16 ひともふり。
ゴツゴツした硬そうな皮膚を持つ赤黒いサラマンダーは、大木の中の私を引っ張り出そうと鋭利な爪が生えた手を入れる。
私はなんとか身を縮めて、その爪を避けた。
せっかく着替えたベージュのドレスが、引き裂かれる。
でも身体は無事だ。
そう思ったのも一瞬だった。
また熱風を感じる。サラマンダーの大きな口から、火の粉が零れ落ちた。いくらサラマンダーのマントがあっても、大木の中で丸焼きにされてしまう。
再び氷の魔法を唱えようとした。
その時だ。サラマンダーが引っ込んだ。
そう見えた。
「ガウッ!!」
琥珀色の狼が吠える。ベルン様だ。
大木から這い出て、ベルン様の戦いを見る。
サラマンダーの火を避けて飛んだベルン様は、脳天に剣を突き刺そうとした。だが、弾かれてしまう。硬すぎる。
「ベルン様! 魔法で仕留めます!」
「お前は引っ込んでろ!!」
怒鳴られて、私は震え上がった。
魔法でサラマンダーを討伐しようにも、ベルン様が剣で戦うから放てない。私の魔法の弓で、目を射抜けるのに。
「ベルン様!」
「うるさい! 黙って守られていろ!! それが貴様が望んだことだろ!!」
「!?」
嫌がっている場合ではないと言いかけたのに、ベルン様に怒鳴られた言葉の意味がわからなくて固まってしまう。
「戦わずして逃げてきた貴様が大っ嫌いなんだよ!!」
「!」
私は唖然としてしまう。言葉を失くして、立ち尽くしてしまった。
それから思いっきり顔をしかめる。
「弓よ(ティタール)!」
魔力で作った弓で、光の矢を放つ。
外れてしまった。
足元に刺さった光の矢が砕けたことを見届けると、ベルン様は私を睨んだ。
「引っ込んでろっと言ったはずだぞ!!」
「私だって戦ってるんです!!」
怒鳴られても、私は言い返した。
ビクンとベルン様の耳が大きく跳ねる。
「魔王から命懸けで逃げてるんですよ! 勝手に弱虫な臆病者扱いしないでください!!」
「ああ!?」
「捕まるか捕まらないかの戦いをしてるんですよ!!」
確かに、私は保護を求めて逃げ込んだ。
「こっちは逃げ続ける戦いをしてるんですよ!!」
いつ見付かってしまうかわからないまま逃げ続けることが、どんなに大変なことか。ベルン様はわかっていない。
サラマンダーは、私に向かってきた。
ベルン様はそのサラマンダーの尻尾を掴むと、私から引き剥がす。そして私に駆けてくると、持ち上げた。咄嗟にベルン様の首に腕を絡ませてしがみ付く。思わぬところで、もふもふ。
ベルン様は吐かれた炎を避けると、そのままサラマンダーの頭の上に着地。そして、深々と目に突き刺した。
サラマンダーはひっくり返って倒れる。
私はストンッと降ろされた。
「……」
「……」
「……私はっ」
「ガウ!」
「っ!」
話の続きをしようとしたら、吠えられてしまう。
これ以上は喋るなと言わんばかりに前歯を剥き出しにされた。何を言っても、私は嫌われているということなのだろうか。
「……」
「……」
指笛でハリーを呼び戻してくれたから、ハリーに跨る。
黙ったまま、来た方角へと戻った。
サラマンダーは私だけを追い掛けたらしく、他の馬は無事だ。逃げるものを追いたがるのは、捕食者の性だものね。
「ルビドットちゃーん……ってどうしたの!? すすまみれじゃない!」
「ああ、サラマンダーに追い掛けられてしまいまして」
「こっちにもいたの!? 合計三匹もいたのね!」
サラマンダー二匹と戦って来たらしいシアン様達が戻る。
私はすすまみれだってことを忘れていた。
ポンポンと払ってもらう。顔にもついてしまっているようで、シアン様はハンカチを取り出して拭ってくれた。
「もしアンデットと同じ魔族が命令を出したのなら、相当強い魔族よね」
「同一なら、問題はその目的ですよねー。無意味に襲わせているのか……ていうか、このまま東南に進むと王都に着きますよね」
