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スローライフの鬼! エルフ嫁との開拓生活。あと骨  作者: 小倉ひろあき


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112話 スケサン・エクスペディション4

ちょっと長いです



 翌朝、日の出の前にスケサンとムラトは最終的な打ち合わせをしていた。


「ここだ。我らは廃村と涸川(ワジ)に半数ずつ身を隠す。その中間点、ここに呼び込んでほしい」

「おう、そうなればこちらも反転し、反撃に出る。敵は援軍を知らぬのだ。必ずや成功するだろう」


 ムラトは実に嬉しそうだ。

 これから始まる戦のことが楽しみでならないといった風情で喜んでいる。


「日が昇り次第に行動を始める。抜かるな」

「承知だ」


 明るくなると、囮となるムラトは部下を率いて移動を開始した。

 その数は50人ほどだ。


「よし、我らは2つに別れて身を潜める。私の合図で攻撃を開始せよ」


 スケサンは隊を分け、涸川の底に身を伏せた。

 こうすればまず発見されることはないだろう。


 スケルトンたちは身じろぎもせず、その場で待ち続ける。


 あまりに動きがないため、鳥がとまっている個体もいるほどだ。

 その姿は打ち捨てられた骸にしか見えない。


(風が強い……土も痩せておる。森の方がものなり(・・・・)はよかろうな)


 こうしてじっと佇んでいると、洞穴で過ごした長い時間を思い出す。

 大森林ですごした日々も同様に。


「私は、死にたくないのだろうな」


 思わず漏れた本音に、反応するスケルトンはいなかった。


(む、きたな)


 日も高くなったころ、静寂を破り喧騒の音が近づいてくる。

 スケサンは低い姿勢のまま様子を窺った。


 逃げてくるのはムラトの手勢で間違いはない。


 ブタ人は足が遅いのか、それとも誘いなのか。

 絶妙な逃げ加減で敵を引きつけ、最後尾は逃げながら槍を振るっている。


 しんがりはムラトのようだ。


(進むときは先頭、退くときはしんがりか……見事なものだ)


 スケサンはムラトの武者ぶりに感動すら覚えていた。

 これは部下に慕われるはずである。


(敵は200……いや、多いな。200と50といったところか?)


 スケサンが見たところ、敵は予定よりやや多い。

 動きも悪くなく、ムラトらに即応したとなると都市防衛の常備軍なのだろうか。


(常備軍で250となると、かなりの数だが……いや、対ムラトに備えて徴兵しているのやも知れぬな)


 スタブロスは市民であれば兵役の義務があるといっていた。

 あり得ない話ではないし、そう考えれば村落で男が少なかった理由にも説明がつく。


 ならば『救援がない』といっていたのはムラトの神出鬼没の働きについていけていないだけなのかもしれない。

 対応が後手に回っているのだろうか。


(さて、そろそろか……)


 観察しているうちに争いが近づいてきた。

 ムラトの巧みな誘導により人間の隊列は伸びきっている――好機だ。


 スケサンが近くの岩の上に立ち、剣を抜く。

 それに合わせて100のスケルトンが姿を現した。


 その様子は人間からも確認できただろうが、不意を衝かれた軍は急に向きを変えれるものではない。


 スケサンが剣を振り上げ「懸かれ!」と振り下ろす。

 それを合図にスケルトン達は一気に飛び出し、人間たちに襲い掛かった。


「退け!! 退け!!」


 指揮官らしき人間が必死で叫んでいるが、左右から絞めつけられる形の奇襲になす術はない。

 人間の軍は組織だった動きすらとれず、草を刈るようにスケルトンに打ち倒されていく。


 死への恐れもなく、命を奪うためらいもなく、ただひたすらに武器を振るうスケルトン隊は強い。

 彼らは何年もの間、スケサンから厳しい訓練を課され続けた専業の兵士なのだ。


「罠だ! スケルトンの大軍だ!!」

「やめろ、押すな! 勘弁してくれ!」


 無言で人を殺すスケルトンと悲鳴をあげながら逃げ惑う人間。

 実に対照的だ。


 いつの間にか反転したムラトも加わり、三方からの攻撃に人間の軍は大混乱に陥る。

 先頭は全滅し、後続はわけも分からず恐慌をきたして逃げ散った。


 いつの間にか指揮官の姿も見えなくなり、今は逃げ遅れた者が順にすり潰されているのみだ。


(人間どもの油断もあったとはいえ、こうまでうまくいくとはな)


