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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第二章 <西へ>
24/245

番外4 <証明> (後編)

自分の書いたものを読み返しましたが、出てくる登場人物のほとんどがおっさんかおじいさんとは、これいかに。

しかも脅威のじじい村長率。

名前の出た<大地人>の中で(原作登場人物のレイネシア姫を除けば)女性はハダノの一人だけ、というのがまた……

 閃光が晴れたとき、長谷川の心は半ば、自分の死を受け入れた。

吹き飛ばされた自分の、その腹の上に、黒い全身鎧が覆いかぶさっている。その重量に、ひ弱なエルフの肉体は悲鳴を上げ続けていた。

見れば、別の方角には発掘現場の石垣に頭を埋めてユウがうつぶせに倒れていた。


いずれも、動く様子はない。


(死ぬ、死ぬ、逃げ、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬシヌシヌシヌ)


視界に光る悪王の目が無表情などであるものか。

自分の股間が決壊していることにも気付かずに、理性を半ば失った泡沫のような思考が、先ほどまでの自分の意見を罵倒する。


(だってほら、あんなに楽しそうに)


嗤っているから。



 ◇


 戦局は一気に傾いていた。

無論、骸の王の側にだ。

即席のユウたちパーティの問題点――回復力不足による戦局の建て直しの難しさ―が露呈した形だ。

ユウとクニヒコ、二人のステータス画面には<気絶(バッドステータス)>がくるくると回っている。

むしろ、特にユウは悪王の必殺の一撃をよく耐え切ったというべきであろう。

だが、彼女のHPは既に真っ赤であり、技どころか他愛ない剣撃でさえ致命的になることは明らかだった。


(回復しないと。回復、ユウさんが……)


悪王は嗤い続ける。

目の前で見苦しくもがく<冒険者>が愉快なのだ。

長谷川は、レベルが自分より低いモンスターに心から軽蔑されていることに反応する気力もない。

彼の頭は必死に逃亡の指示を出すが、体が動かない。

ガチガチと歯を震わせながら、<召喚術師>は迫り来る自らの死を見つめ続けた。


悪王が、剣を振り上げた。


刹那、長谷川の目が半ば無意識に閉じられる。

そしてその意識は、次なる生――ミナミかいずこか―に向けられようとした。



「……っ!! <カバーリング>!」


 待ち受けた衝撃は、こなかった。


振り上げられた古の剣に、思わず目を閉じた長谷川が目を開けたとき、そこには黒があった。

目覚め、自分を庇ったクニヒコの背中だ。

肩をざっくり切り割られ、黒い鎧の一部を砕かれてなお、彼は長谷川の前に立つ。


「……クニヒコさん」

「っらぁぁぁっ!」


轟声一閃、振りぬかれた<幻想級>の大剣は、狙い過たず悪王の顎に炸裂した。

刃ではなく、<大段平>と言うほどに広い剣の腹を横なぎに当てたのだ。

空気抵抗を膂力で無理やり転換した衝撃が、骸を吹き飛ばす。

王はごろごろと転がり、決して広くはない発掘現場―彼の墓所―の端にある木にあたって止まった。

その体からぼろぼろと鎧と骨片が剥がれ落ちる。

命を失ってなお体を動かす妄念に支配された魔力が、<冒険者>の攻撃に失われつつあるのだ。


「GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


吼える悪王を睨み据えながら、静かにクニヒコが長谷川に言った。


「……乗っかって悪かったな、長谷川さん。だが、立て。……まだ戦いは終わっていない」

「は、あ……」


距離を置いた悪王の揺らめく瞳を見ながら長谷川が煮え切らない返事を出していると、

クニヒコは剣を上段に構えながら言葉を続けた。


「俺達は<冒険者>で、今は冒険の中だ。俺たちが全滅したらどうなる。あんたはミナミ、俺達はアキバに逆戻り。この村の人々はあの悪王の襲撃に怯える日々を過ごすことになる」

