65話 また人間が来たぞ
冬が来て、溜め池が完成した……とはいっても、雨の少ない季節である。
現状ではあまり水は溜まっておらず、底の方にぬかるみを作っているだけだ。
「まだまだだな。あんまり遅いと張り合いがないよな」
「ま、そのうち溜まるよ。焦らないことさ」
俺のため息まじりの愚痴にナイヨが応じた。
今日はリザードマンやヘビ人と溜め池の視察、ナイヨが現場監督として案内をしてくれている。
溜め池は、ごちゃ混ぜ里、リザードマンの里、ヘビ人の里の中間地点だ。
この地への移住も視野に入れた視察なので彼らは真剣そのものである。
「集落の予定地は溜め池の上流だよ。雨季の増水やらがあったときは下流で堤が決壊するように高さを変えたからね」
ナイヨの話を聞き、リザードマンが「なるほど、わざと弱い場所を作って水を逃がすのか」と唸っていた。
ドワーフの技術はすごい。
それからは移住予定のウサギ人とイヌ人が住む予定の家屋を視察し、いろいろと打ち合わせをした。
おそらくこの感触ならばリザードマンとヘビ人の里からも移住があると思う。
会話が世間話になったころ、片耳のイヌ人リーダーのヘラルドが慌てた様子で駆けつけてきた。
相当いそいできたらしく「へっへっへ」と舌を出して喘いでいる。
「里長! 舟です! 舟が来ました」
ヘラルドが必死の形相でなにかを伝えようとしているが、意味が分からない。
「落ち着けよ。舟がどうした?」
「舟が来たんです! 4隻です!」
コイツはバカだ。
慌てているのは理解できるが、伝えたいことがサッパリ分からん。
(舌なんて出しやがって、ぶん殴ってやろうか……?)
ヘビ人やリザードマンが見ていなければ怒鳴りつけていたかもしれない。
俺はイヌ人がチョッピリ苦手で強く当たってしまうのである。
イラついてきた俺の様子を見たナイヨが「まあまあ」と割って入った。
「ヘラルドさん、誰が乗った舟がどこに来たんだい? 急いでた理由は?」
「あ、えーっと、人間が来たんです。4隻の舟に30人くらい、直接ごちゃ混ぜ里の近くに来ました。数が多いから先生が『里に入るな』って止めてるから急いでて――」
メチャクチャ緊急事態である。
俺が『早く言えよ』と怒鳴りかけたとき、ナイヨが「まあまあ」とヘラルドを庇った。
「事情はよく分かったよ。ここはアタイが引き継ぐから里長さんは早く戻りな」
ナイヨは上手く俺の怒気をいなし、ニッと笑う。
なんというか……ずいぶんと子供扱いされた気がする。
「それじゃ、任せるぞ。ヘラルド、もうひとっ走りだ」
俺はヘビ人とリザードマンに軽く別れを告げて走り出した。
詳細は道すがらヘラルドから聞けばいい。
(しかし、これじゃダメだ。伝令のための心得を教えなきゃいかんな)
鬼人の国では伝令は名誉の役で、戦場の花形であった。
俺や他の若者も憧れ、その心構えや技術も自ら進んで学んだものだ。
このポンコツのヘラルドはこれで『かなりまし』な部類なのでスケサンから指名されたはずだが……さすがにこれじゃマズいだろう。
今回はナイヨが助けてくれたが、伝令の不正確な報告で判断を誤り大事になるケースは多い。
俺がついカッとなったのも理由があるのである。
(ま、いまは人間だな。目の前に集中だ)
☆★☆☆
俺とヘラルドは少し離れた場所から様子を確認した。
なにかしら問題が起きていたら急襲するためだが、スケサンがスケルトン隊と共に無言で睨みつけているだけで争いはないようだ。
「あの、早く行ったほうが……?」
「ああ、状況を把握したらな。場合によっては急襲も視野に入れるぞ」
俺は焦るヘラルドを制し、状況の把握に努める。
人間たちは武器も納めており、舟から荷物を下ろしたり仲間同士で談笑したりしている。
戦意はなさそうだ。
(……26、27、28人か。武器を持っているのが12、意外と少ないか。コスタスもいるな)
人間たちの舟は、以前俺とスケサンが小屋を作りアシュリンたちと出会った川辺に4隻。
中には前回同様に探検家コスタスがいる。
護衛の戦士よりも非武装の者が多いのは荷物運びだろうか?
