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【書籍・コミカライズ】重装令嬢モアネット〜かけた覚えのない呪いの解き方〜  作者: さき
本編~かけた覚えのない呪いの解き方~

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22/62

22:国境を越えて

 

 どうやら国境に辿り着いたらしく、モアネットが窓から外を覗けば役人らしき男と話をしている馭者の姿が見えた。鞄から書類を取り出し手渡しているところを見るに、きっと通行のための検査を受けているのだろう。

 といってもさして難しい話をしている様子は無く、談笑しているような空気を感じさせる。それどころか親し気に肩を叩いているあたり、きっと顔見知りなのだろう。

 そもそも検問などあってないようなものなのだ。この関所だって道沿いに小屋が立っているだけで、止めるのも馬車や行商人一行といったところだろう。現に周囲を見張っている様子もなく、身を隠してどころか補整されていない野原や森を通れば容易に国を通れる。杜撰も良いところの管理体制だ。

 高い壁を設置し、厳重に警備を置いて、女子供であろうと隅から隅まで調べて……なんてのは昔の話。


 平和な証だ、そうモアネットがボンヤリと考えつつクッションに身を預ければ、再びガタと音をたてて馬車が揺れた。どうやら検問を抜けたらしく――「またな」と役人らしき男の見送りの声が聞こえてくるあたり、検査一割・雑談九割といったところか――再び始まる車輪越しの振動を感じつつモアネットがクッションに身を預けようとし……バチッと体に走った痺れに思わず声をあげた。


「ひゃっ」


 と咄嗟に体が跳ね上がる。

 それとほぼ同時にあがるのはアレクシスの声。「うわっ!」と悲鳴じみた声に、彼もまた何かしらの衝撃を受けたのだと分かる。


「な、なに今の……」

「モアネットも? なんだか痺れたような気がしたんだけど……」


 いったい何が起こったのか、モアネットがギコッと兜を傾げればアレクシスもまた首を傾げる。

 確かにあの瞬間、なにか痺れるような感覚が体に走ったのだ。だがあまりにほんの一瞬過ぎて「どこが」と言われても明確には分からず、そのうえ痛みも何も残っていない。確認するように自分の体を眺めてみるも、そもそも鉄の鎧で覆われているから肌など見えるわけがなく、そのうえどこをどう見て良いのかも分からない。

 変なの、とモアネットが兜の中で小さく呟く。対してアレクシスはあっさりと「毒じゃ無いならいいか」と割り切ってしまった。その判断基準はどうかと思えるが、かといって己の身を案じろと言おうにも何をどう案じれば良いのか言えるわけでもない。

 だからこそ気にする程でもないかとモアネットもまたアレクシス同様に先程のことを忘れようとし……パーシヴァルにグイと詰め寄られて思わず身を仰け反らしてしまった。怪訝そうに、兜の中など見えやしないのに碧色の瞳がジッとこちらの兜を覗き込んでくる。


 もしかして、魔術でも使ったと思われたのだろうか……?

 そう考え、モアネットが「私のせいじゃありませんよ」と言おうとした瞬間、


「モアネット嬢、本当に大丈夫なのか?」


 と、先にパーシヴァルが案じてきた。

 どうやら彼だけは先程の痺れを感じなかったようで、だからこそ程度が分からず心配なのか覗き込んでくる。その瞳は労わるような色合いを見せており、クイと小首を傾げて再度「平気か?」と尋ねてきた。

 順調に国を越えられたと思った矢先にモアネットとアレクシスが揃えて悲鳴じみた声をあげたのだ、心配になるなという方が無理な話か。


「大丈夫ですよ。痛かったわけじゃないし、痺れたというより驚いたから声が出ただけです」

「本当か? もし違和感があるなら、街に着いたら医者を探して診て貰った方が……」

「そこまでの事じゃないですよ。それより、随分と心配しますね」

「今ちょっと眠いから、微妙に心配なままで寝ぼけたら二人を担いで医者の元へ走りそうなんだ」

「大丈夫ですからさっさと寝てください!」


 なんておっかない! とモアネットが声をあげつつ、ガシャンガシャンと腕を振って健康を訴える。

 それで安心したのか、パーシヴァルが深く一度頷き……次いでふわと一度欠伸をした。「まだ大丈夫だ」という彼の話の信憑性がどれだけあるのか分からず、思わずモアネットが身構えつつ距離を取る。彼が欠伸をした以上、いつ寝ぼけ状態に入るか分からないのだ。