「………」

「それに、あんたもレイドを戦ってきたなら分かるだろう。<冒険者(おれたち)>の、正念場はここからだと」

「……そのとおりだ」


長谷川が、生物としての反射に近い動きで視線を移すと、

そこには瓦礫から顔を上げたユウがじっと見ていた。そのたおやかな口が動く。



「HPはぎりぎり。相手は有利だがまだ戦えないわけじゃない。

いいじゃないか。面白いよ。

安全な狩りなんてつまらなさ過ぎて反吐が出る。確かにこの世界の戦いは怖いが、

それでもあの<黄泉返りし悪王(クソミイラ)>としのぎを削るのは望むところだ。

生きるか死ぬか、やるかやられるかが戦いの醍醐味だろう」


(何を言ってるんだ、こいつらは)


戦闘は絶望的、どのようにこの場から離脱するか、を普通の冒険者なら考えるところだ。

それが目の前の2人はどうだ。

<黒剣騎士団>の守護戦士は心底楽しそうに笑って大剣を構えているし

暗殺者にいたっては、声を上げて哄笑している。


「楽しいな、クニヒコ」

「ああ、ユウ。こんなギリギリの狩りはいつぶりかな?」

「私はハダノのゴブリン以来だが、あのときより楽しいよ」

「二人で強敵に立ち向かうのは」

「楽しいなあっ!!!」


全く同時に二人の戦士が大地を蹴った。

刃を構えなおした悪王の前後から、互いの獲物を抜き放ち、大地すれすれを飛ぶように走る。

その姿に、虚脱した頭にもようやくやるべきことが思い出され、

再び長谷川は<エレメンタルヒール>のショートカットキーを押し続ける。


(あ……)


ユニコーンが何度もいななく横で、恐怖によってか、長谷川の手が滑った。

サラマンダーが小さな炎の渦になって消え、代わりに周囲の地面がじくじくと滲み、

出来た沼から泥の巨人が姿を現す。


土属性の召喚獣、<泥の人造人形(マッドゴーレム)>だった。

こんな土壇場で何を、とごっそり抜けたMPにくらくらしつつ長谷川がうめく。

自責の念に満たされたその目が、ふと目の前の違和感を捉えた。

なんとなくだが、命令を待って立ち尽くす<泥の人造人形>から距離をとるような動きで、悪王が円を描いているように思えたのだ。


(なぜだ?)


長谷川は本来研究者である。疑問があれば解法を考えるその頭脳が、何かを閃こうとした。

その瞬間、悪王の剣が再び振り上げられ、その剣身に光が集まる。


(さっきの最初の技!!)


