109話 ブタ人の相談役
スケサンが荒野に向かった後、ブタ人たちから妙な相談がもちこまれた。
「うーん、好きにしたらいいんじゃないか?」
「いや、まあ、そうなんですが……好きに、というのが、その……」
うつ向いてぼそぼそしゃべっているのはブタ人のリーダー、ガスパロだ。
自信なげに視線を泳がせ、暑くもないのに汗をびっしょりかいている。
どうやら、彼らブタ人の国はもう何世代も前に人間によって滅ぼされてしまったらしい。
つまり、彼らは全員が『産まれながらの奴隷』なのだ。
人間に牙を切られたり、去勢されたり、ひどい目には遭わされてきたが、彼らにとってそれは『当たり前』だった。
そこに、フラッと現れた鬼人が鎖を断ち、彼らは不意に解放された。
さすがに対人間戦への参加は断ったが、大森林へ向かうように命じられ、ラクダ人やスケルトン隊に導かれながらたどり着いた。
ここまではいい。
だが、いきなり生活の基盤を譲られ『好きにしていいよ』となったところで困ってしまったらしい。
ガスパロにしても、なりゆきでリーダーになったのは『去勢してない男』で『1番年上だった』だけなのだとか。
ちなみに見た目ではよく分からないが彼は中年らしい。
「うーん……とはいってもなあ。コナンはなんかあるか?」
「いえ、私も特には……時間が解決しそうな気もしますけどね」
なんとなくコナンも交えて相談してみたが、特別な思案はないようだ。
彼はなんとなく色んなところで相談をうけるうち、いつのまにか里の内政担当みたいになっていた。
もともと相談ごとはスケサンの仕事だったのだが、最近は体力温存とかでじっとしていたのでコナンにお鉢が回った経緯がある。
「なにか得意なことがあれば、それをやればいいんじゃないか?」
「得意なこと、といわれましても……」
このガスパロの態度にはイライラしてしまう。
だが、考えてみれば鬼人で下人をしていたハサンやジャミルも、初めはこんな感じだった。
どうやら人は指示をされることに慣れると、自分で考える力が弱くなるようだ。
ブタ人はそれが数世代も続いたのだから、こうなっても無理もない。
「しかし、せっかく逃げてきたのに他種族のリーダーを迎えるのも面白くないだろ?」
「そこなんです。相談したいのは……よろしいでしょうか?」
こうしてすでに相談しているのだから、いいも悪いもない。
だが、ガスパロからすれば、こうして俺に相談することすら大変なことのようだ。
イラつくからといって怒鳴ったりしてはいけない。
「その、慣れるまで相談役といいますか、誰か助けてくれる方を里に迎えたいのです」
「なるほどな。しかし、俺やコナンにこうして相談をしてもらうのは一向に構わんが、常駐するわけにはいかんぞ」
相談役といっても、生活はあるのだ。
仕事や家族をほっぽりだしてブタ人と暮らす変人などいないだろう。
(……いや、いたな。うってつけのがいるぞ)
俺が「いいのがいたな」と笑うと、コナンが首をかしげた。
☆★☆☆
半月ほど後、俺は送り込んだ『相談役』の様子を見にブタ人の里に向かった。
「よう、調子はどうだ?」
「ああ、ベルクさんか。わざわざ見に来てくれたのか」
俺の挨拶に応じたのは鬼人のジャミルだ。
そう、俺が『相談役』として送り込んだのは、この鳥目の鬼人だった。
浅くとも一通りの仕事をした経験があり、気働きがよい。
そして定職のない独り者である。
しかも、ブタ人を解放したムラトと同族の鬼人だ。
「ここに来ても、特にやることもないですな。彼らは畑も耕せますし、森で食を得るのが得意だ。勝手に生活してますよ」
「はは、俺も似たようなもんだ。ただ、揉めたときに仲裁するくらいでいいさ」
ジャミルがいうにはブタ人たちはとても鼻が利き、採取が得意らしい。
森に入りキノコ、木の実、イモなどの食料を上手く見つけて来るそうだ。
「これ、食べてみてください」
「ん? イチジクか?」
ジャミルが差し出したザルの上には切り揃えた木の実が並んでいる。
1つつまんで口に入れると、噛みごたえと強い甘さを感じた。
「味が濃いでしょう? 彼らは食べ物を保存するために干すのです。それこそ、木の実も、キノコも、イモも、なんでもです」
「へえ、俺たちも肉や魚は干したり燻製にするけどな。イチジクやキノコをねえ」
どうやら、これは奴隷時代に食べ物を少しでも多く得るための工夫でもあったそうだ。
ブタ人は体つきがしっかりしており力も強い。
その反面、食べる量もかなり多いのだ。
「なかなかいい工夫だな。こんどウチでもやってみるか」
「はは、それこそ物々交換でいいでしょう」
