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「なぁ中尉。俺は出撃せんで良いのか?」
「戦闘団長の任務は部隊の指揮です。しかも戦闘団は諸兵科連合部隊。普段よりも運用は難しいーー」
「ーー俺はその諸兵科連合部隊を運用していたんだが?」
「……そうでした」
「まぁそんな事よりも俺を前線に出させろ。今まで溜まっていた鬱憤を敵将兵にぶつけて殲滅し、直ぐに敵将の首を落とせるぞ ?」
「兵卒にも経験を積ませると仰ったのは隊長ですよ。お願いですから大量破壊兵器のような発想をしないで下さい。だから巷で戦狂いなんて呼ばれているんですよ」
「他には人狼、人喰い狼だったか。あぁ知ってる。言わせておけ。俺達は傭兵だ。弾丸が身体を貫通けようが砲弾の破片が突き刺さろうが刀槍で斬り付けられようが体力が続く限りーー死なない限り戦うのが俺達だ。死にたいほどの苦痛を味わおうともな。好きに言わせておけば良い」
「…酷い顔してますよ隊長。姐御達が此の場にいなくて良かったですね」
ーー振り抜いた太刀の斬撃に遅れて地面へ頚が転がり、次いで力を失った胴がドサリと地面に落ちる。
太刀へ血振りをくれてやると彼ーー戦闘団を率いる和樹は己の眼前で慄いている二人の男へ視線を送る。
「ーーその頚を持って帰り、貴様らの主人へ伝えろ。降伏は認めぬ。我が軍門に降るのであれば貴様の頚か貴様の将兵その悉くの頚を差し出せ、とな」
「ーーお、お待ちを!!我が主は貴軍ーー韓大司馬閣下へ降伏すると申しております!!なにゆえーー」
「ーーおや…これはこれは……閣下、軍使殿らは“降伏”の意味を履き違えておられるようです」
「そのようだ」
血の残滓が生々しい愛刀の峰を肩へ置いた和樹が二人の使者に歩み寄る。
「貴様の主は降伏の条件に所領の安堵を入れたな?」
「は、はっ!」
「所領安堵は敗者が決める事ではない。ましてや要望するモノでもない」
「…っ…!!」
やおら愛刀の刃を一人の使者の頚に宛がい、ゆっくりと引いてやれば皮膚が薄く切り裂かれ血が滴り出す。
「その事を貴様の主へ伝えよ。半刻後には総攻撃だ。さっさと決めろ」
「か、畏まりました!!」
愛刀を退けると軍使らは和樹へ礼を取り、斬り捨てられた亡骸を抱えて天幕から立ち去って行った。
それを認めると和樹はコートのポケットから懐紙を引き摺り出し、愛刀の刀身に残った血を拭い去る。
「向こうは受けると思いますか?」
「受けたら受けたで頚を落とす。受けなかったら受けなかったで頚を落とす。結果は変わらん」
「後者であった場合は少々面倒ながら城を陥落させねばなりませんがね」
控えている朴中尉は敵城ーー城壁を砲弾で抉られ、城門も破壊されてしまい我軍の侵入を許すだけとなったそれへ視線を向けつつ、言葉通り面倒臭げに吐き捨てた。
血が拭われた愛刀を鞘へ戻した和樹は天幕の中に組み立てた机へ歩み寄り、広げられた地図へ眼を落とす。
「江夏北部、義陽は既に制圧。この南陽を奪えば次は南郷へ進出する」
「副長の戦闘団も襄陽を制圧し、現在は長沙南部の攻略を始めております。沿岸警備隊も河沿いの拠点を虱潰しに叩いている状況であります。荊州の東はほぼ我軍が制圧したと考えて宜しいでしょう」
「制圧した郡の治安維持は滞りないか?」
タバコを銜えて火を点けた和樹が傍らで机上の地図を塗り潰している中尉へ尋ねる。
「魏と呉が分担で現在は制圧した郡の治安維持活動に従事しておりますが、今のところは問題はありません。また西側の制圧を始め次第、蜀も活動に加わります」
「判った。だが目は光らせておかねば足下を掬われかねん」
「承知しております。それよりも……私が気になるのはこの作戦の後です」
「あん?」
紫煙を唇の端から吐き出した和樹が黒い眼帯を着けた側近へ視線を遣る。
「隊長はこの荊州を本拠地に各方面へ軍を派遣、駐屯させるおつもりでは?」
「何故そう思う?」
「荊州は三国の中心かつ軍事、交通の要衝。この地を押さえれば隊長ーー我軍の発言力は増します。資源の確保よりも隊長はそちらの方に重きを置いているように思えてなりません」
一際深く吸い込んだ紫煙を吐き出した和樹は短くなったタバコを灰皿へ押し潰すと次いで荊州が描かれた地図の下から大陸の全土が描かれた地図を引き摺り出して広げる。
「…まだ構想の段階でしかない。…荊州の平定が済み次第、俺と相棒は正式に呉における全ての権限と官位を返納する」
「やはり、孫呉の将を辞するお考えでしたか」
「応。その後はこの荊州を本拠地に戦力、兵力を増強し兵站を整え……魏、呉、蜀の領内へ方面軍を送り込み、防衛と治安維持活動に従事させるつもりだ。陸軍は荊州所在の方面軍を含めて4個方面軍……海軍と空軍については具体的な構想にすら至っておらん」
「……ですが…魏、呉、蜀は独自の軍を組織し運用しております。領内へ他の軍が駐屯するのは間違いなく渋ります」
「それを可能にする案がある。かなり無謀かつ強引だがな……」
言葉を濁らせた和樹を見た中尉が顎に手をやって考え始める。
ーーそれぞれの領内へ他勢力の軍を駐屯させる事を認めさせる案……それは一体…?ーー
沈思黙考を始めた中尉を視界の端に捉えつつ和樹が新しいタバコを銜えた。
ーー各国の王は間違いなく軍事介入や口出しは良しとしない。……待てよ……“各国”?ーー
ふと思い付いた事に中尉がハッと顔を上げた。
「もしや……と思いますが隊長」
「判ったか?」
「…隊長は…各国……いえ“各軍閥”へ“軍権の放棄”を促すおつもりですか?」
それを聞いた和樹が紫煙を吐き出しつつ中尉へ視線を送る。
「各軍閥は独自の軍を組織しておりますが、その運用や方針はバラつきがあります。それを統制し、一個の集団として運用するには……既存する各軍閥へ軍権の放棄を促し、その穴埋めとして新設する軍を駐屯させるしかありません」
「ーーというよりもな……俺や主上の考えは中原の統一。現状で“国を自称”し独自の政権で動いている“三国という名の三大軍閥”は統一国家として認めたくない」
「これは間違いなく反発を招きますよ」
「とんでもなく厄介な“作戦”になること請け合いだ。俺が保証してやる」
「一応の参謀としても保証します。それで……新設する軍の名称は?」
短くなったタバコを灰皿へ押し潰した和樹が戦闘服の胸ポケットを漁り、一枚のメモを中尉へ差し出す。
「色々と考えたが……しっくりと来たのはこれだった」
「拝見します」
メモを受け取った中尉はアルファベットの筆記体で綴られた名称を我知らず呟く。
「National Defense Force……“国防軍”」