クニヒコのHPを7割近く消し飛ばした、冒頭の大技の射撃姿勢に入ったのだ。

回復を続けているが、元から莫大なクニヒコのHPはようやく5割を上回ったところ、

この一撃には耐えられない。

長谷川は今ほど、自分が回復職ではないことを呪ったことはなかった。


悪王が位置取りを変えたため、この一撃はクニヒコを消し飛ばしても自分には当たらないことが長谷川には分かったが、それは彼の心に対して何の慰めにもならなかった。

前衛のクニヒコが倒れれば、どの道おしまいなのだ。


「GUAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHAAAAAAAAAAAAA」

「<キャッスル・オブ・ストーン>!」


放たれた瞬間、クニヒコの全身が白く輝く。

その大理石のような清浄な光は、<守護戦士>の絶技による絶対防衛圏だ。

わずか10秒。その10秒で、クニヒコは敵の最大の一撃であろう特技を防ぎきって見せた。


「ユウ!」

「ああ!」


絶え間ない回復により徐々にHPを回復させながら叫ぶクニヒコの正面、悪王の後ろから

霊薬(ポーション)を片っ端から呷って何とか通常攻撃を一、二発耐えられるだけのHPを回復させたユウが飛び込む。

一挙動で着地、掬い上げるように<フェイタルアンブッシュ>。

大技直後の硬直に固まった死体のなめし皮のような背中が縦一文字に割れる。

じゅくじゅくと噴き出す汚液を被るのも気にせず、振り上げた緑の刃が<激痛>の毒と共にがら空きの肩に叩き込まれ、悪王はカタカタと機械のような仕草でよろけた。


「<アサシネイト>!」


二度目の、秘伝に達した<暗殺者(アサシン)>最大の一撃に、さしもの亡者の王も片膝をつく。

まだ先ほどの広範囲攻撃は来ない。

悪王の首が突如がくんと前に倒れた。ブチブチ、と乾いた筋肉がちぎれる音がする。

離脱のついでと、ユウが悪王の後頭部を思い切り蹴り飛ばしたのだ。

そして、まるで罪人が首を差し出すような姿勢の王の眼前には、唸りを上げたクニヒコの大剣が待っていた。


「<オンスロート>!」


戦士二人の立て続けの最大奥義に、悪王のHPが大きく討ち減らされる。

呻く王にしかし、2人は全く油断した顔を見せない。

刻一刻と時間は経っている。

そして時間が経てば経つほど、広範囲攻撃を繰り出す可能性は高まるのだ。


HPが万全に戻り、油断なく大剣を構えるクニヒコ。

そして距離を取って隙を狙うユウ。


尻で必死に悪王から距離を置こうとする長谷川は、青が3割ほどしかないユウのHPバーを見た。


「ユニコーン!ユウさんに<エレメンタルヒー」

「いらない!回復のMPはクニヒコにまわせ!」

「でも」

「<暗殺者(アサシン)>に回復はいらん!一撃で倒れなければそれでいい!」


ユウの叱咤、というより怒号を受け、長谷川は自分に何が出来るか考えた。

ゲーム時代は次々と戦術の組み立てが浮かんできたものだが、今は何も浮かばない。


それが、自分ひとりでは絶対に勝てないモンスター、それも傍目にもおぞましいミイラ化した死体、ということへの原初的な恐怖と嫌悪で彼の思考は常の比ではないほどに衰えているのだった。


(ええい!俺は学者だぞ!頭を働かせずに何をするっていうんだ!)


内心で不甲斐ない自分に怒鳴った瞬間、長谷川の脳裏に先ほどの悪王の奇妙な行動が思い浮かんだ。

ためしに、回復し続けるクニヒコと斬り合う悪王に、<泥の人造人形>を差し向ける。


(また避けた……!)


半世紀ほど昔のアニメの主人公ロボットよろしく、片腕を振り上げて突進するゴーレムを、再び悪王が避ける。

別に一撃をもらったところで、レベルが低い上に<ミニオン>ランクモンスターである<泥の人造人形>の攻撃など、悪王にとっては痛くもなんともないはずだ。


それが、避ける。

なぜ避けるのか?それは、「避けなければいけない」からだ。


そこまで考えた瞬間、長谷川は自分が見聞きしてきた情報を走馬灯のように思い出し、

目の前の悪王の不可解な行動の理由に気付いた。



「クニヒコさん!ユウさん!こいつの弱点は土属性です!火ではなく!

いでよ!<ノーム>!<ゲンブ>!<ストーンゴーレム>!」


もはや自分のMPなど気にせず、長谷川は立て続けに手持ちの召喚獣のなかから、

土属性のモンスターを呼び出す。

沸いて出て来た召喚獣に、悪王が一歩下がったことに長谷川は気がついた。


「そいつはアルヴの鎧を着ている!ということは村の古老の話にあった『地震で城ごと滅んだ非道の城主』本人の可能性が高い!

ということは死の原因になった地震―土が弱点に違いありません!