ならばなぜ、ここまでスケサンが警戒する必要があるのだろう。
「どう思う? 戦士は少なく、下ろす荷物が多い。交易だろうか」
「俺には難しいことは分からないですが、アイツがリーダーです」
ヘラルドが示す先はコスタスではない。
黒いブカブカの服を着た痩せた男だ。
頭がツルッパゲだが老いてはいない。
群れのリーダーを決めたがるイヌ人の目には指揮官が分かるらしい。
俺が「でかした」と褒めるとヘラルドは尻尾を振って喜ぶが……こいつ、妻子がいるオッサンなんだよな。
イヌ人はちょっと苦手だ。
(恐らくは神官や巫覡の類いか)
なるほど、なんとなく読めてきた。
前回、コスタスはナントカ宗教国から派遣されたと言ってた気がする。
恐らくは上役を連れて再訪したのだろう。
「布教を兼ねた交易か? これ以上は分からんな」
これ以上は分かることはない。
偵察は終わりだ。
「なにか分かったかね?」
俺が近づくとスケサンが振り返りもせずに訊ねてきた。
どうやら俺が覗いていたのに気づいていたらしい。
「まあな、あの集団の指揮官はあの宗教家だ。戦意は低く、荷物が多い。交易じゃないか?」
「うむ、よく見たな。私も概ね同意だが……交易ではないと思うがね」
スケサンの呟きが気になるが、こちらに気づいたコスタスが「里長さま」と恭しく頭を垂れた。
どうやら今回は打ち合わせの時間もないようだ。
「やあ、コスタス。半年ぶりか? 間も開けずに来たな。そちらの指揮官を紹介してくれ」
俺が黒衣のハゲを指名するとコスタスは大げさに、ハゲは軽く目を大きくして驚いたようだ。
「失礼いたしました偉大なる里長。私は聖天教会の司祭、ネストルと申します。ただ――この船団を統べるのはコスタスどの、私は聖天の光を届けに来た神のしもべにすぎません」
「なるほど、船団の指揮官はコスタス。ネストルさんはその上というわけだな」
言葉なんてあやふやなものよりイヌ人の本能を信じるに決まっている。
好き嫌いの感情と能力への評価は別なのだ。
俺の言葉を聞き、ハゲのネストルは無表情に、コスタスは「いやいや」と困り顔だ。
「……ふむ、そうか。手間をかけたな」
いつの間にかコナンが現れ、スケサンになにやら報告している。
「ベルクよ、客の人数が多いため、私の独断で里の者を館へ避難させた。許せ」
「いや、無難な判断だ。里人の安全が第一だからな」
俺はハゲのネストルに向かい「聞いての通りだ」と告げる。
「この人数を入れるに当たり里人を避難させたが、これは双方に怪我人をださない処置だと思ってくれ。こちらには仕物(罠や暗殺)をする必要もないし、他意はないぞ」
この言葉にハゲトルとコスタスが顔を見合せた。
■■■■
イヌの順位づけ
物語の設定として、イヌ人たちが順位づけを行ったり、ヘラルドが人間のリーダーを判別しているが、これは作劇中の設定である。
イヌの順位づけは昔から『常識』として知られていたが、最近では専門家でも意見の別れるところらしい。
野生のオオカミの群れでは確かに存在するのだが、長い時間をかけて家畜化したイエイヌには当てはまらない場合も多いそうだ。
この話の真偽は定かではないが仮に本当だとするなら、いうことを聞かないイヌは飼い主が嫌いなだけかもしれない。




