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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第8部 <森>
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119. <決闘>

『嫌う者を殺すことが人間の所業か』『憎む相手を殺すのが人間の所業ではないかね?』

 シェイクスピア 『ヴェニスの商人』


1.

 

 まるで鉄棒を叩いたような感触と共に、刃が止まる。

いつの間にか、目の前の<蝕地王>の左手に豪奢な幅広の剣(ブロードソード)が翻るのを横目に確認し、ユウは片足で王の胸を蹴り飛ばし、刀を引きながら飛びのいた。


べろり、と<蝕地王>の首の皮が捲れる。

そこをぽん、と軽く叩き、王は叩いた手で何かを握る仕草をした。

指の間から毒々しい緑色の液体が零れる。

それは、ユウが先ほど刃に塗りたくったものと同じ色をしていた。


「毒が効かないどころか、排出までするのか……化け物め」


それでも不敵に笑うユウだが、首筋から汗が一筋、滴り落ちていた。



 ◇


 <大災害>から一年。

かつてこの世界が<エルダー・テイル>であった頃の常識は、大方失われたと言っても強ち間違いではない。

だが、それでも厳然として残った『常識』はある。

レイドボスの強さがそれだ。


<エルダー・テイル>の歴史を、敵と言う立場から作り上げてきた存在として、

レイドボスという存在は特筆すべきものだ。

ゲームのリリース当初、黎明期のレイドボスは、通常モンスターと大して変わらない強さでしかなかった。

プレイヤーは弱く、回線は遅く、PC環境は悪い。

数十人集まれば回線過密(ラグ)で動けなくなる<冒険者>たちに、まともな戦術など取れようはずも無い。

当時のボスはせいぜい1パーティが無秩序な乱戦で討ち取れる程度のものだった。


しかし、時代は移り変わる。

回線がダイヤルアップからISDN、ADSL、そして光回線へ変わっていくにつれ、

<冒険者>たちは集団でも自在に動ける体を手に入れた。

実装された多くのゾーンとクエストは、<冒険者>たちに戦術を練りこむための経験を与えた。

それは一方で、各地の運営会社にも同様の対<冒険者>用の知識の蓄積を与えた、ということになる。


レイドクエスト好きのプレイヤーが、戦場を俯瞰する<軍師>や、最前線で指揮を取る<将軍>に率いられた大規模戦闘用大隊(レイドレギオン)へと変わっていくにつれて、

レイドボスもまた、そうした統制された軍団を相手にするための怪物へと進化したのだった。

茶会の参謀と呼ばれたシロエ、あるいは<D.D.D.>に総統(ミロード)として君臨したクラスティ。

彼らのような、レイド攻略を専門とするプレイヤーが現れたのと同様に、

レイドボスもまた、彼らにあわせて強化されてきたのだ。


多くの非レイドプレイヤーには若干いらだたしさを覚える、それが<エルダー・テイル>の歴史なのだった。


そんな相克の歴史が生み出した怪物の前に、今ユウがいる。



 ◇


『……Can you hear my older voices ? Have you be arrived ?』


対峙するユウを前に、怪物は口を開いた。

流暢な口調は、とても朽ち果てた怪物とは思えない。


「聞こえてますよ。なにせこっちは、ゾンビの王様にお会いするのは何度目かなものでね」

「hm」


ブロードソードを一振りし、<蝕地王>はゆっくりと歩き出す。

その足元の植物が枯れていく――いや、毒に染まって奇怪に膨れ上がっていく。

毒を撒き散らしながら、王は歩き、歩きながら命じた。


「Come, lady, die to live. 」

「嫌だね!」


一閃。


真っ向勝負を挑むとばかりに跳んだユウの、振りかざした刀の裏から、指の力だけで隠していた短剣が飛ぶ。

刀の一撃と見せてのフェイントだ。

もはや避ける必要もないとばかりに短剣が歩く<蝕地王>に突き刺さっていく。

そのいくつかが突如、爆発した。

剣身に爆薬を仕込んだ、ちょっとした手榴弾だ。


怯んだのを尻目に鋭角の軌跡を描いて黒い姿が飛ぶ。

その後を追うように、<蝕地王>も動いた。

そもそもが森の中での大規模戦を想定したボスだ。

他のような全方位無差別ダメージなどは、周囲のエリアに無作為に配置された毒オブジェクトが代行するためないものの、豪奢な服に似合わずその動きは俊敏だった。

宙を飛びながら、何度も剣と刀が火花を散らす。


何度目かの打ち合いの中、ユウは唐突に右手の<疾刀・風切丸>の耐久度が激減していることに気がついた。

一方の<蛇刀・毒薙>はまだ大丈夫なものの、やはりすさまじい勢いで耐久度が落ちていた。


(毒のせいだ)