みんな、行け!<エレメンタルレイ>!」


叫びの最後は呪文だった。

まさに土石流と形容したくなるほどの密度を持った土の流れが悪王を直撃し、

ユウやクニヒコに劣らないダメージをたたきだす。

さらに召喚獣たちがついに両膝をついた悪王に殺到する。

爪、拳、様々な召喚獣の攻撃が一糸乱れず悪王に叩き込まれ、

悪王は大きく減りはじめたHPにいらだったように叫びを上げた。



「広範囲、くるぞ!」


長谷川が叫び、クニヒコが無言のまま大剣を構え、召喚獣がせめて盾になろうと悪王に覆いかぶさる。

召喚獣になかば押さえつけられながらも、悪王は両手を広げた。

先ほど一度見た広範囲攻撃のポーズだ。

両手に集まった水死体のような白い魔力が玉となり、悪王は勝利を確信したように笑った。


「させるものかっ!」


不意に地獄から響くような呪文の響きが途絶えた。

見れば、広げていた両手のうち、左手が根元から冗談のように断ち切られ転がっている。

その後ろには、先ほどまでの刀から人・人型モンスターへのダメージボーナスを持つ刀――<首担>に持ち替えて、野菜のように悪王の腕を斬ったユウがいた。


「UOOOOOOOOOOGYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


制御を失い暴走する魔力を全身から噴き出しつつ悪王が叫ぶ。

なぜだ、といわんばかりの悪王の体が突如焼け焦げた。

破壊的な魔力が行き場をなくし、術者たる悪王自身を一瞬焼き払ったのだ。


「ユウさん!」

「やるべき事をしろ!」


爆発の衝撃(バックファイア)で自らも火達磨になりながら離脱したユウが叫ぶ。

それを援護するように、長谷川の召喚獣が命令ないままに動いた。


「カオォォォォン」


ゲンブが一声はなって悪王の全身を尾の蛇で縛り、


「……」


ノームが小さな土つぶてを悪王の全身に降らす。


「なるほど。土で動けなくなって死んだあいつには土属性で移動に対する悪影響(デバフ)が出るのか」


既に赤い線のほうが青より2倍以上多い悪王のHPバーを見て、長谷川が呟く。

所詮御伽噺と気にもしていなかったが、実際に土砂を必死で振り払う王の姿は、歴史を追う者としてどこか物悲しかった。

無論、内心のさらに奥、ごく一部でのみの感情である。

彼の心のほとんどは目の前の悪王に対する恐怖と怒りで塗りつぶされていた。


「<エレメンタルヒール>!<エレメンタルレイ>!<エレメンタルヒール>!」


もはや他に考えることもない。

長谷川はただ回復(ヒール)攻撃(レイ)をショートカットで行うだけの存在と化して

目の前の戦場に打ち続ける。

目の前では強敵と味方が踊り続ける。

誰かが倒れ付す、そのときまで。


やがてうめき声が徐々に小さくなり、折れた剣を地に突き刺して悪王が膝をつき。


「トドメだ!」

「沈めっ!」

「消えてくれっ!」


守護戦士の大剣、暗殺者の小刀、召喚術師の呪文がその変わり果てた肉体に突き刺さり。

悪王が消滅する一瞬の間に、長谷川は見た。



愛情を受けて育った少年だった。

何も問題なく両親の元で育っていれば、よき王になれただろう。

少年は妻を迎えた。その直後、両親が事故で死に、城には執政として叔父が一族と共に入ってきた。

蔑ろにされる自分。去っていく父の股肱の臣。

そして見る。まだ幼い妻と、老境に達した叔父の睦み合う姿を。


妻を切り、従姉妹を斬り、逃げた叔父を斬り、その叔父を匿った村人を斬り、

非道を訴えたその村人の親類の村を斬り。

反駁するものを斬り、不満を見せたものを斬り。

そしていつしか、彼は<悪王>となっていた。


最後の日。

