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07

ーー宮城の御花園には池のほとりに建てられた東屋がある。


そこの卓上に鎮座する茶道具を用いて劉協ーー漢王朝の皇帝である献帝が手際良く茶の準備をしていた。


(……やべぇ…皇帝に馴れ馴れしく接しちまった。不敬で首チョンパ?ズンバラリンって殺られちゃうの?…嗚呼…冥琳……もう一度キミに会いたかった……)


(…うわぁ…あの副長が何かを悟った眼をしてる。大丈夫ですよ副長~~。不敬罪で斬られるとしたら隊長ですからーーって、そっちの方がヤバい!?)


(……ふむ、手際が良いな。意外だ)


参内した三名の内、二名は内心穏やかではないがーー彼等の内心を掻き乱す原因を作った張本人は泰然と落ち着き払って椅子に腰掛けている。


「ーー韓将軍、呂将軍」


茶を淹れつつ劉協が二人の名前を呼んだ。


凛とした声音を聞いた将司は心持ち姿勢を正し、和樹は彼女の手元へ遣っていた視線を顔へ移した。


「ーー此度、参内を命じた理由は丞相より聞き及んでいると思います」


「……恐れながら主上しゅじょうへの直答をお許し頂きたい」


「許します。韓将軍、どうぞ続けて下さい」


「有り難き御言葉」


頭を軽く下げた後、和樹は面を上げ、改めて劉協へ視線を向ける。


「曹丞相からは大司馬、ならびに大将軍の将軍号を畏れ多くも主上が我等へ下賜する旨を伺いました」


「はい。間違いなく朕はそのように曹丞相へ申しました」


「では更にお尋ね致します。何故なにゆえに我等を?」


「ーー天下の静謐。朕が望む遠大にして無謀な理想の為に」


そう劉協は口にすると茶を淹れた人数分の茶器を各々に回し始めた。


「…どうぞ、召し上がれ」


「……頂きます」


軽く頭を下げた和樹が皆より早く茶を啜った。


その姿を認めた将司と中尉が眼を見開いて驚愕する。


雰囲気で彼等が慌てている様を感じたの和樹が二人へ目配せし、心配はない事を暗に告げーー茶器を卓上へ置いた。


「ーー天下の静謐とは?」


「この大陸で乱が起こらず臣民が心安らかな営みを送ること」


「ーー難しいでしょう」


「それは何故なにゆえに?」


「 ーーみことのりを下した所で諸侯が応じる訳がありませぬ。そもそも屋台骨が朽ち、今にも崩れ落ちるやも知れぬ家に住まおうと思う家人はおりますまい」


「ーー韓将軍、控えよ!!無礼であるぞ!!」


辛辣な答えを返した和樹に華琳が思わず叱咤するーーが、それを劉協が手を上げて制した。


「ーー構いません。続けなさい将軍」


「そもそも、もはや臣民は大陸の支配者は三国……主上からすれば軍閥でありましょうが……その三大軍閥こそが仰ぐべき支配者と認識しておるでしょう。故に主上が天下に静謐をもたらすというのは難しい、そう申しただけにございます」


「…貴方は物事をはっきりと申しますね。いっそのこと不敬とも取れます」


「御気分を損ねたのならば深謝致します。ーーしかしながら偽りを申した所で事実が変わる訳でもありますまい」


「……えぇ、その通りです」


劉協は和樹の言葉に激昂せず静かに茶を啜り、茶器を卓上へ置くと対面に泰然と腰掛ける彼の眼を見詰めた。


「…将軍に尋ねます。大陸に再び乱や政変は起こると思いますか?」


「ーー近い内に間違いなく起きるでしょう」


断言した彼に華琳と春蘭は、あまりの物言いを聞いて驚愕し、将司と中尉は「言っちまったよ…こいつは(この人は)」と言いたそうな表情をしつつ茶を啜り出す。


「ーー先の五胡との戦役は我等が“なんとか勝った”と言える“辛勝”に過ぎません。数年の内に五胡は再び中原へ侵攻して参ります。その際、消耗した戦力が増強されているかは不明。加えて……現在、各軍閥はその消耗した戦力を回復するのに苦労をしている最中。低下している現在だからこそ叛旗を翻そうと画策している中小の豪族共が行動に移るやも知れませぬ。火種は他にも御座いますが……如何しますか?」


