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続 恋姫†無双 -外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第2部:荊州侵攻
17/21

14

「ーーこれで長沙は制圧だ。明日の0900に戦闘団は桂陽へ前進する。その旨を各隊へ伝えろ」


「了解」


被っていた鉄帽を脱ぎ、頭に巻いたバンダナも外すと将司はそれらを天幕の机へ置いて髪を片手で掻いた。


ついでタバコを銜えるとジッポで火を点け一服を始める。


「…相棒の方も順調に攻略中か……これで荊州東部は掌握下……次は西部の切り取りだな」


「昨日、韓甲戦闘団の中尉から連絡があったのですが……とうとう痺れを切らした隊長が敵陣に斬り込んだそうです」


「ーーそれ初耳なんだけど?」


一服がてら水筒を傾けて水を飲もうと口を付けた時、副官に上番した黄少尉の報告を聞いた将司は驚いたのか水筒を机上へ置いた。


「遅くなりましたが、やはり一応は御報告すべきかと思いまして」


「……まぁ…特に問題はなかったんだろ?」


「むしろ敵が戦意喪失したそうです」


「…うへぇ…」


新兵や実戦経験の浅い兵士に経験を積ませる為、和樹は直接の参戦は見送っていた。というよりも我慢していた、という方が正しいだろう。


そして雪蓮や華雄、魏の春蘭といった“戦闘狂”と呼ばれる者達に比べれば落ち着きはあるモノのーー


「……アイツ、隠れ戦闘狂だよな?」


「見敵必殺を“こんにちは、死ね”と読んでしまうほど会った瞬間に殺しに行きますね」


「で、どうなったって?」


「取り敢えず……敵の将兵を100名ばかり斬殺した後、小便漏らすほどにビビってた敵将の頚と敵の旗を獲って帰って来たそうです」


「まだハウス出来るから良いのかな…?」


溜め息を吐いた将司は灰皿の端へタバコを軽く叩き付けて灰を落とすとそれを銜える。


「放たれた矢みたいだと困りますからね」


「困るなんてモンじゃねぇよ。どっかの猪突猛進な武将やら戦闘狂な君主やらを見てると……」


「あぁ…それは困りますねーーあっ、そういえば副長宛の慰問袋が届いてましたよ」


「俺?」


「呉からの慰問品です。後で兵に届けさせます」


慰問袋とは戦地にある将兵を慰め、また士気を鼓舞する為に中へ日用品や手紙等を詰めて銃後の者達が送る袋の事だ。


この制度は主に日本が行っていたもので義和団の乱の時から慰問袋に相当するものが前線へ送られていたという。


実際どこまで兵の士気が上がるのか試験的にこの制度を始めてみた和樹と将司だったが、予想以上に兵の士気が上がり、戦場のストレスが癒された旨を聞き、これからも継続してみようと考えていた。


「……こっちに慰問袋が届いたって事は……相棒の戦闘団にも?」


「近々届くでしょう。まぁ隊長宛の慰問袋は中身が溢れ出そうですがね」


「確かにな……お前のはなんだった?」


「部隊の兵の家族からでした。拙い文字で書かれた手紙でしたがね“息子をお願いします”って内容でしたよ」


「随分と……重いな」


「えぇ……」


「ーー俺もこれから結構キツい仕事やらなきゃならねぇけどな」


「何通お書きに?」


「25通」


「副長にしか出来ない仕事です。申し訳ありませんが…」


「判ってるよ。何かあったら報告を頼む」


「はっ」


黄少尉が敬礼すると将司は軽い首肯で答礼とした。


彼が天幕を去るのを認めた将司は溜め息を溢すと短くなったタバコを灰皿へ押し潰す。


机上の片隅に置いていたファイルを手元へ寄せるとページを捲る。


そこには戦闘団所属の兵士の顔写真と大まかな履歴が記されていた。


将司は筆を取り、用意されていた硯の中の墨汁へ筆先を浸すと白い紙に筆を走らせる。


「…昨年…高い志を抱き……御子息は御入隊されました。御子息は良く訓練に参加し…進んで技術の向上に務められ…教官や部隊長からの評価は非常に高かったと…聞き及んでおります。…また中隊へ配置後は…進んで中隊の発展の為に尽力された…と中隊長より聞き及んで…おります…」