ヴェルデが言えば、一同は同じ方角を見た。
王都を目指して進撃しているとしたら。
「……念のため、行くぞ」
他にも被害がないかと、アルヴェ様の指示で街に向かう。
サラマンダーの討伐を依頼した街は、怪我人がいたものの街自体は被害はなかった。シアン様が怪我人の治癒をする。
獣人騎士団と私は、他に異常はないかと聞き回った。
しかし、サラマンダーの出没以外の異常はないという。
それでも念には念を入れるため、その街に一泊したあとは、そのまま王都を目指して東南に進すことが決定した。
夢を見る。
温かくて気持ち良い気分。伸ばされた手をとる。
心地良い気分。その腕が私を引き寄せて抱き締める。
相手はーー……白銀色の吸血鬼。フェリックス。
「……」
目を覚まして、私は目を瞬く。
夢で感じたものとは逆に、とても嫌な気分になる。
白銀の髪と瞳を持つその吸血鬼の名前は、フェリックス。
魔王の城にいた時に付きまとわれた。魔族の一種だ。しかも、魔族の中でも最強。
彼の夢を見ることは、初めてではない。魔王の城に滞在している時、出会ってから毎晩見るようになった。オルトさんに相談したら、何故かピタリと見なくなったけれど。
そんな夢を見ると、いつも心地良い気分になった。
それはまるで植え付けられるかのように。
「……」
嫌な予感を抱きながらも、簡易ベッドから降りて、うんっと背伸びをする。
朝日が射し込んだばかりだけれど、気持ちが良い。
私は同じベージュのドレスを着た。引き裂かれた部分は、魔法で修復してある。すすまみれだったけれど、洗ったので真新しい感じだ。
部屋から出て、一階に降りると、食堂にアルヴェ様の姿を見付けた。
「おはようございます、アルヴェ様」と隣にアルヴェ様の隣に腰を下ろす。
少しすれば、シアン様が来た。
「おはようー団長ールビドットちゃーん」
「おはようございます、シアン様」
シアン様の元に駆け寄って抱き付けば、持ち上げられてクルリと回される。もふもふふふ。
「ヴェルデは一緒じゃないの?」
「あ。起こし忘れてたわ。起こしてくる」
「ふふ」
いつも一緒に来ていたのは、シアン様がヴェルデを起こしてあげていたからなのか。ヴェルデってば可愛い。
「あ。……ベルン様、おはようござます」
入れ違いでベルン様が階段を降りてきた。
「……」
いつも通り無視。
かと思いきや、すりすり。
もふもふした首元が、私の頬を擦り寄ってきた。
ベルン様は、そのまま私を横切って、アルヴェ様の隣に座る。
「……っ」
私はその場に崩れ落ちた。
不意打ちに、アルヴェ様にも劣らない極上のもふもふ。
効果は覿面だ。
「おはよーございます? なんでこんなところにルビドットがしゃがみこんでいるんですか?」
「どうしたの? ルビドットちゃん」
「……もふもふっ……!」
「「もふもふ?」」
もふもふで、腰が砕けた。
私は口を覆ったまま俯く。倒れそう。
ヴェルデが来たけれど、挨拶も出来ない。
「立って」とシアン様に引っ張られて立ち上がる。
「大丈夫? ルビドットちゃん」
「はい……とにかく、ヴェルデおはよう!」
「あーはい、おはようござますー」
落ち着いたところで、私はヴェルデにしっかり挨拶をしてから、ベルン様の前に移動した。
「ベルン様、もふもふさせて……ーー」
「ガウッ!!」
「ひっ」
吠えられてしまう。
これも思わぬ不意打ちで、震え上がった。
ひともふりだけなのか。私に許されたもふりは。
「いい加減諦めれてくださいよー」
「よしよし慰めてあげるわー」
シアン様に頭を撫でられた。
それから朝食をとらせてもらう。
食べ終えたところで、街の人達に見送られて、次の街へと向かった。
「戦っているつもりならちょっとは認めてやる」とツンデレのベルン様。
20171002




