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#115 大坂夏の陣(1)

本話には人により全身に鳥肌が立ったり、吐き気を催したりする内容が含まれています。ご注意ください。

 石山御坊、大坂本願寺、更には大坂城とも呼ばれる地から、今、一人の南蛮人が眼下を睥睨していた。

 台地の北端にある小高い丘、そこから延びる緩やかな坂に沿い、無数の家屋が建っている。

 それらを守る為に掘られたであろう深い濠に、大きく盛られた塀。

 しかも、それが二重に設けられて。

 驚く程に堅牢な造りなのだ。

 それだけでなく、丘の周辺には川が幾重にも入り組み流れ、島々が隔たれている。

 行軍に適する道は多くなく、まるで音に聞くベネチアの如し。


「イエズス会が勧める訳だ」


 南蛮人は目を細めた。

 そこに、


「団長! ヴァレット団長!」


 一人の従者が現れる。

 無論、同じ南蛮人だ。


「ヴァレット団長! 異教徒共の斥候が確認されました!」

「つまり、捕らえられなかったのだな?」

「はっ! 残念ながら」

「イエズス会が飼っている猿共からの報せは?」

「日の本の王がいた都から二十万近い軍勢が向かっているとか」

「例の趣向を凝らした出迎えは気に入ってくれただろうか?」

「……猿とは言え、あれを気に入るとは思えません」


 従者は顔を顰め、吐き捨てる様に言った。


「怒りに駆られ我を忘れるか、オスマンのメフメト二世の様に怖気付くかすれば、と思ったのだ」

「全軍の兵を使い、淡々と処理しているとの事です」

「それだけか?」

「いえ、日の本に新たな将軍が立ち、地方を治める領主に対し兵を出す様命じたそうです」

「そうか……」


 ヴァレット団長は腕を組み、あご髭を摩った。


「……狩り集めた奴隷はどうなった?」

「サカイにて船底に押し込み、順次出航しているかと」

「予定よりは遅れているのか?」

「多少は」

「よし、チタジオーネ(招集)だ。猿の信徒共もな」

「はっ! ちなみに理由は?」

「我らは聖ヨハネ騎士団。為すべき事を為し、この地で我らが大望を叶えん!」




  ◇




 応仁の乱が起きた際、京の人々はこの世の地獄を嘆いたと言う。

 だとしたら、この先に広がっていた光景はなんだったというのだろうか。

 三好長慶により普請されたであろう石畳の京街道。

 それに沿う形で赤松が生えていた。

 その枝先に、


「む……骸が……ですか」


 吊り下げられていたらしい。

 今は無い。

 先行した者らや先備えの軍が手分けして下ろし、簡単に弔ったからだ。


(浅く穴を掘り、土を掛けただけ。それでも、何もやらないよりはマシだ)


 その死体は上杉やら、比叡山、更には織田の兵であった者達だ。

 見るからに命に関わる深手を負った痕があったとか。

 それが、若狭街道の出口に遺体が無かった理由なのだろう。


 いや、兵だけではない。

 京の都に、近隣の村落にいたであろう者達の姿も見受けられた。

 群がるカラスの一羽が、美味そうに目玉を咥えていた。

 嘴を差し込んだであろう穴からは腸が垂れ、千切れていた。

 亡骸の下にある地面には酷く臭う水溜りが出来ていた。


 時には巨大な動物によるものと思われる糞がある事も。

 それが大坂まで続いてたらしい。

 所々、被せられていた土の下から遺骸が覗いていた。

 風に乗り、腐乱した空気が俺の顔を撫でる。

 馬ですら臭そうに、鼻を鳴らしていた。


「なんと惨たらしい事を」


 太郎が零した。

 それに、


「全く。げにも非道な行いでござる」


 前田利益が応じた。


「だが、よくよく見てみよ。兵の亡骸以外は老いた者が多いと思わぬか?」


 と言ったのは俺だ。


「確かに左様でございますな」

「それも京から離れる程、徐々に年若い者となっている」

「……ほー、真にございまするな」

「何故だか分かるか?」

「大坂まで行き着く事なく、この地で倒れたから、と愚考するでござる」

「であろうな」


 まるで、バターン死の行進、だ。

 日本兵一人当たり数十名もの捕虜を管理させ、収容所までの長い距離を八万近い捕虜がひたすら歩いたな。

 鹵獲されるのを恐れ、連合国側は輸送車を悉く破壊した所為でもあった。

 不慣れな地で戦争をした為か、捕虜はマラリアなどの疫病を発症しており、移動の最中に体の弱った者からバターンバターンと倒れたとか。


「……」

「如何したでござる?」

「いや、ちょっと、な……」

(それよりもだ。バターン行進、そして……串刺し、ドラキュラ公……まるで、これ見よがしに真似たかの様だが……)