兵士の家族へ宛ての手紙をしたためているのか将司は時折、ファイルの内容へ目を落としつつ文章を書いていた。


「ーーしかしながら荊州長沙郡にて…御子息は戦死を遂げられました。御子息の最期を目撃した者によると…四人の敵に襲い掛かられ…満身創痍となりながらも一歩たりとも退かず…背を向けず戦い抜いたという正に壮絶と呼ぶに他ない最期だったそうです」


ーー書いていたのは手紙などではない。兵士の家族宛の“戦死公報”だ。


兵士の最期を出来るだけ詳細に書き記せーー和樹は昨年の五胡との戦役が終わった後、戦死した兵士達の遺族宛の戦死公報を書く際、作業に携わる者達へ厳命した。


「如何なる美辞麗句を以てしても…最愛の御子息を喪った母君の悲しみを…和らげる事は不可能でありましょう。…然れども…御子息は孫呉のーーいいえ、中原の為にその尊い命を捧げられました。私は戦闘団を率いる者として…また漢王朝大将軍として…尊い命を捧げられた御子息の類稀なる勇気を讃え…そして勇敢なる御子息を育まれた母君に深い感謝を申し上げます。…呂百鬼…」


硯へ筆を置いた将司がしたためた戦死公報を机の端へ追いやると、その書面の下に真新しい階級章を置く。


「二階級特進…兵長へ任ずる」


形式的な特別昇進を済ませた彼は別の戦死した兵士の家族宛の手紙を書き始める。


粗方の手紙を書き終えたのは日付が変わった頃だった。


書き物の途中で戦闘団所属の兵士が届けてくれた慰問袋を机上へ置いた将司は火が点いたタバコを銜えつつ、それの口を開く。


「…なんか色々と送られて来たな」


微かに苦笑を浮かべつつ将司が慰問袋の中に詰められ送られて来た品々を物色していると一通の手紙が彼の目に止まった。


見慣れた筆跡で綴られているのは彼自身の姓名だ。


「ーー伽羅の香り……冥琳か」


想い人ーーもしくは恋人からの手紙に将司は目を細める。


伽羅の香りを染み込ませた手紙を開いた彼の目に流れるように美しい書体で綴られた文面が映る。


『ーーこうして筆を取ったのは良いが何を書くべきか迷っている自分がいる』


「いや自分の思ってる事を書けば良いんじゃね?」


一番最初に書かれていた文章を読んだ将司が苦笑を溢す。


『やはり近況報告から行くとしよう。私の方は近頃ーー』


「相変わらず放蕩気味の主君を追い掛け回してるのかな?」


茶々を入れつつ目で文章を追い掛けーー


『ーー月の物が来ないのだが……とうとう当たってしまっただろうか?』


「ーーえ……ええぇぇぇえええぇえぇっ!!!?」


「ーーっ!?戦闘団長、どうかなさいましたか!!?」


素っ頓狂な叫び声を上げた将司に驚き、天幕の外で立哨に当たっていた兵士が小銃を構えて飛び込んで来た。


「あっ、いや、そのなんでもない!!驚かせて悪い!!持ち場に戻れ!!」


「し、しかしーー」


「良いから!!回れ右!!前へ進め!!」


一気に捲し立て、飛び込んで来た兵士を体よく追い出した彼は荒い深呼吸を繰り返しつつ考え込む。


(えっと…最後にしたのは二ヶ月ぐらい前だよな……ちゃんと避妊は……いや避妊も完璧じゃねぇし……勿論、覚悟は決めてたけど……あ、でも冥琳の子供ならゼッテー可愛い……男か?あ、でも女の子も……確率は半々だけど……娘だったら俺、嫁に行かせたくねぇわ。相手の男、殺しちまいそうで恐ぇ。つーか冥琳似の娘が産まれたら俺、萌え死にするわ)