<蝕地王>の振るう黒く染まった幅広の剣(ブロードソード)

あれが、自分の振るう東方の蛇神の牙に等しい毒であることにユウが気づいたとき、

<蝕地王>もまた、暴風のように振り回していた刃を止め、しげしげと己の剣に見入っていた。


『……さしもの我が剣も、萎えたるか』

「……喋れるのか、あんた」


先ほどまでは意味がよく取れなかった、英語ともつかぬ言葉だった王の唐突な発言に、

ユウは軽く息をあえがせて問う。

じろり、と黒目のない眼を向け、<蝕地王>は剣をだらりと下げた。


『我に挑む理由を問う』

「さてね、と言いたいが、知人の友人を二人、返してもらいたくて来た」

『そは何者』

「緑の服の弓兵と、そいつと一緒にいた黒髪の変なのさ。

あと、できればもう少し寝ていてもらいたいんだけど」

『そは否であろう』

「え?」


いきなりの否定に、ユウは息をつくのも一瞬忘れ、どこか笑うような――死者特有の無表情(デスマスク)のはずなのだが――をまじまじと見た。


『彼方から来た毒使いよ、そなたがこの期に及んで余に虚言を弄するのであれば、

そなたは余の前に参ずるに値せぬ。

真実を吐く事のできぬ者と戦いたくはない。震えて戻り、地上の光の下でいずこなりとも行くがいい。

そなたはそのような瑣末な目的のためにここに来たのではないはず』

「ほう……じゃあ私は何のために来たと?」


ユウの全身からゆらりと陽炎が立ち上る。

全身運動で温まった<冒険者>の肉体が、ぞわりと熱気を浮かべているのだ。

それに答えるように、冷たい死人の体の王からも、黒い瘴気が靄となって天に昇っていく。


『戦うためだ、美しき毒の僕よ。余に抗い、世に抗い、挑み、毒をもって制するためだ。

誉れを受けないであろう、誇り高きその毒牙は、余をその顎にかけんと猛っているのであろう。

人を助けるなどと、嘘偽りを言ってくれるな。

そなたのなかの真実のそなたは、ただ余を滅ぼし、余に滅ぼされたがっておるぞ』


ヒュウ。


音程の外れた音が、風すら息を潜める森に響く。

いつしか切れた唇に、ユウは同意代わりの口笛を吹くと、いきなり刀を二つとも、腰に収めた。

そのまま言う。

いつしか彼女自身も忘れかけていた、猛々しく華やかな、闘気と殺気に満ちた笑みが、

怜悧なその顔に鋭利な笑みを形作っていく。


徒手空拳となったユウは、軽く両手を握り、背をかがめ、膝を曲げた。

王もまた、刃こぼれが目立つ己の剣を片手で正眼に構え、残る片手を柄に添える。

再び森の空気が変わる。

先ほどまでの戦いが<暗殺者(アサシン)>のものであるとするならば、

さしずめ今は、<対人戦士(デュエリスト)>の戦いだ。

じわりと熱気が上がっていく中、ユウは虎のような目で<蝕地王>を見据えた。


「そうだな。私はやっぱり、心の一部はいまでも戦士(そう)なんだ。

家族のために死のうとしようが、知人の救助を頑張ろうが、それは『鈴木雄一』の心であって

今の私の心じゃない。

教えてくれて礼を言うよ、<蝕地王>陛下。あんたの眼力はさすがに王だね。

私はいつの間にか、『ユウ』を否定するあまり、『鈴木雄一』に心を乗っ取られる所だった。

その礼を、ユウ(わたし)なりに返したいと思うが、どうかな?」

『ならば猛る毒使いよ、余の第二の妃となって侍るか、あるいは余を殺すが良い』


ぎらり、とユウの口からまさしく蛇の牙のような八重歯が覗く。

それが、再戦のゴングの代わりだった。



 ◇


 動かないユウに対し、先手を取って動いたのは<蝕地王>だった。

重々しい軍衣を着ているとは思えない速度で、その毒に穢れつくした肉体がユウを覆う。

ふしゅ、とかすかな音がした。

目の前の<暗殺者>は薄着、どこを切り裂いても毒が埋め込まれる。

二歩、一歩、半歩。

ブロードソードの間合いとしては近すぎる、王が片足を踏み抜いた場所は、

彼が威力よりも確実に当てることを重視している証だ。

だが、その突進がユウに到達する寸前、ユウがふわりと一歩、後ろに下がった。

その優美な片足のふもとで、爆発したように草が跳ね飛ぶ。

邀撃(カウンター)

