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スローライフの鬼! エルフ嫁との開拓生活。あと骨  作者: 小倉ひろあき


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106話 お盆だぞ

 じめじめとした雨季が終わり、夏が来た。

 盛夏がくるまでは森で一番過ごしやすい季節である。


 戦や大事件もなく、ごちゃ混ぜ里は穏やかな日々が続いていた。

 だが、里は平和でも、個人に目を向ければ色々あるのが人生だ。


 アシュリンがシーラに吃音を指摘されて落ち込んだりしたのもその1つだろう。


「わたしは、し、し、シーラじゃない。へんなよびかたしないで」


 幼児ゆえの残酷さ、というものだろうか。

 この言葉にアシュリンは意外なほど落ち込んでいた。


(わりと気にしてたんだな)


 どうやら話を聞くに、アシュリンの母も吃音があったらしい。

 それを思い出して「(シーラ)にも吃音がでたらどうしよう」と不安になったようだ。

 表向きはなんでもないように過ごしていたが、寝かしつけたシーラの側でべそべそと泣いている。


 これに対し『そんなことくらい気にするな』というのは簡単だが、悩みは人それぞれあるものだ。

 正直、(アシュリン)はどこで怒りだすか分からないので迂闊に手出しするわけにもいかない。


 俺にできるのは相づちをうつだけである。


「アシュリンのおっ()さん、か……」

「うん、か、母さんも、わ、私と同じ話し方だったんだ。それで、うぎ、うぐぐっ」


 なんか変な声を出してるが笑ってはいけない。

 アシュリンは寝ているシーラを起こさないように嗚咽を噛み殺しているのだ。


「そんなにシーラの言葉が悲しかったのか?」

「ち、ちがうっ。私も母さんに酷いこといったんだ。それを、お、思い出して……ふぐっぐぐっ」


 なにやらよく分からないが、ぼんやりと聞いたところによると、祝詞(のりと)などを使うワイルドエルフにとって言葉とは大切なものらしい。

 それで嫌な思いをしたこともあったそうだ。


 その当時のアシュリンは悔しさのあまり、母親に「私の吃音は母さんのせいだ」「吃音の母親から産まれたから吃音になったんだ」と責めたことがあったらしい。

 それを思い出して「酷いことをいってしまった」と嘆いているのだ。


 つまり、思い出し泣きである。

 幼い娘の一言で過去の後悔が掘り起こされたらしい。

 

(いやまあ、気持ちは分からんでもないが……どうしようもないよな)


 すでに何十年も前の話である。

 アシュリンの母親も亡くなっているし、できることなどない。


(俺の場合はどうだったかな……?)


 角がなくても母親を恨んだことはない。

 父親にも母親にも角があり、俺にだけなかったという事情もある。


 ちょっと母親から吃音を受け継いだアシュリンとは事情がちがうのだ。


「でもアシュリンの祝詞はつっかえたりしないじゃないか。普通に話すのとは違うのか?」

「う、うん。祝詞は決まった言葉だけだし、あ、あれは私じゃなくて祖霊の言葉だから……」


 よく分からないが、そういうものらしい。

 育った文化が違えば、夫婦といえども理解の及ばぬところはある。

 無理をして理解に勤めずとも『よく分からないが、そういうものだ』と納得するのが楽だ。


「まあ、俺からシーラにはいい聞かせておこう」

「あっ、こらっ、そ、そんな気分じゃ――」


 気分もなにも、2人目を作ろうかとなってからは毎晩やってるのだ。

 拒絶されると傷つくぞ。


 過去を悔やんだところで終わったことだ。

 いまさらどうしようもない。


(ま、こんな理屈をいったら怒られるんだろうな)


