14話 何かやろうと思えば何かが足りない
今日は雨、狩りは休みだ。
食料は煙で燻した肉や、集めた木の実がある。
こんな日は無理してはいけない。
「そろそろ雨季が始まりますからね。屋根を作れて安心したっす」
「ああ、こんなもんでもあるとなしでは大違いだからな」
先ほどまでバーンと窯の上に急ぎで屋根を作っていたのだが、ギリギリ間に合ったようだ。
ちなみに煙突から水が入らないように蓋も設置した。
ちなみにコナンはアシュリンとスケサンを連れて粘土を取りに行っている。
「やれやれ、暖かくなったとはいえ、濡れると冷えるな」
「そっすね、今日は風がありますし」
雨のなかでの作業でずぶ濡れになってしまった。
2人で焚き火にあたり体を乾かす。
今では作業場で全員の食事を作っているので、常に火があるのだ。
「なんかヘンテコな形の建物になりましたね」
「まあなあ、だけど木を避けるとこんな形になるんだから仕方ないんじゃないか?」
この作業用の建物は『卜』みたいな変な形になっていた。
1度建物の間に立つ木々を伐採してはどうかと提案したが、エルフたちに「そのうち雨季が来るので雨避けにとっておこう」と説得されて手つかずになっている。
俺たちの家は木の隙間に建てられた状態だ。
雨季が終われば少しずつ整備しようと思う。
「すいません、こちらを任せきりにしてしまいました」
「うむ、急いだにしては大したものだ」
ほどなくしてコナンとスケサンが帰ってきた。
すぐに焚き火にあたり、体を乾かしている。
「やっぱりスケサンも濡れると風邪ひいたりするのか?」
「いや、風邪をひくことはないが、やはり不快だよ」
焚き火にあたるスケサンがおかしくてからかったが反応が鈍い。
スケサンは何かいいたげにしている。
「なんだ、どうした?」
俺の言葉でスケサンはアゴをクイッとアゴをしゃくる。
その先には所在なげにしているアシュリンがいた。
焚き火の回りには俺の横に微妙なスペースがあるのだが、割り込むのに気が引けているのかもしれない。
「スケサン、俺になにをいわせたい?そんなの知るかよ」
俺はアシュリンに背を向け、ゴロっと寝っ転がった。
その空いたスペースに彼女はそっと座る。
「あ、ありがと」
アシュリンが素直にボソッと礼をいう。
珍しいこともあるものだと目を向けると、彼女はプイッと顔を背けた。
(珍しいこともあるもんだな。そりゃ雨も降るわ)
犬でも子供でも懐けばかわいいし、吠えかかられれば憎たらしいものだ。
まして美形のアシュリンに素直になられては少し戸惑ってしまう。
と、そこで周囲の微妙な視線に気がついた。
コナンとバーンが微妙な表情でこちらをみているのだ。
彼らからすれば俺とアシュリンがうまいことやって子供でも作ればやりやすくなるだろうし、色々気になるのだろう。
スケサンは……よくわからんな。
「ふん、バーンはもう乾いただろ?早く陶器を作らせろよ」
「ええっ? 参ったなー、俺そんなに詳しくないっすよ」
照れ隠しに声をかけるとバーンはしぶしぶ立ち上がった。
「はは、この窯いっぱいに作ろうと思えばかなりの量になりますよ。頑張ってください」
コナンがバーンのお手並み拝見と言わんばかりにニヤついている。
意外と意地が悪い。
「えーと、まずは粘土をこねるんですよ。ちょうどいい感じになるくらいまで」
「ちょうどいいってなんだよ」
バーンが「あはは、やってりゃわかりますよ」と適当なことをいい、思わず吹き出してしまった。
見れば皆も笑っている。
要領がよくて口もうまいバーンはムードメーカー的な存在だ。
器用なヤツだし、コナンとは違った頼もしさがある。
俺も気を取り直し、適当に粘土を平らな石の上でこねる。
この時に小石や草などの不純物も取り除くのだ。
粘土もはじめはグチャグチャだったが、徐々にまとまり『ちょうどいい』感じになってきた。
「初めですからね、あんまりデカいのは無理っす。だいたい――このくらいかな?」
バーンは少しだけちぎった粘土を丸め、広げていく。
「これが底の部分です。こいつにヒモみたいに伸ばした粘土を重ねて重ねて、高さをつくります」
バーンの説明はわかるようなわからないような……コイツは説明下手だな。
とりあえず真似してヒモみたいに作った粘土を重ねていくが、どうもうまくいかない。
高さを出したいのに横に広がってしまうのだ。
「それはですね、重ねるときに上から押さえるのではなく、つまみ上げるようにしてみてください」
いつの間にか隣で作業をしているコナンが教えてくれた。
アシュリンも作業をしているが手つきがいい。
種族的なものかエルフは手先が器用らしい。
(どうもうまくいかんなあ。こいつは皿にしてしまうか)
俺はこういうのはダメだ。
ため息をついて中途半端な器をグチャンと潰した。
「ふむ、こうした作業は経験がものをいうからな。そうふてくされるな」
「そうですね。我らの里ではなんとなく皆が手伝いますから、ある程度はうまくできて当たり前です」