<悪王>はもがいていた。寝間で捕らえられ、高手小手に縛り上げられたまま愛用の鎧―近隣のアルヴ王より贈られた鎧―を着せられ、豪奢なつくりの木箱に入れられる。

愛剣を側に置かれ、これからの自分の未来を思って悲鳴を上げる彼に、重臣達は静かに言う。


「陛下。陛下に置かれましてはこの城奥深くに眠り、その怨念をもってこの城を守護なさいませ。

おそれながらこれは古よりこの地に伝わる魔具にございます。陛下の怨みを集め、仇なすことなく守護としてくださいます。お持ちなさいませ。

とこしえにこの地をお守りくださいますよう。陛下の手先、執行人どもは既にすべて怨霊となって陛下をお待ち申し上げております」


奇妙な形の紋章(じゅず)を持たされ、猿轡をされた<悪王>がそれでももがいて轡を外して叫ぶ。


不義不忠の徒輩めら。

許さぬ。

このような魔具ごとき何ほどのことがあろう。

おぬしらをすぐさまに滅ぼし、未来永劫地獄で吾に侍らせてやろう。

目にもの見ておれよ。

そなたらに安らかなる眠りは今後一切ないものと思え。


呪詛の言葉を吐き続ける自分達の王を棺に閉じ込め、

城の地下に掘られた、謎の曲線で出来た文様が書かれた古代の床の中央に王を置き、

ではこれで王を殺すべし、と誰かが言った瞬間、

すさまじい轟音と共にすべてが暗闇に包まれた。


なんだ?

なんだ?

何が起きた。

吾を誰か助けぬか。

すさまじい重みだ。

息が苦しい。

なんだ?

何が起きたのだ。

息が……虫が見える。

暗闇は光が消えたからではないのか。

ここは土の下か。

大地の下か。

なぜだ。なぜ吾がこうして死なねばならぬ。

悪いのはあの妃と称した肉女と、おぞましい執政、そしてその与党ではないか。

吾は正義の元復讐をしただけであるのに、なぜユーララはこのような仕打ちをなさる。

ああ、息が苦しい。

もう助からぬのか。

ならばせめて、この城を呪い、この地を呪い、すべての生あるユーララの子を呪い、

正義を呪い、信義を呪い、ユーララを呪い、吾を呪ってやる。


吾は

われは




2.


 気付けば夕方だった。


「大丈夫か?」


頭におかれたひんやりとした布を落として起き上がった長谷川に、

鎧を脱いで岩に座っていたクニヒコが目を向けた。


「あ、ああ。あのミイラは」

「死んだよ」


その手には奇妙な形の球を連ねた腕飾り―数珠がある。


「<秘宝級>アイテム、<古代神の呪符>だと」


ひょい、と投げ渡されたそれを何度も見直す。

鈍い輝きを放つそれは、あの夢か幻か分からない光景で、

生きながら葬られたあの王が最後に渡されたアイテム―数珠にちがいなかった。


「これを?私に?」

「魔術師向きのアイテムだからね。いいよ、そっちの取り分で。こっちもあまり荷物を増やしたくない」

「そうか」


黙って受け取った長谷川の目の中で、『所有者:しっぽく旨太郎』という文字が輝いた。

個人所有化(パーソナライズ)されたのだ。

これで、このアイテムは意図して捨てない限り、永遠に長谷川と共にある。


(そなたらに安らかなる眠りは今後一切ないものと思え)


鞄に入れる瞬間、背後から悪王の囁きが聞こえたような気がして、

長谷川は思わずそそくさとそれをしまいこんだ。



「これからどうするんです?」

「そうだな、暗くなる前にひとっ風呂浴びて寝よう」

「こんなことがあったのに、よく……」

「ん?」


装備を片付け、使い捨てアイテムの消費量を数える二人の顔は快活だ。

とても、先ほどまで狂ったように笑いながら戦っていた戦士と同一人物とは思えない。

愛想が少ないユウはもちろんだが、陽気で人好きのする、長谷川自身好ましく思っていたクニヒコが見せた行動と、今の彼らとの違和感に、長谷川は思わず背筋に震えが走るのを感じた。

