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暴君勇者と良心的な魔王  作者: ノア
旅路編
3/26

◇暴君勇者と偽魔王 Ⅱ

「そこ退けよ、チビで厳つい顔のオッサン。心中でもするつもりか?」


 勇者の無感情で威圧的な声に苛立ちが加わる。依然として平伏したままベルゴは頑なに動こうとしなかった。

 勇者のただならぬ雰囲気に畏縮しているのか、光が点滅を繰り返し、明暗が交互に訪れる。


「シン、剣を下げて。ゴブリンの…ベルゴさん、でしたっけ。顔を上げて下さい。それはどういう意味ですか?」


 見兼ねて物陰から出てきたフィリップが庇うようにベルゴの前に立ち、彼に問う。その表情かおは困惑していた。


「リリスお嬢様は確かに魔王の血を引く者。魔王の娘にございます。しかしながら、魔王ではございません」

「…成る程な。違和感の正体はこれか」


 一人納得したように呟き、ようやく剣を下げたシンに、未だに話の内容を飲み込めていないフィリップは困ったように尋ねた。


「シン、どういうこと?」

「つまり、こいつの父ちゃんが魔王で、こいつはその血を引いた娘ってだけだ。…今のところはな」


 ようやく話の内容を理解したフィリップの顔からすっと血の気が失せた。


「ま、魔王じゃないの!?ど、どうしよう!?」

「どーもこーもないだろ。焦っても無駄だ。諦めろ」

「そんなの出来るわけないじゃないか!」


 砦に怒号が響き渡る。声を荒げるフィリップに、先程とは打って変わったけだるい表情を浮かべ、シンは煩わしそうに指で耳栓をしていた。


「別に良いだろ。王にはなれねぇけど、それなりの待遇はちゃんと受けるはずだ。仮にそうでなくとも、路頭には迷わねぇだろうよ。何なら、何か手土産に価値のある献上品を差し出せば…」

「そういう問題じゃない!」

「そういう問題だ」

「それを決めるのは君じゃなくて僕だ!」


 シンはやれやれと言わんばかりに肩を竦めるも、結局折れる。


「へいへい。それでどーすんだよ?娘を人質にとったからってのこのこやって来るような相手でもないだろ」

「それはそうだろうけど…」


 言い淀むフィリップに、これ幸いとすかさずベルゴが口を挟む。


「と、とにかく!お嬢様は殺さないでいただけますか?」


 シンはちらりとフィリップに視線を寄越し、彼が頷いたのを確認すると溜め息を吐いて剣を鞘に収める。


「…今のところはな」

「あ、ありがとうございます!何やら、やむおえない事情があるご様子。此処で話すのもなんですから、どうぞ屋敷においで下さい。不肖ベルゴめが、精一杯もてなさせていただきます。リリス様も、それでよろしいですね?」

「え、えぇ…」


 ベルゴの口ぶりはリリスを心配しているというより、この二人を是が非でも屋敷に招き入れたいという風に感じ、リリスはじっとベルゴを見つめる。

 リリスの視線に気付いたベルゴは乾いた笑みを浮かべて、へたりこんだままの彼女の手を取り立たせた。ベルゴの手は緊張からか汗ばんでいて、リリスを立たせると彼は胸ポケットからレースのハンカチを取り出すと、額や手に浮かんだ汗を拭う。


「おいおい、勝手に話し進めんな。オッサンにもてなされたってこっちは嬉しかねーんだよ」

「こら。野宿よりマシでしょ」


 鞘に収めた剣を肩に担ぎ不機嫌そうに言うシンをフィリップが叱る。シルはニヤニヤと口の端を吊り上げて笑みを形作る。


「…それ、俺の意見にちょっと賛同してるよな」

「人の揚げ足を取らない」


 フィリップは咳ばらいを一つして、開いたままの本の背でシンを叩いた。


****


「それで、私を…いえ、父を倒すというのも何か事情があってのことなのですよね?」


 銀製の食器。年代物の葡萄酒。若鶏のグリルに野菜たっぷりのシチュー、焼きたての白パンなどの豪華な食事を終え、ナプキンで口元を拭いながらリリスは尋ねた。


「お前にゃ関係ねぇよ」


 ガリガリと鶏肉の骨をかじりながら、ぶっきらぼうに突っぱねるシンを無視してフィリップは申し訳なさそうにしゅんと肩を落とした。


「魔王を連れて帝国で公開処刑を行う、というのが僕に課せられた使命、というか課題なんです。…王位継承の」

「王子様だったんですか…」

「残念ながらな」


 愕然とするリリスに、シンは素直に頷いて同意を示す。言われ慣れているのか、自分自身もそう思っているのか知らないが、フィリップはただ苦笑している。

 健気なその様にリリスが心打たれていると、フィリップは苦笑を浮かべながらさらりと。


「五十歩百歩かな」


 そう笑顔で言ってのけた。


「……………。」

「俺よりタチが悪いよな、ホント」


 衝撃のあまり言葉を無くすリリスに、慣れているシンは平然と笑っている。


「しかし、今になって何故父を…?」


 リリスの問いにシンは一つ頷いた。


「今になって何故魔王をどうこうするっていうのは、端的に言えば次の勇者が現れちまったっていうのと、奴さん――魔王が第二次種族戦争を起こさんとしているって情報がまことしやかに囁かれているからだな」