 俺は悶々とした思いを抱えながら、馬を進める。

 決戦の地〝大坂〟に辿り着いたのは次の日の夕刻であった。


 石山本願寺。

 現代で言う所の大阪城、その本丸が建つ場所にそれは設けられていた。

 大和川と長柄川(現淀川)水系が交わる水運の要衝であり、京と境・紀伊方面、更には山陽へと至る道が交わる要地でもあった。

 京街道から見れば小高い丘の上に建つ御坊も、南に向かいなだらかで大きな坂を形成している。

 その上に、幾つも立ち並ぶ家々。

 それが〝大坂〟の由来であった。

 幾筋もの川が水路を形成し、島々を結ぶ。

 西側には海が広がる。

 大坂との隙間を埋めるかの様に、砦が幾つも建ち並んでいた。

 つまり、ここ石山本願寺とは——


「春日山といい、面倒な城よな……」

「古来より、城とはそういうものでござる」


 俺は心の中でため息を吐いた。


「ところで利益、顕如殿らの行方は判明したか?」


 顕如とは石山本願寺の住職であり、一向宗の門主である。

 つまり、石山御坊の主であった。


「あいにくと。堀の上に晒された亡骸の中にも見受けられない次第でござる」

「で、あるか」

(抜け道とか知りたかったんだがなぁ)


 正直、俺は城攻めが好きではない。

 何故ならば、相手次第だが基本時間が掛かり、その分苦労するからだ。


(集めた糧食が非生産的な活動に湯水に溶けるが如く消費されるし。銭が蒸発するとでも言えば良いのか。長滞陣は尚更困る)


 加えて、厭戦気分が蔓延せぬ様、モチベーションを維持しなけりゃだしな。

 それよりもだ、問題は相手の目的だ。

 どうも見えない。


「境湊を去った南蛮船だが、未だ戻らぬのか?」


 俺は林秀貞に問うた。


「一向に。三好、毛利、長宗我部からも知らせはございませぬ」


 淡路にも瀬戸内にも太平洋側にも船影は見えないらしい。

 同じ様に、まるで人気のない境。

 恐らくだが、南蛮船に乗せて連れ出したのだろう。

 勿論、奴隷としてな。


 それはまぁ良い、理解できる範疇だからな。

 問題は、何故石山に籠城しているのか、だ?

 今回の略奪と人狩りが十字軍の遠征目的だと言うのならば、目的は既に達成されている。

 なので、後は奪った宝物や奴隷と共に船に乗り、帰れば良かった筈だ。

 そうであれば、放棄された石山御坊と境を抑え、万が一船に乗り遅れた南蛮人が居たらそれを斬り捨て、「仇を討ったで候!」と天子様に報告出来たのにな。


(それとも、これは罠なのか? 俺が春日山に釣り出された様に……)


 いや、それは無いな。

 南蛮船が停泊可能な湊は少ない。

 それに、石山御坊の至近には境湊だけだろう。

 その境湊を放棄したと言う事は、直ぐに戻る予定が無いと言う事。


(つまり……石山御坊の南蛮兵は十字軍による人身御供か?)


 ……そんな訳ないか。

 何かしら理由があるのだろう。

 もしくは、この大兵を相手にしても勝てる自信が有るのだ。


(その根拠が鵺なのか、それともヨーロッパで新たに作られた大砲なのかは分からんがな)


 が、それは彼方の勝手な目論見。

 俺からすれば、取らぬ狸の皮算用、ってやつだ。

 こちら側には、既に対策があるのだから。

 なので此方は、佐久間盛重の仇討ちが叶う機会が残った、と思い良しとするか。


「よし、我らは平野川を挟む東に陣を敷く。ただし、佐久間信盛には京街道に残る様に。畠山と根来衆には茶臼山を中心に南側にて滞陣。三好勢は中国街道、関東勢は高槻街道を中心とする北側を任せると伝えよ。そうそう、これ見よがしに派手な陣を作れ、とな。それから、利益は……」

「各陣中より黒鍬組を募り、明日の決戦に間に合うよう一働きすれば良いでござるな」

「頼んだぞ」

「承知!」

「ああ、その際、鵺対策用の塩と草水の用意を怠るでないぞ」

「ははっ!」


 前田利益は急ぎ足で本陣を後にした。

 その入れ違いに入ってきたのが、


「信行様! 参りました!」

「おお、蔵人か! 待っていたぞ!」


 津々木蔵人だ。

 その隣に岡本良勝がいた。


「それに良勝も。よう参ってくれた」

「信行様が将軍として差配する、日の本を挙げての大戦。那古野で報せを待つはあまりに寂しゅうございます」

「で、あるか」


 久方ぶりに会った、旧知の臣下である二人。

 時間があればゆっくりと近況を確かめたかった。


「早速ですまぬが、まずは勤めを果たして貰おうぞ」

「はっ! ここに来る途中で見た限り、石山御坊に大砲は見当たりませぬ」


 津々木蔵人が淀みなく答えた。

 続いて、田中良勝が言葉を発した。


「新式国崩しを各包囲軍本陣に運び入れる様、手配いたしました。明日の朝には間違いなく使えるかと存じまする。それと……」

「那古野砲(臼砲)か?」

「はい。射角を限りなく水平方向に、との事でございましたが……」

「無理だったか?」

「いえ。しかし、飛距離が思うたより伸びませぬ」

「構わぬ。あれは件の鵺がどうしても退かぬ時に使うだけ故にな」

「はぁ……」


 そして翌早朝、永禄八年(西暦一五六五年)五月十八日、南蛮人を相手とする〝大坂夏の陣〟が始まったのだ。

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