だが、その不可解な気持ちをそのまま言葉にするのはあまりに失礼と感じ、

彼は一緒になって荷物を片付けながら当たり障りのない言葉を向けた。


「怖くなかったんですか?相手は動く死者(リビングデッド)、しかも強かったのに」

「そういわれれば怖かったな」


あっけらかんとユウが答える。

その白い腕を横から突っついてクニヒコが茶化した。


「そうか?普通怖いといったら逃げ出すか叫ぶかするところだぞ」

「逃げ出して叫んだじゃないか」

「あれは逃げ出すとは言わん。距離を取るというんだ。

そして叫ぶとも言わん。ありゃ吼える(ウォークライ)というんだよ」

「ははは」


山道―さすがに往路と同じ道ではなく、<大地人>と同じ道である―を歩きながら

再び長谷川が尋ねる。

道の隅に咲いている、竜胆の花を眺めながら彼の口が動く。


「正直、私は怖かった。今までレベルの高いモンスターは見てきました。

この世界にきてからも何度か。だけどここまで恐ろしかったのは初めてです。

あなたがたは―アキバの<冒険者>はみんなあなたがたのようなものなのですか?」

「さて、ねえ」


輝き始めた星を見上げてクニヒコがため息をついた。


「正直、あなたみたいな人もいるよ。町の中で安全に暮らすのがいいという人も多い。

ゲームのころは大規模戦闘者(レイダー)対人家(デュエリスト)として戦っていた人たちもそうだ。

でもまあ、多くの人は戦って殺しあうことに慣れたかな」

「どうやって?」

「場数だろ」


思わずたずねた長谷川に、次に答えたのはユウだった。


「人間やらなきゃならないと思ったらなんでもできるものだからね。

たとえ人殺しや、こうやって化け物と相対することも、慣れればできるようになるだろう。

日本(もとのくに)の平和活動家のおばさんがたの言ってることを真に受けちゃダメだよ。

人間、サルだったころから同族だろうが異種族だろうが平気で殺せるんだから」

「そんなこと……!」


彼個人の倫理観とまったく相反する言葉を投げられ、むっとした長谷川が言い返そうとしたとき

クニヒコがなんでもないことのようにいった。


「だったらさ、アキバへ行ったら?

アキバならミナミの連中も入ってこられないし、町の中にいる限り斬った張ったの鉄火場に放り込まれることはまずないし」

「………」

「こう言っちゃ何だが、あのミイラが出てきた時点で、あの発掘現場が<ノウアスフィアの開墾>の新規クエスト、あるいは誰も気づかなかったローカルクエストの場所だったことははっきりしたんだ。

あんたが今後、あの場所で何を掘り返そうが、それは運営の作ったダンジョンの可能性が高い。

あんたの志は立派だが、あの場所はあきらめて、アキバでたとえば同じことを考える連中と一緒に研究を続けたらどうだい?

