113話 スケサンが帰ってきたぞ
「と、父ちゃん。スケサンが帰ってきたみたいだぞ」
ある日の午後。
ウシカ兄弟や湿地の哨戒部隊らと共に柔の稽古をしていた俺に、アシュリンが声をかけてきた。
どうでもよいが、最近のアシュリンは俺のことを「父ちゃん」と呼ぶ。
シーラの呼び方につられて定着したようだ。
ちなみに俺はアシュリンのことはアシュリンと呼ぶ。
シーラの母親になる前から俺の妻だったのだから当然である。
「お、そうか。とりあえず、今日の稽古はこのくらいにするか」
稽古を切り上げるとウシカ兄弟は道具をしまい始めた。
柔は武具を使うことを想定しているので、わりと道具が多いのだ。
「里長は先に行っていいぞ」
「うむ、我らに急ぎの用はない。先生には後ほど会えばよい」
いつの間にかウシカ兄弟もスッカリ大人である。
栄養状態がよかったらしく、リザードマンの成体よりやや体つきも大きい。
余談だが、そっくりな2人を見分けるコツは体色である。
兄ウシカの方がやや赤みがかっているのだ(大差ないが)。
「それじゃ、任せて先に行くよ」
「あ、ありがとな。また遊んでやってくれ」
アシュリンがおかしなことをいってるが、決して遊んでたわけではないぞ。
「広場か?」
「ちがうぞ。し、新入りを連れてきたから館にいるんだ。おめかししろってスケサンがいってたぞ」
どうやら、すでにアシュリンはスケサンと話をしたようだ。
自宅に戻り、新しい服に着替えて館に向かう。
もう子供も産まれたし、新婚でもないのでアシュリンと着替えてもベタベタしたりはしないぞ。
「アシュリンは新入りを見たか?」
「うん、やっぱりブタ人が多かった。あ、あとは見たことない種族もいたな」
アシュリンは見たことない種族を「背中にコブがあって、背が高い」と説明してくれた。
それはおそらくラクダ人だろう。
「珍しいな。ラクダ人は森にいないものな」
「ら、ラクダ人か。森で住めるのかな?」
俺とアシュリンは雑談をしながら館に向かう。
スケサンが戻ってきた。
正確な日数は忘れてしまったが、わりと長かった気がする。
俺も、アシュリンも、この里も、スケサンがいるのが当たり前なのだ。
なんとなく嬉しくなるのは仕方のないことだろう。
館に着くと、入りきらなかった様子のスケルトン隊に迎えられた。
(ふうん、どこかでやりあったな)
彼らの武具には傷みがあり、交戦の跡が見てとれる。
俺は隊員を「お疲れさん」「ずいぶん働いたみたいだな」などと労いながら館に入った。
スケルトンは話しかけるだけでも変化し、成長するのだ――スケサンの受け売りだけどな。
館の中では30人くらいの獣人が固まっており、左右をスケルトン隊が固めている。
帰還した者ばかりでなく、留守番していたホネイチらの姿も確認できた。
(おっ、やっぱりラクダ人だ。懐かしいな)
予想通り、獣人たちの中にラクダ人もいた。
俺も荒野を抜けるときに世話になったが、気のいいやつらだ。
俺とアシュリンはスケルトン隊の横を素通りし、舞台の上で椅子に座る。
この辺はもう慣れたものだ。
「緊張しないでくれ、里長のベルクだ。こちらは妻のアシュリン」
俺が自己紹介をすると、スケサンが振り向き「楽にせよ」と獣人たちに取りついだ。
とはいえ、まだ緊張した雰囲気は残っている。
「おかえりスケサン。交戦したようだな」
「うむ、物見の詳細は後ほど報告しよう。まずは彼らだが……実は森を出たところに彼らの里を拓きたいのだ。これの許しをいただきたい」
話を聞くに、どうやらスケサンは森を出たところで避難してきた者の里を拓きたいらしい。
ホネジがすでに作事をしているそうだ。
(森の外に住むのに俺の許可はいらないんじゃないか? すでにホネジが作ってるわけだし)
よく分からないが、許可が欲しいなら許可をするだけである。
ラクダ人なども森よりは過ごしやすいだろう。
「スケサンが必要だと思うなら問題ない。どこに住もうが援助はするつもりだしな。ホネジはそのまま里の相談役にしてはどうだろう?」
俺の提案にスケサンが「ほう」と感心する。
スケサンはジャミルがブタ人の相談役をしているのを知らないのだ。
「長はオヌシらを守るための相談役の派遣をお許しになった。これは異例のことだ。これもひとえにムラトの働きによるものである」
スケサンが大げさに告げると、獣人たちは一斉に手をついて頭《こうべ》をたれた。