相手の突進力に、己の体のバネが生み出す力を上乗せし、ユウが渾身の力をこめて<蝕地王>の首を打ち抜いたのだ。

吹き飛ばされる<蝕地王>だが、さすがにレイドボスというべきか、

常人なら一瞬で頚椎を折られる一撃に、こ揺るぎもせず剣が横なぎに振るわれる。

全身を伸ばした体制から一瞬で身をかがめたユウの頭上を、毒の風が振りぬくや否や

突如彼女の足元が黒い沼に覆われた。

ぼこぼこと、生臭い臭いとともに現れた汚水が、ユウの足を絡めとろうとする。

<蝕地王>の技のひとつ、 <沸き立つ血潮の泉>だ。

いかなる防御もものともせず、惑乱、邪毒、MPダメージを与えるその混沌の沼を、

ユウは前傾姿勢のまま、飛び退る<蝕地王>を追うように前に出る。

そのまま、王が剣を構えなおす余地を与えず、ジャブ、そしてストレート代わりの掌底。


「使わせてもらうぞっ、フーチュン!」


拳法の使い手だった知人に威力は劣るものの、速度は遥かに勝る掌底が、がず、と奇妙な音を残して死せる王の顎を砕く。

そのまま、剣を振りなおそうとする王の衣の端を掴んでぐるり。

一回転したユウの体に引っ張られ、朽ちた衣が主君の剣ごと上半身を包み込む。

その下の、ぼろぼろのシャツに包まれた王の肉体には、生前に与えられたであろうすさまじい拷問の傷が、癒えることなくじくじくと毒液を垂れ流していた。

だが、ユウは止まらない。

速度とは凶器だ。

この、ありとあらゆる点で<冒険者>に勝るレイドボスに、ユウが唯一勝っているもの。

それこそが、<疾刀・風切丸>と<上忍の忍び装束>、ふたつのアイテムによって増強された速度だ。


打ち続く打撃音が、徐々に粘性のあるものに変わっていく。

草むらに転がって立ち上がる<蝕地王>の衣を踏み、動きを止めて爪先で蹴り。

頑丈なブーツに包まれた足に蹴り抜かれたこめかみが、ぶしゅ、と汚液を噴出すのをよけ、

さらにユウは肉薄した。

すでに白刃、それも自分以上の毒を瞬時に与える王の刃の攻撃圏内で拳を振るうことへの恐怖は、彼女の中にはない。

些細な状態異常(バッドステータス)など、今の高揚した気分には一片の染みにもならなかった。

腕は刀という重石を持つことなく影すら見せずに振るわれ、

女のやさ腕と見えた拳は重量級の拳闘士並みの重さで叩きつけられる。

パン、パン、と面白いように<蝕地王>の全身がはじけ、へし折れんばかりの角度にその肉体がたわむ。


「……ふぅっ!!」


ユウが息を吐いた。

一瞬大地に立ったその肉体が、大地そのものを後ろ盾としたように跳ねる。

交互に打たれる両の拳、そしてとどめの足蹴り、

それが素手で打たれた<デッドリー・ダンス>だと、放ったユウ自身気づくまもなく。


「……<アサシネイト>!」


武器を持っていなければ放てないはずの技がもうひとつ、がら空きになった<蝕地王>の首筋に手刀の形をとって落ちる。

きれいに切りそろえられたユウの爪の、その先一点すら毒血にまみれさせることなく、

<蝕地王>はどう、と大地に沈んだ。


好機。


ユウが腰の刀を抜き放つ。もちろん左手に握った、<毒薙>だ。

東方の毒蛇が、西方の毒王を屠らんと、キィン、と高く鍔なりの声を上げた。


「<ヴェノム……ストライク>!!」


ドン、と音がした。

<蝕地王>の首が、手榴弾のごとく森の奥へ放たれた音だ。

HPはまだ半分以上、でありながら<蝕地王>の首は肉体を離れ、闇の中へと消えていった。

肉体は動かない。

ユウはそれをめった差しにし、痙攣する手が持っていた毒剣を蹴り飛ばしながら、

ふと奇妙な違和感を感じた。


相手は<中隊規模戦闘用の敵(フルレイドのボスモンスター)>だ。

いくら人間並みの体格とはいえ、1対1でこれほどあっさり勝てるものだろうか?