「第二次、種族戦争…」


 リリスはぼんやりとその言葉を反芻する。現実味のない言葉はやがて空気に溶けて消える。


「何故そんな噂が…、お父様が、そんな言い掛かりをつけられなければならないのですか!?」


 重くのしかかる現実に耐え兼ねたようにリリスは机を叩き、勢いよく立ち上がる。食器が小刻みに震えた。


「まぁ、落ち着けよ。こっちだって何も根拠無しに言ってる訳じゃねぇ。そもそも魔王が帝国の召集に応じ、姿を眩ませなければこんな噂はたたなかったんだ。しかも、輪をかけるようにして次代勇者も選ばれちまった。役者は揃い、悪夢の再来なんて見方をされても仕方ないだろ?

 初代勇者が死んだっていうのもあって、帝国は神経を尖らせてた訳よ。そんな中、この村の領主が変わったとの噂を聞く。魔族の寿命ってのは魔力の量によるんだろ?スゲー魔力を持ってる奴は一世紀以上生きるらしいじゃねぇか。初代勇者に魔力の半分以上封印されたにもかかわらず生き続けた輩が、寿命で死ぬってことはないだろうと帝国は踏んだんだな」

「シンの言う通り、異変に気付いた帝国は魔王に召集願いを出したんだけど、結局魔王は現れなかった。

 あまり考えたくはないけど、初代勇者の死によって魔王にかけていた魔力の封印が解けた可能性が高いと判断され、第二次種族戦争を起こすつもりなのではないかと言われているんだ。

 でもね、建前上は公開処刑なんて言ってるけど、それはあくまで魔王が黒だった場合であって、帝国としては出奔の理由と出来れば種族戦争について知ってることを話してもらえればそれで万事解決なんだよ」

「そう、なのですか…」


 脱力したようにリリスはストンと椅子に座った。


「そんな重大かつ重要な問題を含んだのが王位継承の課題っつー不謹慎なのに盛り込まれて霞んでみえるがな」

「だ、だから課題なんだよ!やっぱりそういう偉業を成し遂げてこそ王様に相応しいみたいな…」


 あれこれとそれらしいことを言って言い逃れるフィリップをシンは鼻で笑う。


「――かつて、国を七つに分ける原因となった種族戦争の発端は未だに分かってねぇ。だが、アレのせいで人間と魔族の間には深い溝が出来ちまった」


 シンの説明をフィリップが引き継ぐ。


「初代勇者により人間側は種族戦争で勝利をおさめたけど、だからといって何かが変わる訳ではなかったんだ。どちらも等しく住家を追われ、居場所を無くし、長い年月を経て各々の国を築き上げて何とか一時的な平和を取り戻した。これが今の歴史だね」

「迫害において、身体能力において分のある魔族と対等の立場にしたって点は、人間側の勝利によるささやかな結果と言っても過言じゃねぇ。もし、人間が魔族に負けていたなら人という種は滅んでいたか、奴隷になってたかもな」

「そ、そんなのおかしいです。昔は一つの国の元で共存していたのでしょう?」

「心なんてのは簡単に移ろう。何の不思議もねぇよ。とにかく、そこんところが分かりゃ、もしかしたら和解の糸口が見つかるかもしれねぇし、防ぎようもあるかもしれねぇってこと」


 訳知り顔で言うシンに言い返す言葉が見当たらず、リリスは悔しく思いながら矢継ぎ早に次の質問をした。


「…じゃ、じゃあ、勇者というのはどうやって決めるのですか?」

「次から次へと言葉尻に疑問符付けなきゃ気が済まねぇのか、お前は。本当に無知だな。町民Cが王子って聞いた時もこの世は終ったとばかり思っていたが、ここまでくると救いようがねぇ」

「べ、ベルゴが何とかしてくれているから良いんです!」

「貧乳・無知に加えて無能か!つくづぐっ…!」

「シン、調子に乗らない」


 隣で悶絶するシンをよそに、ズズッ…と食後のコーヒーを啜りながらフィリップは彼の足を踏んで釘を刺す。


「…それで、さっきの質問だけど、先代勇者は特殊な魔具を使った『召喚の儀』と呼ばれるものを行って、他の世界から呼び出したらしいよ」

「異世界から呼び出すなんて…。そんなことが可能なのですね…」

「この世界は穴ぼこだらけって言うのかな?他の世界との境が極端に薄いらしいんだ。だからゴブリンやオーガなどの多種多様な種族が存在しているらしいよ。その境を越えてね。因みに、シンは勇者の剣に選ばれたんだ」