正直、やめてほしい。
「そういうのはやめてくれ、もう奴隷ではないんだぞ。ここでは身分はないからな。まずは飯を食え」
俺は食事と酒の用意を頼み「ゆっくりしてくれ」と声をかけて外に出ることにした。
アシュリンとスケサンも一緒だ。
「おいおい、なんか変だぞ。あれはなんだ?」
「うむ、すまんな。ムラトはオヌシの部下を名乗って暴れておるのだ。ムラトの顔を潰さぬようにああしたのだよ」
どうやら話を聞くに、スケサンは無事にムラトと接触できたらしい。
そこで共闘し、今後は武具や食料の補給をスケルトン隊が定期的に行うそうだ。
新しく作る里はムラトらの補給基地にする腹積もりらしい。
「なるほどな。さすがムラトもやるじゃないか。逃げ込む先を確保したわけだな」
「うむ、詳細はさておき、そんなところさ」
たった1人(世話役の老婆はいたが)で戦いに戻ったムラトは本格的に戦い続けているらしい。
これには同じ鬼人として純粋に誇らしい気持ちになる。
「だ、だけど……あのブタ人たちは戦いが嫌で逃げてきたんだろ? 戦いの手伝いをさせるのか?」
アシュリンが悲しげに「そんなの、かわいそうだぞ」と呟いた。
たしかに、ごちゃ混ぜ里は『無理強いさせない』がルールだ。
アシュリンの言葉は俺に刺さる。
「すまぬ、ムラトを支援することは私の独断だ。だが、人間世界の外縁部で争乱が続けばこちらへの遠征は難しくなるはずだ」
スケサンは「人間を放置してはならぬのだ」と脅威を強調する。
何度も攻め込まれているだけに、これには俺も同じ意見だが……一方のアシュリンも形のよい眉をひそめて険しい表情だ。
「じゃあ、まあ、あれだな。本人らに聞いてみたらいいんじゃないか?」
俺は折衷案で逃げることにした。
スケサンのいうことは理解できるが、女房の機嫌も損ねたくない。
「新しく拓いた里には追加でスケルトン隊を派遣し、援助を約束するとかにしてだな……その上で、ここに住みたいヤツは住んでいいよって、そんな感じでだな」
なぜか俺が必死で取りなしているが、本当になぜだろう。
流れってヤツかな?
「うむ、ならば意思確認はしよう。すまぬな、気を使わせた」
「いやいや、スケサンも正しいし、アシュリンのいうことも正しいからな。あいこだ、あいこ」
適当にお茶を濁したが、アシュリンも一応は納得したらしい。
優先順位をハッキリとつけるスケサンと違い、彼女は感情で判断するので難しいのだ。
しかも機嫌を損ねると長いし、本当に勘弁して欲しい。
「しかしだな、森から出たトコっていうとアレだろ? ちょこっとだけ草場があって、すぐに荒野になっちゃう場所だ。あんなとこで畑が作れるかな?」
俺はあからさまに話題をそらし、スケサンはそれを察したか「ふ」と小さく笑う。
「それがな、ラクダ人が多肉植物というのか、こう……薄いサボテンのような植物を栽培するらしいのだ」
スケサンは空中に連続した円を書きながら説明している。
「あ、それウチワサボテンだな。平ぺったくてトゲのあるやつだろ」
俺も荒野で食べた記憶がある。
正直にいえば美味ではないが、乾いた大地では貴重な栄養源なのだ。
「うむ、それだ。とにかく強い植物らしくてな、挿し芽でも増えるそうだ」
「実が丸くてトゲが生えてるのか?」
アシュリンはピンとこないようだ。
たしかに見たことがなければ説明しづらい形をしている。
「なんというかな……葉っぱしかないような木? でな。トゲトゲしてるんだよ」
「葉っぱしかないのか? 根っこがないのか?」
この後、アシュリンに説明したが「見なきゃ分からない」という結論になった。
そりゃそうだ。
余談だが、ごちゃ混ぜ里への移住希望は小さな子連れのイヌ人家族だけだった。
ムラトは予想以上に解放奴隷に支持されているようだ。
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ウチワサボテン
団扇に似た平たい茎節のあるサボテン。
味は青臭く、粘り気がある食感。
過酷な環境に耐え、挿し芽で増えるほど生命力が強いため、侵略的な外来種として問題になることすらある。
栄養価は非常に高く、各種ビタミンやミネラルを含み、アミノ酸も豊富。
糖尿病、動脈硬化、高コレステロールに効果がある。
日本でも食用に品種改良された『春日井ノパル』という品種が流通している。
今日から完結まで毎日更新します(たぶん)




