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暴君勇者と良心的な魔王  作者: ノア
旅路編
26/26

◇魔王降臨 Ⅸ

「何も帝国の派閥だけとは限らねぇ。いろんな奴の思惑とか利益とか、色々あんだよ」

「フィリップも、狙われたりするのですか?」

「一応、王子だからな。町民Cの場合、継承権絡みじゃ今に至るまで刺客なんて片手で数えられるくらいしか来てねぇぞ。そもそも第四王子っつー何とも微妙な位置にいるし、平凡だし、仮にあいつが帝王になったらなったで周りも手懐けやすいって思ってんだろうな」

「まぁ、それも一理ありますよね。でも、フィリップは腹黒いですから、そうなったら後が怖いです」

「だな。容赦しねぇぞ、ぜってー。あぁ見えて意外と用心深いというか、臆病の度が過ぎて周りを信用するってことをしねぇからな。視野が狭いっつーのもある。おまけに石頭だしよ」

 その場面を想像したのか、シンは可笑しそうに笑ってリリスに同意する。

「でも、シンは信用されてますね」

「それなりに長い付き合いだからな」

(あれ? フィリップは、一二年の付き合いだって言ってませんでしたっけ? シンのことだから、時間云々の問題じゃないということでしょうか)

「おい、聞いてんのか?」

「は、はいっ……!」

 フィリップとシンの微妙な話のズレに悩んでいる間に話はどんどん先に進んでしまっていたらしい。相槌を打ってこないリリスを怪訝思ったのだろう。リリスの顔を覗き込むシンに、リリスは顔を真っ赤にしながら何度も首を縦に振った。シンは不思議そうな顔をしていたが、すぐに気を良くして話しを続ける。

「まっ、そんなこんなで良い奴ではねぇし、いちいち癪に障る物言いだし、ヘタレで弱ぇーし、俺しか友達いねー寂しい奴だけど、よろしく頼む。……お前に頼むのもおかしな話しだが、頼む。支えてやってくれ」

「ふふっ、シンもフィリップの他に友達いないじゃないですか。分かりました、他ならぬ俺様暴君勇者の頼みですから。そうでなくとも、ルーナやフラン――勿論シンもフィリップも、皆、私の大切な友達です」

 リリスの返答に、シンは大きく目を見開いた。そして呆れたように小さく笑う。

「友達は脅したりしねぇよ」

「敵は敵に対して頼み事などしないでしょう?」

「他に頼めそうな奴がいなくて、尚且つ相手がチョロそうだったら、頼み事くらいする」

「……友達にはなれませんか?」

「帝国に行って、それでもまだお前がそう思うんだったら、いいんじゃねぇの」

 シンはチッと舌打ちしながら、ぶっきらぼうに答える。最近分かってきたが、どうやらシンはしんみりした空気が苦手らしい。

「お前は楽観的過ぎんだよ、バーカ。ちったぁ、先のこと考えろっての。そこがお前の食い気以外の長所でもある訳だが。……後で後悔しても遅いんだからな」

「シンは、意外と心配性の上に世話焼きですよね」

「周りがお前みたいに生活能力が欠如した上に

自堕落なのばっかだったからな」

 その声色は過去を懐かしむようにとても優しく、風になびく黒髪の隙間から覗く笑顔は痛々しかった。彼のそんな表情を見ていたくなくて、リリスは無理矢理話題を変える。

「そ、そういえば、フランと一緒ではないのですか? 看病してもらっていたと、サシャさんから聞きましたが……」

「ん? あぁ、フランなら部屋で寝てるぜ。看病と歌の礼に赤マントを繕ってやったんだ。暇だったからな。ほら、タバランの騒動の時に大分ボロくしちまったから。結果、ケープになったが余程お気に召したらしくてな。はしゃぎ疲れてそのままぐっすりだ」

「フランも案外子供っぽいところありますよね」

「逆に、ガキでしかねぇだろ。さて、そろそろ戻んぞ」

「そうですね、流石に冷えてきました……」

 二の腕を擦るリリスに、バーカと返し、シンは金具に手を伸ばした。――が、触れる寸前で

弾かれる。

「なっ、結界……?」

 シンは珍しく狼狽した声を上げ、慌てて中の様子を覗き見る。ロヴェンは住民達にワインなどの酒を配り歩き、ヘレンは空いた皿を重ね上げて片付けている。二人とも結界の存在には気付いていないようだ。

「フィリップが近くにいるはずです!」

「逆は出来ても内側からじゃ外の様子を探るのは無理だ。仮に俺とお前が話してる最中に張られたとするなら、結界が解かれない限り違う動作をしていても俺等が並んで話してるようにしか映らない」

「そんな……。あっ、それなら私の魔具で」

 リリスは思い出したようにブレスレットに触れるが、何も起こらなかった。

「移動は、出来ないみたいですね……。か、貫通は……」

「止めとけ、今ので分かっただろ。魔法対策もバッチリだ。いいから下がれ――来る」

 結界に触れようとしたリリスの手首を掴んで止めさせると、シンは踵を返してバルコニーの手摺りの前に立つ。いつの間にか、その手には剣が握られていた。

「来るって……まさか」

「あぁ。破れるぞ」

 その声を合図に、ピシッ……と氷にヒビが入るような嫌な音が聞こえ始めた。目の前に広がるアークティーの街並みに亀裂が入り、 やがてガラスが砕けたような甲高い音が鳴り響く。