 スケサンは岩の上より戦況を見守っていたが、この戦運びには感嘆するしかない。


 偽装退却からの三面包囲、いわゆる『釣り野伏せり』だ。

 高い練度と士気、適した地形などの条件が揃わなければ不可能な戦術である。

 今回はそれがピタリと当てはまった形だ。


 次第に戦局は追撃へと移る。

 人間の死体が100を超えたあたりで戦の喧騒が収まり、ムラトやスケルトン隊が引き上げてきた。


「どうだ? 俺の見込み通りとなっただろう」

「うむ、さすがの手並みだ。感服した。」


 スケサンが素直に褒めると、強面の鬼人は嬉しくてたまらぬ様子で満面の笑みを見せた。

 自らの武功を認められるのが心の底から嬉しいのだ。

 その無邪気な様子はスケサンから見て実に微笑ましい。


「まずは被害の報告を。動けぬものは廃村で休ませる」


 スケサンの指示で被害を調べると、スケルトン隊は動けぬほどにダメージがあったのは4人。

 頭部を砕かれての戦死が1人。


 ムラトの手勢は重傷が2人、戦死が7人だ。

 偽装退却のおりに逃げ遅れた者が戦死したらしい。


 戦果だけを見れば大勝利だが、やはり犠牲者は出るものなのだ。


「負傷者は廃村で休め! 動ける者はそのまま村の攻略に向うぞ!」


 ムラトの指揮でそのまま村の攻略に向かったが、スケサンにも異論はない。

 戦は始めるよりも始末が大切なのだ。

 ここで引き上げては片手落ちである。


「しかし、連戦だぞ。休ませずともよいのか?」


 ムラトの手勢は敵を引きつけるために走り通し、さらに交戦したのだ。

 その疲労は限界を超えているだろう。


「ぐっふっふ、休めだと? おい、キサマら! 村を滅ぼすのだ! 疲れなど吹き飛ぶだろう!?」


 スケサンの心配をよそに、ムラトが声を張り上げると、手下らは静かに殺気立った目をギラつかせた。

 疲労のためか声も上がらないが、戦意は高い。


(なるほど、怨みが疲労を上回るか)


 そこに至るまでの経緯はスケサンには分からない。

 だが、幽鬼のごとくふらつきながらも武器を持ち、歩を進める姿は尋常ではない。


 そして日が沈みかけたころ、やや規模の大きな村落にたどり着いた。


 さきほどの戦闘より間もなく移動したこともあり、門を固く閉じている。

 だが、見張りの慌てた様子から判断するに、襲撃を予想していたようには見受けられない。


「ふむ、ひょっとしたら敗報すら伝わっておらぬやも知れぬな」


 村は人間の身長ほどの土塁が築かれており、中は窺い知ることはできない。

 だが、混乱しているのは火を見るよりも明らかだ。


「うむ。これは好機だ、スケルトン隊は盾を構えよ!」


 さすがに疲労困憊のムラトの手勢に先手は任せられない。

 ここはスケルトン隊が前に出るべきだろう。


「ムラトよ、ここは我らに譲ってもらうぞ」

「よかろう、任せた」


 ムラトが鷹揚に頷き、スケルトン隊が隊列を整えて進みだした。


 慎重に攻めるより勢いに乗ずるべきと判断したスケサンは中央に位置する。

 機に応じて兵を動かす構えだ。


 ほどなくして村の土塁や門の上に弓を構えた男たちが姿を見せた。

 まばらに矢が飛んでくるが数が足りない。


(さて、攻め手は門か、土塁か……)