それにアキバに一旦入れば、たとえ死んでもミナミに戻ることはない。

安心してフィールドワークにも出られるんじゃないか?」


長谷川は、何も答えなかった。

暗くなった道に沈黙が落ちる。

クニヒコが持つ発掘資料の入った籠の先に照らされた洋灯(ランタン)のあかりが、

彼の歩調にあわせてゆらゆらと鬼火のように揺れていた。


「……もう少し、掘ってみます」


行く手に<大地人>の村の、かすかな明かりが見えてきたころ、

長谷川は搾り出すように短く言った。

クニヒコも、「そうか」とだけ返事をする。


「あの悪王のミイラは、アルヴの時代にあそこに城があり、王が城と一緒に死んだ、ということを証明したに過ぎません。

数珠―私が発掘した古代の数珠の存在の謎は解かれていません。

あそこに何があるのか、掘り返しつくさない限りは、私はここを離れません」

「王だけが恨みを残して死んだわけじゃないだろう。

ほかのゾンビが出たとき、私たちはもういないけど、いいのか?」

「……ええ」


念を押すユウにも強く頷く。

長谷川の脳裏に、悪王の見せた刹那の光景がよぎる。


『陛下の手先、執行人どもは既にすべて怨霊となって陛下をお待ち申し上げております』


悪王の家臣だった男が告げていた不吉な言葉は、怨霊となって王を守る霊の存在を示す。

そしてそれを告げた男自身も、あの発掘現場のどこかで眠っているはずなのだ。

おそらくは唐突で理不尽な最期に、死してなお悶え苦しみながら。

そこまで考えて、長谷川はそれでも強く答えた。


「それでも、一旦研究の対象を決めた考古学者が、遺跡に背を向けることはありません。

明日からは<大地人>ではなく、ゴーレムで掘り出しますよ。

私はそうしてでも、この世界の謎を解きたいんです」


ふっ、と空気が揺れた。

訝しげに見た長谷川の前で、ユウとクニヒコが笑っている。

どういう意味の笑いだろうかと、不機嫌に長谷川が尋ねようとしたとき、クニヒコが言った。


「じゃあ、応援を呼ぼう。時間はかかるが、ここの場所を念話で知り合いに知らせておく。

<黒剣騎士団>か誰かが来るはずだ。

そいつを待ってから発掘を再開してくれ」

「いいですよ、私一人で」

「あなた一人なら出てきたミイラから逃げることはできるだろうが、周囲の<大地人>の村に被害が出たらまずかろう」

「あ……!」


絶句する長谷川に、クニヒコが喉の奥で笑いながら告げた。


「大丈夫だ。今のアキバはどんなアイデアでも検討してくれるからな。

あんたの考えに面白い、と手を打つ人は片手じゃきかない。

念のため、これをもっていてくれ。これを見せれば疑いなく手助けしてくれるはずだ」


そういってクニヒコが渡したのは、<黒剣騎士団>のギルドタグだった。

思わず顔を見上げる長谷川に、クニヒコは洋灯に照らされた手を軽く振る。


「どうせもう出て行ったギルドのタグだからな。いらないよ。

ソロでミナミ出身のあんたは、あまりアキバに知り合いもいないだろう。

使ってくれ」


深々と頭を下げた長谷川に、クニヒコは「そんなことしないでくれ」とそっぽを向く。

夜道に笑い声が灯り、その声に驚いたのかどこかで梟が飛び立つ音がした。



 ◇


『おい、おまえらどこにいるんだ!』

「タルさん、そんな大声を出さなくても聞こえるって」

『黙れ!どうせお前らのことだから『年寄りに馬はきつい』とか言いながら温泉入ってるんだろう!

こっちの状況も少しは考えろ、友達甲斐のないやつらが!』

「まあまあ、お互いもう年なんだから、体をいたわらないと。

タルさんもそんなに切れてたら、脳の血管まで切れるぞ」

『俺は今はピチピチの小娘だ!余計な心配するな!!!』


「タルはなんだって?」


ふう、といいながら念話を終えたクニヒコに、隣を走るユウが問いかける。


「うん、温泉入ってたのばれてた」

「まあ、ああいうところ鋭いからなー」


街道に飛び出してきた野猪(ワイルドボア)(うりぼう)を器用に飛び越しながらクニヒコはぼやいた。


「せっかく面白い土産話ができたのに、あの調子じゃ話題に出した瞬間襲い掛かられそうだ」

「ま、ギルドメンバー抱えてピリピリしてるんだろうよ。少し急ぐか」

「ああ」


二人の<冒険者>は川に沿って南へ下る晩夏の街道を走っていく。

ユウたちがミナミへつくまでには、まだ、かなりの距離がありそうだった。

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