たしかに、いまはごちゃ混ぜ里から食料や衣類の援助があるが、いずれは自立するのだ。
ジャミルのいうように一種の名物として残してやるのがよいだろう。
「うん、なかなかの相談役ぶりじゃないか」
「いやいや、本当になにもしてないんで。彼らは私が来たことで勝手に安心して自分達でいろいろやってるんです。私は森で狩りをしたり、川で魚やカメを獲ってるだけですよ」
たぶん、これはジャミルの謙遜ではない。
おそらく何もしていないのは事実だ。
だが、ブタ人たちは俺やムラトと同族の『相談役』が来たことで安心したのだろう。
そういう意味でもジャミルはブタ人の相談役に適任だったのだ。
彼らが精神的にも自立すれば相談役もお役御免だろう。
いまも視界の端ではブタ人がブヒブヒいいながら畑の雑草を抜いている。
土地にも馴染みはじめた様子だ。
「まあ、特に問題もなさそうだが、数が増えたらごちゃ混ぜ里とは逆の方向……あっちだな。この向きに拡げてくれ。分封するときもこっち側にな」
「承知……とはいえ、だいぶ先の話ですな。そのころ私は相談役をしていないでしょう」
ジャミルは「はは」と笑うが、短命種というやつは少しの時間で増えるものだ。
放ったらかしにしてごちゃ混ぜ里と境界争いをはじめてはまずい。
早め早めに大まかな方針は伝えておきたい。
「ああ、そういやキノコも干すんだったな。ウチと溜め池地区のキノコが生える木材を分けてやろう。適当な木材を足して日陰に置いとくといい」
「そうですね、その辺もブタ人に任せようと思います」
ジャミルはあくまでも相談役、ブタ人のことは他人事だ。
だが、このくらいの距離感でよいのかもしれない。
「魔王様! こちらにおみえとは知らず失礼しました!」
ジャミルと話し込んでいるうちに採取に出ていたブタ人が戻ってきたらしい。
ガスパロがブヒブヒと鼻を鳴らしながら駆け寄ってきた。
このガスパロは何度訂正しても俺のことを『魔王様』と呼ぶ。
どうもムラトが俺のことを大袈裟に吹聴していたらしい。
少ない戦力を大きく見せるために強力な後詰めがいるとアピールしたのだろう。
よくある手だが、ブタ人たちに変な影響が残ってしまったのは困りものだ。
「順調そうだな。安心したぞ。今日は様子を見に来ただけだから気にしないでくれ」
「魔王様のお陰で皆が飢えもなくすごしております!我らにできることは何なりとお申しつけください!」
ガスパロは気にするな、といったのにこの調子である。
ただ、おどおどとした様子がなくなり、元気になったのはよいことだと思う。
「ま、今日は用事はないから気持ちだけで十分かな。強いていうなら、どんどん食料を作って、ばんばん数を増やすことだ」
「数を? ブタ人の……でしょうか?」
ガスパロが不思議そうな、それでいて不安げな表情を見せた。
俺の真意を図りかねているのだろう。
「そうだ、まずは増えろ。土地に根を生やせ」
数が増えればムラトを支援することも容易になるし、場合によってはブタ人の国を再興することだってできるかもしれない。
ブタ人は力が強く、繁殖力も旺盛だ。
人間に国を滅ぼされたかもしれないが、弱い種族ではない。
「ジャミルもな。カミさんもらって子供を作ってくれよ。鬼人も数が少ないからな」
「いやいや、思わぬところに飛び火しましたな」
ジャミルが降参だと両手を上げておどけると、つい俺もガスパロも笑ってしまった。
あまりガスパロが深刻になりすぎないように気を使ったのだろう。
鬼人の戦士は、こうした気働きはしない。
下人だった彼ゆえの行動だが、それがよい方向に作用しているようだ。
「ま、焦らなくていいからな。まずは食料、家、衣服で不自由がないくらいにな。ジャミルも頼むぞ」
あんまり長居しても迷惑なのでこの辺で切り上げることにした。
森を歩くと、ぽつぽつと葉を落とす木も出てきたようだ。
そろそろスケサンもムラトに会えただろうか?
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乾物
乾燥させ、水分を抜いた食品。
雑菌の繁殖が防げるために日保ちがよい。
なおかつ、水分量が減ることで味が濃厚になりうま味が増す効果もある。
人類は古くより乾物を作っており、エジプト文明やメソポタミア文明ではすでにナツメヤシをドライフルーツにしていた。
ごちゃ混ぜ里では果物はすぐに醸造して酒にしてしまうためにドライフルーツは作られていなかったらしい。
奴隷だったブタ人は酒類を与えられなかったことから飲酒の習慣がないようだ。