 飛矢を軽く打ち払いながら周囲を注意深く観察する。


 スケサンの見るところ、土塁はさしたる高さはない。

 やや地面が掘り下げられているようだが、堀というよりも溝に近い陳腐さだ。


「よし、弓を持つ者は敵に射かけよ! 他の者は土塁を越えて侵入するのだ!」


 スケルトン隊は種族により角が生えていたり骨格の問題で長弓を使うのに向いていない者もいる。

 ゆえに弓を使う者はあまり数を揃えていないが、練度は極めて高い。


「味方の肩を借り土塁を越えろ! 門を制圧するのだ!」


 スケサンの指示をスケルトンたちは無言で粛々と実行に移す。

 その様子は守備についていた村の男たちを戦慄させるに足る不気味な迫力があった。


 射手は正確な射撃で援護し、前衛はその隙に土塁を越える。

 この時点で守り手の中には武器を捨てて降参する者が現れはじめた。


「投降者は捨て置け! 門を開け放て!」


 土塁の内側でわずかな攻防があったものの、スケルトン隊はアッサリと門を制圧した。


 それぞれの資質はあるものの、スケルトンは経験を蓄積して成長する存在だ。

 その点、スケサンに柔を習い、ごちゃ混ぜ里で治安任務に就いていたスケルトン隊は対人戦闘に滅法強い。


 村内で短兵(たんぺい)(剣や棍棒など短い武器を持つ兵士)同士の戦いになれば負ける道理はないのだ。


「見事な手並みだな。我らではこうはいかん」


 門が開き、村内での制圧が進むころ、ムラトが手勢を率いて追いついてきた。

 スケルトン隊の戦いぶりを見て嬉しげに笑っている。

 実に恐ろしい笑顔だ。


「やはり、やるのかね?」

「おう、コイツらも休息は十分だ。やる気に満ちておるわ」


 ムラトが振り返ると、そこには殺気だった獣人たちがいた。

 真っ赤に血走り、ギラギラと輝く目を異常なほど見開いている。


「ならば我らは退こう。周辺を警戒する……偽善だと笑うかね?」

「いや、笑わんよ。だが士気を保つためだ。やめるわけにはいかん」


 スケサンとて歴戦の戦士だ。

 これから始まることに理解はある。


 だが、それを好むかどうかは別だ。

 スケルトンたちは全てを学習してしまう。

 早い段階で経験させたいことではない。


 その機微をムラトは察し、理解を示したのだ。


 スケサンは「かたじけない」と頭を下げて隊を引き上げた。


 周辺を警戒とはよくいったもので、実際は村人が逃げ出さぬように包囲しているだけだ。


(しばらく忘れていたが、戦とはこういうものであったな)


 ごちゃ混ぜ里の戦は、どこか子供の石打ち遊びのようなのどかさがある。


 ベルクが作った里が滅びても、それは森に還るだけであろう。

 そうなれば、おそらくベルクとアシュリンは仲間を引き連れ、他でまた里を拓くに違いない。

 緊迫した事態にも、そうした気楽さ、あっけらかんとした明るさがどこかにある。


 だが、ここにあるのは人間の支配に反攻する獣人の戦いだ。

 人間の男は殺し、女を犯して獣人の子を産ませ、住み処を奪う生存競争なのだ。


(これを続けさせるのが我が望みよ……卑劣なことだ)


 日が完全に落ちるころ、村から聞こえていた悲鳴も絶え果てた。


「済んだぞ。ここにいる者らを森へ頼む」

「承知した。彼らの食料や水の用意を頼む。我らには無用だ」


 あれほど楽しく感じたムラトとのやりとりも、どこか白けた雰囲気が漂っている。

 祭りの終わりとは、こうしたものだ。


「負傷したスケルトンは2ヶ月も休ませれば癒えるだろう。仲間に加えてやってくれ」

「おう、ありがたい。オヌシの鍛えたスケルトンは強いからな」


 ムラトは笑う。

 先ほどの殺気だった笑いとはまるで違い、どこか親しげな雰囲気すらある笑顔だ。


 見れば森へ行くのを希望する獣人らは30人ほどらしい。

 ブタ人が半数ほどだが、ドワーフ、イヌ人、リザードマン、他にもスケサンが見たこともない獣人も混ざっている。


「よし、連れ戻るのは私と2小隊でよい。あとは先ほどの戦場で頭部の無事な骸を選び、砦へ持ち帰れ」


 この指示を聞いていたムラトが「葬るのか?」と尋ねてきた。


「いや、スケルトンはこうして数を増やすのだ。鍛えればこちらにも派遣しよう」

「そうか、それは助かる。ホネジュウやホネジュウゾウは伝令だからな。無理はさせられん」


 ムラトは戦の理をよくわきまえている。

 連絡役のスケルトンには無理はさせないだろう。


「楽しい戦であった。また共に戦おう、スケサン」

「うむ、また戦場で肩を並べるのを楽しみにしておる」


 おそらく、次まで己の命が残っていないのは分かる。

 だが、それはこの鬼人の戦士との別れに相応しくない。


(いずれ、その先に会うこともあるのではないか)


 なぜかは分からないが、スケサンはそう感じていた。




■■■■



釣り野伏せり


釣り野伏、釣り野伏せとも。

戦国時代、島津氏が得意とし、耳川の戦い、沖田畷の戦い、戸次川の戦い、泗川の戦いなどで小勢が大軍を打ち破り続けた伝説的な戦術。

軍を3つに分け、あらかじめ2隊を伏兵にし、囮が敵勢を釣りだしたところで3隊が連携して三面包囲をする。

強力ではあるが、地形的な前提があり、指揮官には高度な状況判断が求められ、兵には極めて高い練度と士気が要求される。

なにか1つ間違えば偽装撤退の段階で総崩れとなる極めて難度の高い戦術だ。

今回はムラトとスケサンの力量があって成功したといえるだろう。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] スケさん亡き後も戦争状態が続きそうなんですが軍事面の後継者がいませんね。不安。ベルクもアシュリンも長命種なのでこの先ずーっと軍事不安が続くとかわいそう。「気がつけば洞穴」ではスケルトン…
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