そして、瀕死の敵をその緑の光で包み込んで消す<蛇刀・毒薙>もまた、振るう主の手元で鈍く光るだけだ。

目の前の首のない死骸を包み込む気配は微塵もない。


なぜだ?


そう思ったとき、巨大な不可視の波動、そうとしか形容できないものがユウの全身を飲み込んだ。



2.


<我が毒血を杯に注げ>


レイドパーティでも崩壊に追い込む、<蝕地王>の最初の切り札だ。

扇状に打ち放たれる波動に乗せた悪意は、無数の状態異常(バッドステータス)となって被害者をさいなむ。

それは、あの<サンガニカ・クァラ>の<神峰>デヴギリの山麓のそれに匹敵しようか。

惑乱、沈黙、負傷毒、流血、麻痺といったもろもろの邪毒の効果は、もはや列挙するにも及ばない。

ユウの<毒使い>の肉体は、あの<蠢きもがく死>の一瞬で意識を飛ばした毒ほどには、それらにやすやすと屈しなかったものの、それでも敏捷なその肉体に膝をつけさせるだけの威力を持っていた。

動けないユウの周囲には、いつしかぶんぶんと無数の羽虫が集っている。

虫というには奇妙に不ぞろいなそれらは、全員が不気味にも人の顔を持っていた。

ある者は苦悶し、あるものは泣き喚き、あるものは苦しみに耐えるように表情をゆがめるそれらおぞましい羽虫の下で、うぞうぞと同じ顔をした蛆虫たちが這いより、ユウの足をかじっては中にもぐりこみ、やわらかい肉を食らおうとする。


「くっ!!」


突然の窮地に、それでもユウは動いた。

空中に、地上に、紫色の瓶が放り投げられる。

爆薬だ。

それらは連鎖的に彼女の周囲で爆発し、一時的に虫を吹き飛ばすと同時にユウに立ち上がるだけの後押しもしてくれていた。

だが、それでも。


『余の毒血にも、<醜悪なる蛆虫の巣>にも耐えるとは、なんとも恐るべきよ』


何事もなかったかのように、おそらくは虫が運んだのであろう、王の肉体が剣を腰にさし、

片手に自らの首をぶら下げて歩いてきたとき、

ユウはたった一人の挑戦が無残な失敗に終わったことを悟った。


『さて栄えある敗北者よ。そなたに栄誉を与えよう。嵐のようにここで沈むか、

ともに毒の沼に帰るか』

「第三の道はどうだとおもう?」

『第三?』


怪訝そうに、無表情な首が問い返した瞬間、

ユウは状態異常効果(バッドステータス)がもたらすありとあらゆる苦痛を無視して飛んだ。

狙うは王の首……ではない。


とっさに抜かれた、その剣。


「せめてその剣は、もらっていく!!」

『ぬ!』


抜き合わせは一瞬、だがユウが素手で戦っている間に自己回復した刃が、

傷つき、ぼろぼろに刃こぼれしたその毒刃を食い破っていく。


パキン。


勝負はあっけないほど簡単についた。

半ばから絶ち折られた王の剣が、きれいな弧を描いて消えていく。

王が、呆然としたように自らの手元に残る半分の剣を持ち上げたのを見て、

ユウは全身をさいなむ悪寒と激痛の中、にやりと笑って見せた。


「次はあんたの体をこうしてやる」

『おお、幻のような』


だが、覚悟してユウが目を閉じたとき、次の変化が起きた。


ひゅっ、とユウの頬すれすれを何かが掠めていく。

それが見覚えのある矢羽の矢だと気づいたユウが目をあけたとき、後ろにいるとは思わなかった、

救助を放棄したはずの相手を見た。


「<緑衣の男>……それに」


今度こそユウは絶句した。

次の矢を番えた<古来種>のそばで、小柄な肉体に似合わぬほどの長剣を構えている、褐色の人影に。


「<オーロラヒール>!!」


「エル!?」



それは、かつて遠いヤマトで死闘を演じた相手。

自分とどこか似ていながら、どこかが決定的に違ったドワーフの<施療神官(クレリック)>。

ユウと友人たちを死地へと誘い込み、人間と決別することを誓って姿を消した元、男。


エル、だった。

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