 もっとも、所詮は馬車の中なので逃げ場などあるわけがないのだが。

 そうしてパーシヴァルを警戒しつつ――彼は「大丈夫だ」と言っているがまた一度欠伸をした。油断ならない――次いでモアネットがアレクシスに視線をやった。


「私も痺れを感じたということは、アレクシス様の呪いでは無さそうですね」

「そうだね。それに、何かに噛まれたとかでも無さそうだし」

「私はこの恰好(重装)ですから、何か噛まれるとかぶつかるとかは考えられないんですけど……」


 不思議そうに己を見下ろすアレクシスに、モアネットもまたクッションに身を埋めながら自分の鎧に視線を落とした。

 アレクシスだけならば不運の呪いの可能性が高いが、今回は同じようにモアネットも痺れを覚えた。かといって全員というわけでもなく、パーシヴァルは痺れどころか違和感一つ無かったという。試しにとアレクシスが馭者に声を掛ければ、彼は手綱を握りながら何の話かと首を傾げるだけだ。

 座っていた位置が関係しているのだろうか? たとえばあの瞬間、車輪が何かに乗り上げその振動が馬車全体ではなく自分達にだけ強く伝ったとか。そもそも、同じタイミングで声をあげて痺れを訴えたが、同じものなのだろうか……?


 そうモアネットが考えを巡らせていると、徐にパーシヴァルが立ち上がった。

 いったい何かあったのか、もしかして何かしら思いついたのか。

 どうしたのかとモアネットとアレクシスが彼の動向を窺う。そんな二人の視線を受けつつもパーシヴァルは何か喋るでもなく無言を貫き、そしてゆっくりとモアネットに近付き……。


 そっと横に寝転がり、ポン……ポン……と軽やかに鎧の腰あたりを叩きだした。



 寝かし付けである。



「……極自然な流れで寝ぼけましたね」

「うん、僕も気付かなかった。ちょっと前まで意識があったと思うんだけど……」


 モアネットが兜の中で眉間に皺を寄せる。もちろん未だパーシヴァルがポンポンと軽く叩いて寝かそうとしてくるからだ。モアネットからしてみれば人を寝かし付けるよりさっさと自分ひとりで寝て頂きたいところなのだが、今のここ状態の彼に言っても何も通じないのは分かっている。

 なにせ鼻歌交じりに子守唄を奏でているのだ。反論する気も起きない。

 それでもせめてともがいて抵抗を見せれば、パーシヴァルの腕が強引に抱きしめて兜をグリグリと撫でてきた。

 子守唄が気に入らなくてもがいていると思ったのか、別の子守唄を奏でだすあたりがとても腹立たしい。思わずモアネットが兜の中で唸るも、寝ぼけたパーシヴァルがそれで臆するわけがない。

 先程の痺れも疑問もどこへやら、この地獄の十五分をいかに乗り切るかでモアネットの思考は埋め尽くされた。




「あら」

 と小さな声があがったのは、モアネット達が乗る馬車が国境を越えた瞬間。

 場所は国境から少し離れた谷の、その中でもさらに入り組んだ一角。何も知らずに谷を訪れた者は見つけることも出来ないであろう深い場所、そこから更に難しい仕掛けを越えた先。自然溢れるどころではなく、見回しても自然しかない。

 そんな殺風景な景色に反して仕掛けの中はまるで屋敷同然の豪華な造りになっており、そこで長閑に紅茶を飲んでいた声の主がふと顔を上げた。

 次いで形の良い唇で弧を描く。妖艶さを感じさせるその笑みは美しく、ここに男が居れば見惚れてティーカップを落と、女がいれば嫉妬を抱いてカップを持つ手に力を込めていただろう。

 だが生憎とその笑みを見られる男も女も居らず、居るとすれば壁沿いに置かれた棚の上で眠る一匹の猫のみ。いかに妖艶な笑みであろうと猫には効かないようで、白を基調とした柔らかなお腹をゆっくりと上下させてスヤスヤと眠っている。

 それでも主が声を掛けるとピクと耳を揺らして起き上がった。


「コンチェッタ、どうやらお客さんが来たみたい。迎えに行ってちょうだい」


 そう告げられ、コンチェッタと呼ばれた猫が高い声でニャーン……とはいかず、少し掠れた声でブニャーンと鳴いて返した。そうして一度体を伸ばすとヒラリと棚から降りて、スタンと着地……とこれまたいかずズドンと着地をした。

 そうして一度主に視線を向け、ノスノスと歩いていく。そこに猫らしいしなやかさは無く、もとより多い毛量もあってかどことなく豪快さを感じさせる。

 そんな可愛い使い魔の後ろ姿に、主は満足気に頷き、


「久々のお客様ね。とっておきのおもてなしをしなくちゃ」


 と低く野太い声で楽しそうに笑った。



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