 とりあえず、目先のことを回避した俺は子作りに邁進することにした。

 なんだかんだで体を動かすのはストレス発散にもなる。


「なあ、エルフの祖霊っていうのはアシュリンのおっ母さんは入ってるのか?」


 運動の後、俺が訊ねるとアシュリンは少し考えた後「入ってる」と迷いなく答えた。

 そこに疑問はないようだ。


「そ、祖霊は体から離れたエルフ全てだから」

「そうか。なら神殿に祀られている祖霊にお参りすればいいんじゃないか。そこでおっ母さんに謝ればいいじゃないか『酷いことをいってゴメン』ってさ」


 この何気ない提案は、ことのほかアシュリンの琴線に触れたようだ。

 エルフにとって祖霊は『身近なご先祖』という意識よりも『偉大な家祖』という意味合いがあったためらしい。


 翌日から祖霊が祀られている神殿に通い始め、朝夕とお参りをするようになった。

 そして、これが里に意外な変化をもたらすことになる。


 このアシュリンの亡き母親を偲ぶ姿に共感する里人が現れたのだ。

 ぽつりぽつりと彼女の姿を真似する者が現れ、神殿に先祖を祀る者が増えた。


 誰しも、亡くした身内への想いは大なり小なりある。

 里はにわか(・・・)に神殿詣でがブームとなり賑わいだした。


「ふむ、まるで話に聞いた盂蘭盆(うらぼん)だな」


 神殿に集まる里人を見てスケサンが聞きなれない言葉を呟いた。


「なんだ? ウラバン?」

「盂蘭盆だ。精霊王の祖国では盛夏に死者の霊魂が帰ってきたそうだ。その霊を慰めるため神官が家々を廻り、帰宅した死者の家族は火を焚いて祭祀を行ったというぞ」


 よく分からないが、そういう祭りがあったのだろう。

 拝火は様々な種族が行っており、火の神と考えれば特別なモノでもない。


「火の神と死者がなにか関連していたのかもな」

「うむ。かの国で死者は火葬にふしたと聞く。恐らく両者は密接な繋がりがあったのだろう」


 さすがのスケサンも詳しくないようだが、これは仕方がない。

 スケサンは神官ではなく戦士なのだ。


「せっかくだから試してみたい気もするな。火を焚けば夏場の虫除けにもなるだろうし、案外そんな意味があったのかもな」

「む、そこは気がつかなんだ。たしかに日々の習慣と信仰が結びつくことはままある話だ」


 このスケサンの『ウラボン』をヒントに、各家庭で小さな火が焚かれることになった。

 大森林では虫が多く、夏場は蚊やアブなどもうっとうしい。

 焚けば虫よけになる花や草もあり、里は独特の香りがたちこめている。


 各家庭で連日もくもくと煙が上がり、これがいつの間にか神殿や供養塚(87話参照)に捧げられるようになった。

 そしてウラバン(※ウラボンは発音が難しく、ウラバンで定着したらしい)は里の『夏の行事』となったようだ。


 人が入れ替わりながら神殿や供養塚に足を運び、静かに火と黙祷を捧げる。

 大騒ぎをする冬の祭りとは違い、静かな祈りだ。


 人の営みとは不思議なもので、幼児の一言が里の行事となったのである。


「まさか、こんな大事になるとは思わなかったぞ」


 俺の側でアシュリンがシーラに優しく語りかけている。

 どうやら母親との気持ちにも折り合いがついたようだ。


 ちなみに当のシーラは全然覚えてないらしい。

 幼児には虫よけの煙がつらいらしく「くさいくさい」と顔をしかめて嫌がっている。


 ま、そんなものだろう。




■■■■



盂蘭盆(うらぼん)


いわゆるお盆。

伝説によると目連尊者(インドのえらいお坊さん)の亡き母が餓鬼道に堕ち、それを救うために供養に励んだことに由来する。

わりと地域差がある行事で、日本では時期も内容もバラバラだったりする。

ごちゃ混ぜ里では亡き家族を偲んで火や煙を焚き、その霊魂を慰めるようだ。

偶然にも日本のロウソク・線香の文化に似通った形になったが、もともとインド由来の『お香』は古くから医療や虫よけに使われていた。

虫に悩まされる大森林でこうした文化の類似があっても不思議ではないだろう。

スケサンがいう「火を焚く」というのは、恐らくは迎え火と送り火と思われる。


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