顔面蒼白から始まり、終いには締まりのないニヤニヤした表情となった将司は子供の名前を考えつつ文章を読み進めるーー


『ーーまぁ冗談だがな。驚いたか?』


「ーー冗談かよ!?糠喜びしちまったよ畜生!!!」


「ーー戦闘団長!!?」


「な、なんでもねぇ!!入ってくんな!!」


やはり様子がおかしいと天幕の中へ今にでも踏み込もうとしていた立哨の兵士を将司が慌てて制止する。


取り敢えず落ち着こうと彼は深呼吸をした後、吸いかけのタバコを銜えて紫煙を吐き出した。


『ーーこちらの方は特段と変わった事はない。強いて言えば…我が主君が少しばかり真面目に執務に取り組んでいる事ぐらいだろう』


「いや…それ空から槍が降って来るんじゃね?こっちは空から砲弾と爆弾が降って来るけどな」


『ーーお前の方はどうだ?聞いた話では軍勢を二手に分けて……確か以前教えてもらった戦闘団だったか?それを組んで戦をしていると聞いた。なにか不自由があれば申し出てくれ。こちらで手配させよう』


「…申し出は…有り難いんだけどなぁ…」


短くなり始めたタバコを銜えつつ彼は天井を仰ぐ。


孫呉の大都督に就いている恋人からの申し出は確かに嬉しかった。


だが今後の事を考えるとその有り難い申し出を受ける事は無理だった。


(近代化している軍隊に求められるのは戦力、戦備、兵站その他諸々。その総ての根本にあるのは“自己完結性”だからな)


自己完結性とは軍隊が食料、燃料や電源等のエネルギー、通信、移動などの生存、ひいては作戦行動の遂行に必要なインフラを自分達で手配もしくは用意する能力。


この自己完結性を怠った軍隊は一度、生存に必要な物資が欠乏の危機に瀕すると各地で略奪等の暴挙へ走る事となる。


和樹達は自らの軍隊が、この自己完結性を備えた規律ある軍隊である事を今回の荊州攻略で示したいのだ。


『ーーとはいえ、お前の事だ。そんな申し出は受けないだろう』


「…良く判ってらっしゃる…その内、頭が上がんなくなりそう…」


今でも似たようなモノか、と思い出した将司は苦笑を零した後、手紙の二枚目を捲る。


『ーー兵を率いる身は孤独なものだ。兵ひとりひとりの生を背負い、必要とあれば死を命じなくてはならない』


「…………」


『ーー言われなくてもお前なら判っているだろう。そしてお前がその苦悩を人知れず抱えている事を私は知っている。戦が終わり、こちらへ帰って来たら疲れているお前に膝を貸してやるぐらいはしてやろう』


「まぁ…膝だけじゃ満足しねぇけどな」


『ーーそしてどうか忘れないで欲しい。この空の下、何処にいようともお前を想っている者がお前の帰りを待っている事を。周公瑾』


手紙を読み終えた将司はフィルターにまで火が到達したタバコを灰皿へ押し潰した後、長く深い溜め息を零す。


「ーーありがとう冥琳…少し元気出た」


差出人へ小さい声で感謝の言葉を紡ぐと彼は読み終えた手紙を小さく折り畳み、それを戦闘服の胸ポケットへ押し込んだ。


明日は行軍が控えている。


身体を休める為、将司は組み立てられた野戦用の折り畳みベッドへ腰掛けると半長靴の靴紐を緩めて脱ぎ、ギシギシと軋みを立てる布張りのベッドに横になると数回の深呼吸をする。


自然と瞼が重くなり、彼は入眠した。


ーー夢の中だけでもしばらく会っていない恋しい人に会える事を願いながら。


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