぱら魔法の薬作り。
将来、魔法の商売をしたい私の特訓を付き合ってもらっていたり、ギデオン様の新作魔法の薬作りの手伝いをしたりしている。
これも日常。変わらなくて、嬉しさを感じた。
「機嫌が良いですねー、ルビドット」
「うん」
「今日はもふもふしてないのに」
「それは言わないでほしかった……」
声をかけられて、足を止めて振り返る。今日はもふもふお預け。
アルヴェ様の鬣に、顔を埋められなかった。
「あら、いいのよ。いつでももふもふしてもー」
犬顔で微笑んだシアン様は腕を広げる。
「ありがとうございますー!」
私は喜んでシアン様に抱き付く。例えるなら狼に似ているもふもふの犬。
もふもふで気持ちが良い。もふもふに埋もれた。
「階段で危ないですよー、離れてください」
ヴェルデに両肩を掴まれて、引き離される。それもそうだ。
「ぶふっ、素直に自分以外の男に抱き着かないでって言えばいいじゃない」
「何言っちゃってるんですかー、オカマ野郎さん」
「ぶふっ」
ヴェルデをからかうシアン様。これも日常だ。
無表情なヴェルデに背中を押されながら、先に進む。
今日は“アオガラス”と呼ばれる草の香りに満ちた研究室に辿り着いた。
ギデオン様は青く透き通ったガラスのような葉を、切り刻んでいる。
「私がやります、ギデオン様」
「おお。頼む」
刃物を受け取って、代わりに切り刻んだ。草独特の苦い香りがする。
「ルビドットちゃん、怪我しないでね」
シアン様が心配してくれたけれど、こういうことで怪我をしたことがないので大丈夫だ。そんなシアン様とヴェルデはそばで待機。
座って待っていればいいのに、いつも立って待機する。万が一なんて起きないのに、そうしていることが義務なんだ。最初は言ったけれど、今はもう言わない。
「アオガラスを何に使うのですか? ギデオン様」
「新しい魔法薬だ」
「……今度はどんな薬の開発を?」
「出来てからのお楽しみだ!」
「試飲しませんからね!」
はっきりと伝えれば、ギデオン様は残念な顔をされた。
一応計算されて新しい魔法薬を作るギデオン様は、それを躊躇なく試飲する。成功出来たかどうかは飲んでみなくてはわからない。ぶっちゃけイカれた趣味を持っていらっしゃる。
しょうがない人だ、と笑いを漏らす。
こんな私の日常が続けば、いいと思った。
20171020




