103話 実にうらやましい
とりあえず支度もあるだろうとヤギ人たちをゲストハウスに通しゆっくりしてもらうことにした。
その間に身内で作戦タイムである。
「ええっ!? 2人も来ちゃったの!?」
話を聞いたピーターが驚きの声を上げるが無理もない。
俺だって予想外の出来事である。
「もう、また女の子2人も相手にしようなんて――」
「ちがうよ!僕も知らなかったんだよ!?」
モリーがピーターを責めているが、これは完全な言いがかりである。
ピーターは悪くない。
悪いのは……俺だろう。
すまんな。
「いいんじゃないっすか? 2人もお嫁さんが来るなんてうらやましいっすよ。なあ?」
「いや、私は別に」
バーンが正直にうらやましがっているが、水を向けたコナンに裏切られたようだ。
ナイヨはニコニコと笑っているが、ちょっと怖いぞ。
「ふ、不安なのは嫁いでくるお嫁さんなんだ。ぴ、ピーターがしっかりしないとダメだぞ」
「うむ、アシュリンのいう通りだな。ピーターならば問題はない。堂々としておればよい」
アシュリンとスケサンがピーターを励ます。
「でもさ、いきなり2人と暮らすなんて大丈夫かな……」
「もう、ちゃんとしなさいよ。お嫁さんたちは私とフローラが里に馴染めるようにお世話するし大丈夫よ」
モリーがピーターを慰め、フローラが「そうね」とそっけなく応じた。
なんだかんだ、この3人のヤギ人は助け合っているのだ。
「ふむ、不安は分かるがな。両者を等しく愛するのは難しくとも、等しく扱えばよい」
「……等しく扱う、ですか」
スケサンはピーターに「そうだ」と頷く。
「1度の食事、1枚の服、1度の閨、たかがそれだけのことに差があると人は敏感に察するものだ。2人の妻を平等に愛することは難しくとも、同じ回数だけ抱くことだ。気持ちは見えぬが扱いは見える。見えるところから気をつけよ」
スケサンの言葉は、不満があって故郷を飛び出した俺にはよく分かる。
平等だと建前だけ聞かされ、扱いの差に嘆いた日々は忘れられない苦い日々だ。
(まあ、俺も若かったしな。今の俺なら折り合いもつくのだろうが……)
わずか20年にも満たぬ10数年前のことだろうが、ずいぶん昔のことに思える。
それだけ、立場も状況も変わったということだろう。
ピーターはスケサンの言葉にじっと耳を傾け「はい」と素直に応えた。
スケサンも嬉しげである。
「若いし、2人くらいいけるだろ」
俺もピーターを励ましたのにアシュリンとモリーにメチャクチャにらまれたぞ。
解せぬ。
それはさておき、ピーターも腹を括ったとこでベンとも打ち合わせをし、結婚式は翌日と決まった。
ピーターも花嫁たちと挨拶をし、それなりに打ち解けたらしい。
「あはっ、よ、よかったじゃないか。かわいい子たちだな」
「……うん、その、僕もそう思う」
受け入れる女衆の代表として同席したアシュリンは屈託なく喜んでいるが、ピーターはおおてれである。
「とりあえずは問題なさそうでよかった。仲良くやってほしいもんだ」
「ああ、ラナとミアにはたくさん子供を産んでほしいと願っている。2人も嫁がせるにはそうした期待もあるのさ」
ベンがいうには、山に住むヤギ人たちは通婚しているものの、血は濃くなりがちだという。
ピーターが通婚圏に加わることで新たな血を入れてくれることへの期待もあるようだ。
「そういえば最近は山から入ってくる染料も結構あるみたいだな。復興も順調みたいだし、人の行き来が増えればピーターの子供らが嫁ぎやすくなる。いいことだ」
「ああ、真赭(染料に使う赤土、辰砂のこと)だな。いままでは里の外には分けてなかったんだが、そうもいってられなくてな……親父も分かってくれたよ」
ベンは謙遜するが、伝統にこだわらずに交易品にした彼の決断は立派なものだ。
染料を食料と交換することで生活に余裕が生まれ、停滞していた地震からの復興も進み始めたらしい。
「明日は大宴会になるぞ。いまのうちにゆっくりしてくれ」
「恩に着る。ラナとミアも歓迎されていると分かれば喜ぶだろう」
ヤギ人たちは客だ。
ゆっくりしてもらえばよいが、里の住民はそうもいかない。
女衆は総出で明日の食事を作り、男たちは館に机や椅子を持ち寄って宴席を整えている。
ホネイチはヤギ人の到着を溜め池地区に知らせに向かったようだ。
いまでこそ皆が協力してくれているが、実はピーターの婚儀をどれほどの規模で行うか、これはわりと意見が分かれていた。
初めは身内だけでささやかに祝うつもりだったのだ。
だが、その『身内』というのがなかなか難しかった。
血縁者だけに限るとモリーとフローラと彼女らの子供のみになってしまう。