コナンは「この2人は手伝い嫌いの下手くそな部類ですよ」と笑う。
バーンは照れ笑いをし、アシュリンはプクッと頬を膨らました。
「はは、それでも俺より上手いことには変わりはないからな。俺は粘土を取ってくるとしよう」
俺は適当に広げた粘土を『皿』として脇に置き、立ち上がる。
コナンは大きな甕のようなものを作っている。
今の量では粘土が足りないだろう。
「どれ、場所がわからんだろう。私がついていこう」
「そうか、助かるよ」
カメの甲羅を手に外に出る。
陶器が完成すれば、この甲羅を使うこともないだろう。
☆★☆☆
ちなみに焼き物は粘土で器を作ったから『すぐ焼こう』というものではない。
水分を含んだままだと破裂してしまうので十分な乾燥が必要なのだ。
まあ、俺も聞きかじりだけども。
コナンいわく「大きめのもありますし、1週間くらい日陰で干しましょう」とのことだ。
その間は薪集めである。
さすがに枯れ枝では間に合わないので立ち木を伐採することになった。
ちなみにメンバーは俺、コナン、バーンである。
「これっすかね」
「マツだな。これと、このナラにするか」
バーンとコナンが相談し、あまり太くない木を選んだようだ。
ここは俺たちの拠点にほど近く、切り倒した木を運ぶことも無理がない。
「これは本来は巫覡がやるんですが……」
少しためらいを見せながらもコナンが木に向かい、なにやら呪文のようなものを唱えだした。
かなり言い回しが独特だが『理由があって切り倒すけどゴメン。新しい種を植えるから生まれ変わってね』みたいな内容だと思う。
「よし、それじゃあこいつは俺とバーンで切るから、コナンは枝を頼む」
「はい、よろしくお願いします」
コナンは籠に枝を集め始めたようだ。
俺とバーンはマツの木に向かう。
「じゃあ、俺からいくぞ」
「わっ! ちょっとまった! ダメですよ!」
バーンが慌てて俺を止める。どうやら木を切るにも色々あるようだ。
森と共に生きてきたワイルドエルフには木の伐採でも作法がある。
これを機に俺もバーンから教わった。
まず、倒したい方向を決め、そちらを広く削るように直径の4分の1ほど切っていく。
これを『受け口』という。
そして反対側からも切っていくわけだが、こちらは水平に切り込みを入れ、クサビを打ち込んで木を倒す方向をコントロールする。
こちらを「追い口」とよぶ。
石斧で木を切り倒すのは大仕事だ。
大した太さではないマツを伐り倒すのもかなり苦戦してしまった。
倒したあとは枝を払い、丸太にして運ぶ。
俺は枝払いをバーンに任せ、次のナラの木に向かった。
「どうしても窯で使う薪が必要なんだ。無駄にはしないから許してくれ。新しい種を植えるからまた育って、俺たちを助けてくれよ」
俺がオリジナルでコナンの真似をし、最後にポンポンと軽く木を撫でた。
よく分からないが、エルフたちが必要ならやればいい。
その様子を見ていたバーンは少しだけ驚いていたようだ。
先ほどと同じように切ったはずなのに、ナゼかバーンの方に木が倒れたのはご愛敬だろう。
「殺す気かっ! そんな時は倒れるぞっていうんすよ!」
「そうか、倒れるぞ」
バーンが「絶対わざとだこの人」とか失礼なことをわめいているが、まあスルーでいいだろう。
その後は俺も枝を払う作業を手伝い、軽いものはコナンが、それなりのサイズはバーンが運んでいく。
丸太になった幹は俺が引きずりながら担いで運んだ。
生木の丸太はくっそ重いがなんとかなる。
「ひゅー! すんげえ!」
「こいつは……! 3人がかりで運ぶつもりだったが」
2人が目を丸くして驚いているが、ちょっと気分がいい。
「さて、ここからが難題だ」
丸太を2本運び終えたが、さすがにこのままでは使えないだろう。
しかし、ここには金属のノコギリがない。
俺はどうしたものかと丸太の前で悩む。
すると、エルフの2人が丸太をゴロゴロと転がし「そこ」「ここ」などといいながら印をつけてクサビを打ち込んだ。
見事に丸太はバキンと真っ二つに割れる。
これを繰り返して丸太はすぐに細くなっていった。
クサビを使って縦に割いた後に石斧でガツガツ削り、薪の完成だ。
「この木くずも使えますよ。これを放り込めば火力が上がります」
「焚きつけにもいいかも」
コナンとバーンが丁寧に木くずを集めている……なんというか、エルフが木を大切にしてるのがわかるような光景だ。
「本当は薪も乾燥させたほうがいいんですが、今回は仕方ありませんね」
「そうなると薪小屋もつくらなきゃな」
とりあえず、今回の薪は各自の家で保管することになった。
何かやろうと思えば何かが必要になる。
なかなか難しいもんだ。
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巫覡
神や聖霊など超常の意思と交信する者。
巫が女性、覡が男性。
ワイルドエルフは素朴な祖先崇拝とアニミズムを信仰しているが、戒律などはないおおらかなもののようだ。