「簡潔かつ丁寧な説明に感謝します将軍」


「有り難き御言葉」


軽く頭を下げた和樹は茶器を取ると静かに一口を啜り、再び卓上へそれを置いた。


「ーー改めてお伺い致します主上。兵事のみしか取り柄のなき此の身に御身は何をお望みでしょうか?」


「ーー韓狼牙。朕はそなたを一品官 大司馬へ据え、漢王朝が持つ兵権の一切を委ねると改めて決めた。そして呂百鬼。そなたも大将軍の地位へ据える。大司馬 韓狼牙を助けよ。今一度言うぞ。朕は決めた。返答は如何に?」









「ーー和樹は命知らずやなぁ……一体誰に似たん?」


「さぁな……」


ーー洛陽に建てられた曹魏が所有している屋敷の一室には一組の男女がいた。


この部屋を貸し与えられた男ーー和樹は寝台へ寝転がり、その頭を女ーー霞の膝へ乗せ、彼女の手による耳掻きを受けている。


「フツーはもっとこう……畏まって物は言えんもんやろ?和樹の物言いやとズンバラリンってやられてもおかしゅうないで?」


「俺は俺なんでな。俺は俺の道理を通すだけだ」


「ホンマ変わらんなぁ…」


「誉めても何も出んぞーー霞、少し奥過ぎんか?」


「でっかいのが……」


耳掻き棒を耳の深くへ差し込まれている事に気付いた和樹が一切の身動ぎを止めた。


「…俺、今まで鼓膜が二回破れてるんだ。気を付けてくれ」


「…こまく…?なにそれ?」


「いや…なんでもないから済ませてくれ」


鼓膜が破れた時の痛み、そして聴覚に支障が出て迷惑した経験を否応なく思い出した彼の額に緊張で汗が浮かび始める。


「ーーんっ、取れた取れた!次は反対やで」


「…応」


無事に右耳の掃除が終わった事に安堵した和樹が今度は霞の腹を向く格好に寝そべった。


「結局、大司馬の話はどうなったん?受けるんか?」


「…傭い主の孫呉には大恩がある……が、今度は朽ち掛けていようとも相手は天下。…悪い話ではなかったからな……キミだから言うが、男なら立身出世ってのに少なからず憧憬を抱くモノさ」


「和樹が“恩”って言うのもなんだか変な感じやなぁ」


「俺とて人並みには恩や感謝は感じるぞ」


「まっ和樹は変な所で義理堅いもんね♪」


彼女の軽口を聞いた和樹は薄く微笑を溢した。


「……で、ホンマの理由は?」


「あん?」


「あるんやろ?」


耳掃除を止めた霞は耳掻き棒を寝台に置くと自分の膝へ頭を預けている和樹の髪を優しく撫で始める。


「ほれほれ、お姉さんに言うてみ~?」


「…自分より年上の男捕まえて何を言ってるんだ」


「いややわぁ。捕まえたのは和樹やないか。嫌がるウチを無理矢理押し倒してーー」


「こら、人聞きの悪い事を言うな。同意の上でしただろう」


「ニャハハハ♪」


苦笑を一頻り済ませると和樹は表情を改める。


「…俺が頚を落とした“御仁”との約束だ。約束は守らねばならん……だからこそ受けた」


「どんな約束?」


「俺からは言えんよ。今際に命乞いすらしなかった“男の中の男”が俺に頼んだ事だ。約束の内容は土の下まで持って行く」


「…そっか………なら聞かへん。……でも…その“約束”が果たされたならウチにも分かるんやろ?」


「ーーあぁ、俺が保証する」


霞が大司馬となる男の髪を優しく梳る。


「ーーあ、でも……」


「なんだ?」


「呉にはなんて説明するん?それに和樹と将司が預かってる領地は?」


「………………」


「……考えてなかったんやな?」


「……たぶん……大丈夫……だと思いたい」

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