しかし、血縁者以外でも、となると区切りが曖昧だ。
ピーターと共にスケサンから柔を習っている男衆が「祝わせてほしい」と申し出たし、そうなると女衆が不参加というわけにもいかない。
そうなると「いっそ里の皆で祝おうか」となり、いまに至るわけだ。
(まあ、にぎやかなのは悪くないよな)
いつの間にか宴会となった喧騒は日が暮れてからも続く。
祭り以外でこれほど大騒ぎになるのは珍しい。
いつの間にかヤギ人の男らも混じってたが、慶事だし皆で祝えばいいだろう。
ただ、ちょっとベンは酔態を見せるヤギ人たちを呆れた様子で眺め、俺たちにもうしわけなさそうにしていた。
☆★☆☆
ヤギ人の婚儀はわりとシンプルだった。
迎え入れる側、今回はピーターが育てたパコを潰し土地の精霊に捧げるのだ。
普段は雄雌のパコを生け贄にするそうだが、今回は花嫁が2人ということで雄が1匹、雌が2匹にしたらしい。
地にパコの血を吸わせ捧げたのち、皆に肉をふるまう。
これだけのことだが、うまく取り仕切ることが花婿の器量でもあるそうだ。
少し緊張した様子のピーターがほほえましい。
姉のモリーが大泣きをしているのを見るに、たぶん立派に勤めているのだろう。
「い、いろんな結婚式があるけど、これだけ人手があるのははじめてだな」
「うむ、さまざまな種族が暮らす里では珍しい」
アシュリンとスケサンがいうように、冠婚葬祭の伝統は種族ごとに違う。
こうして皆で祝うのは珍しい。
(考えてみればコナンとフローラ以来かもな)
思い起こせばほんの少し前のことなのに、もうかなり昔のことにも思える。
まだまだ里が小さかったころの話だ。
「そういえばスケルトン隊がいないな?」
「ああ、今日は特に周辺を警戒させている。私が略奪者ならば里人が集まり空になる今日を狙うだろうからな」
なるほど、実にスケサンらしい考えだと納得した。
スケサンはのんびりしているように見えるが、おそらくスケルトン隊の指揮はホネイチに任せているのだろう。
最近のスケサンは可能な限り仕事は隊員に任せ、じっとしていることが多い。
「こんな時まで頑張ってくれてるスケルトンたちになにか報いてやりたいが、なにがいいだろう?」
「特に必要はないが……ふむ。ならばできる限りでよい、隊員ひとり一人に声をかけ、少しでも成長を促してやってくれ。スケルトンの成長とは積み重ねだ。小さくとも、それが積もれば優秀な兵士となるだろう」
ホネイチが他のスケルトンよりも豊かな感情表現と優秀な判断力をもつのは俺たちが親しく接したことによるという。
スケサンは他のスケルトンの成長も望んでいるのだ。
(きっと、自分がいなくなった先のことまで心配してくれてるんだな……俺も、しっかりしないとな)
俺が感じるのは悲しいとか寂しいとも違う、なんともいえない複雑な気持ちだ。
「わかった。皆にも頼もう」
「うむ、それはよい」
スケサンとの話が落ち着いたころ、目の前にピーターと花嫁たちが汁椀をもってきてくれた。
ふるまう人数が多いから汁物にしたのだろう。
「里長さま、改めてよろしくお願いいたします」
「ああ、こいつはウマそうだ。俺はベルクという。ピーターとは年の離れた兄弟のようなものだ」
姉のラナが挨拶をしてくれたが、なかなかしっかりしている。
妹のミアはスケサンに汁椀を渡して挨拶をしているが、おっかなびっくりという反応だ。
「私はスケサブロウ・ホネカワだ。ここではスケサンと呼ばれておる。スケルトンは食事をせぬが、気持ちはたしかにいただこう」
スケサンはピーターに「よい妻を得たな。実にめでたい」と言祝ぎ、3人のヤギ人は恥ずかしげにはにかみ、頷いた。
こうして、里に新たな住民が加わり、また少しにぎやかになった。
少し後に聞いた話では姉のラナはピーターより3才年上、妹のミアは2才年下だったらしい。
いきなり2人も妻を迎えたピーターは戸惑いながらも仲良く暮らしているようだ。
スケサンの教えを守り、毎日平等に励んでいるようだが、この様子なら子供もすぐに産まれるだろう。
年上の妻に甘やかされ、かたや年下の妻に頼られる。
実にうらやましい。
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慶事
実は里ではあまり大規模な慶事の宴会はない。
結婚や成人は各種族でうちうちに祝っているし、子供が急に死んでしまうこともままあるので出産は盛大な祝いではないのだ。
コナンやフローラが結婚したときは里の皆で祝ったが、いまとは規模が違うのである。
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