 ちらちらとシンの顔色を窺いながらフィリップは熱の篭った弁舌を振るう。


「剣に、選ばれる…。さっき言っていた願いを叶えるというのは?」

「シンは僕の護衛であり、目的達成に必要な重要人物だから、成功報酬というか、ご褒美というか…まぁ、そんな感じで…」


 途端に歯切れ悪く答えるフィリップにリリスは首を傾げつつ、更に追究しようとした丁度その時、ベルゴがワゴンにデザートを乗せて運んできた。


「本日のデザートはプリンでございます」

「本日の、デザートねぇ…」


 ティースプーンをくわえながら鼻で笑うように言うシンを行儀悪いよと諭しながらフィリップは首を傾げた。


「どうかしたの?」

「いや、何が嬉しくてオッサンの手作りプリンを食べなきゃならねぇのかと思うと悲しくてな」

「なら、私が代わりに…」


 食べます、と言いかけたリリスをやんわりと制し、ベルゴは時計を指差した。


「リリス様。そろそろ夜も更けてまいりましたから、今日のところはお話しは終いなさって下さいな。お風呂の用意が出来ております。お客の二人も湯舟に浸かり、どうぞ旅の疲れを癒されては如何でしょうか?」

「ほ、本当ですか?じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」

「俺はベルゴのオッサンに確認してぇことがあるから先行け」

「では、ベルゴに代わり、私が案内しますね」

「えへへ。お願いします。シン、ご近所迷惑になるから、あんまり遅くならないようにするんだよー」

「いちいちうるせーんだよ、母さんか、お前は!つか、森の中だからご近所も何もねぇっつーの。とっとと行け、去れ!しっしっ!」


 犬でも追いやるように威嚇するシンに分かったよと苦笑しながらフィリップはリリスの後に従い、部屋を後にする。


「私はリリス様に聞かれされしなければ別に構わないのですが…」

「あのアホは隠し事が出来ないからな。絶対にバレる」

「左様でございましたか…。お心遣いありがとうございます」


 恭しく一礼するベルゴを一瞥し、シンは机にどかりと腰を落ち着けるとさりげなく室内を見回す。


「やっぱりアンタが領主に代わって働いていた訳か。貧乳娘に何言っても通じねぇし、かと言って領主が機能してなきゃ、このご時世とっくに無くなってるような村だ」

「はぁ。リリス様のお父上、貴方達の宿敵であらせられます現魔王レイモンド様はリリス様が幼少の頃に突如姿を消してしまいまして…。かと言って、リリス様はまだ幼く、領主の任は荷が重いと判断しました。加えて世間を知らぬ身でございますから、やはり…」


 ベルゴはその後の言葉を濁したが、リリスは領主には向かないと暗に告げていた。


「それでも、世間を教えとくべきだろうよ。まさか、アンタはずっとこのままだなんて甘い幻想を抱いてたのか?

「それは…」

「まっ、今日招待したのはその保険なんだろうがな」

「…………。」


 ベルゴは冷や汗をかきながら黙している。


「これでも大方の事情は察したつもりだぜ。今日の飯だって材料集めるのに苦労したろ?此処に限らず何処も不作だ何だと大変だからな。畑仕事なんてやるだけ無駄だ。此処はまだ大丈夫そうだが、村の蓄えはもうすっからかんでもって、あの貧乳、菓子食ってんの村人に見られてるだろ?スゲー怒ってるぜ」

「…存じております」


 懺悔するようにベルゴはゆっくりと言葉を吐き出した。


「貴方様が砦に篭っていらっしゃったのは、自ら手を下す必要がないとお思いになったからではありませんか?いつ噴火してもおかしくない火山に近付く者はいないでしょう」

「そうか?魔族に人間が勝てる訳無いと思ってるぜ、俺は」

「…ならば貴方は仲裁に来た?」

「馬鹿言え。揉めてる最中に俺様が颯爽と現れて魔王を倒したら感謝されまくって、ついでに礼金もふんだくれるだろ?」

「つまりは、喧嘩両成敗ですか」


 ベルゴの笑みを含んだ物言いにシンはたちまち呆れ顔になる。


「オイオイ、人の説明をちゃんと聞いてたか?」

「見ての通り、私もすっかり年老いております故、耳が遠いのが難点でございます」


 面白くない、と言わんばかりに舌打ちしてからシンは机から下りる。


「生憎、こちとら慈善事業じゃねぇんだ、今日のところはそっちの好意に甘えさせてもらうが、朝には出て行く。あの貧乳も馬鹿だが、アンタはそれ以上の馬鹿だ。俺にはアンタが何がしたいのかさっぱり分からねぇ。翌朝以降は自分でケリつけろ」


 乱暴に閉められた扉の音が室内に響き渡る。


「…全くもって、左様でございますな」


 しばらくして、誰に向ける訳でもなく、ベルゴはしみじみと噛み締めるようにひとりごちた。

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