****


「二人とも、いつまで話してるつもりなんだろう……」

 フィリップは、肩を並べて話している二人の後ろ姿をカーテン越しから眺めていた。リリスがバルコニーに出てから、かれこれ十分以上経っている。このままではいくらリリスといえど風邪を引いてしまうし、シンに至っては既に体調を崩しているのだから悪化してしまう。そうは思っていても、二人の間に割って入る勇気はないので、こうして見守っているのだが。

 しかし、帝国を前に二人して体調を崩してしまっては元も子もないので、意を決して金具に手を伸ばした時だった。

 突然照明が点滅を繰り返し、やがてバチンッと大きな音をたてて消えた。演奏が止み、辺りは暗闇に包まれる。

「て、停電……?」

 思わずその場にしゃがみ込んで明かりがつくのを待ったが、いくら待っても復旧する気配はない。予備電源が機能しないということは屋敷の設備に何らかの問題が起きたのだろう。

 音のない世界。黒く塗りつぶされた視界で、誰も取り乱さないことに感心し――やっと気付いた。

「もしかして、誰もいない?」


****


「――ミレア、下がって」

「そんな、結界が破られるなんて……」

 がく然とするミレアを庇うようにサシャは彼女の前に立つ。結界が破られたことで、辺りを取り巻く魔族の魔力が直に伝わってくる。

 彼等の魔力が大気を震わせ、まるで怒りを体現するかのように空気が張り詰めていくのが分かる。

 ミレアに屋敷に戻るよう声をかけようとした矢先、こちらの思考を読んだかのような頃合いで、上から声が降ってきた。

「流石はスィロン家の結界だけのことはある。完全に破れるまでもうしばらく掛かるな。あーそうそう、屋敷にも結界張られちまったから、今んとこ中には戻れねーぞ」

「シン・キリタニ!? い、いつからそこに!?」

「お前等がお手々繋いで仲良く屋敷から飛び出してきたところからだ。まっ、それはどうでいいとして、お前の魔具ならスィロン本邸の武器庫からでもなんでもいいからサシャに剣貸してやれ。売っちまったらしいから丸腰だ」

「それでよく下がれと言えますわね」

 ミレアの冷ややかな視線に見栄くらい張らせてよと笑って返せば、そっぽを向かれた。

「お言葉ですが、剣を出すまでもないと思いますわ。まだ、防衛魔法があります」

 ミレアの声に応えるように、魔法陣が赤く輝き出した。門の魔法陣は大元の魔法陣の一部でしかないようで、発動時の魔力の光で屋敷は赤く照らされる。

 八方から花火のように屋敷の頭上へ集まった光が流れ星を思わせる赤い軌道を描きながら向かった先は結界越しに見える魔族ではなかった。

 轟音をたててバルコニーが決壊し、大小様々な破片が崩れ落ちる。砂塵で濁った視界の中、白い光がゆっくりと地面に降りた。

「っぶねー……。おいおい、容赦なさ過ぎだろ」

 リリスは驚きのあまり足に力が入らないらしく、その場に座り込んでいる。シンは 引き攣った笑みを浮かべたまま地面に突き刺した剣を引き抜くと、二人を守るように包み込んでいる白い光は消え失せた。

 頭上ではまだ凶星が輝いていたが、続け様に第二波が来るということはないようだ。今が好機と、ミレアとサシャは二人の元へ駆け寄った。

「どうして私達を……。もしかして、魔族に――私に反応しているのでしょうか?」

「それは有り得ませんわ。この魔法は 極めて精密で高度な自動魔法オート・マジック。 種族関係なく、 屋敷の者の許可を得て門を潜った時点で攻撃対象から外されます。仮に許可が無かったとしたら彼も攻撃対象になりますが、 そうではないところを見ると貴方達のどちらかが標的なのでしょう」

「となると、誰かが何らかの狙いがあって書き換えたか」

「そんなこと出来たっけ?」

「理論的には十分可能らしいぜ。レイが言うんだ、間違いねぇだろ」

「レイというのは……?」

 リリスが、一体どなたのことでしょうかと誰に言うわけでもなく呟くと、それを聞いたミレアが説明し始める。

「クレイ・ローレッジ。帝国の第二王子ですわ。魔法で彼の右に出る者はいないと言われるほどの才能の持ち主ですが、少し変わった方ですの。それで、彼は何と?」

「発動する前ならば、いくらでも。言葉のように、実体の無いものはねじ曲げることも捕らえることも不可能だが、少なくとも文字は視認出来る。尤も、その魔法の知識が無ければ書き換えることは出来ないが、とのことだ」

「でも、 式を見る限り、ミレア様の言う特殊な結界も、この魔法も、大元の魔法の一部です。つまり、この魔法はスィロン家が開発した創作魔法オリジナル。魔力だけでどうにかなるものではありません」

「 例え魔力があっても、一筋縄では行かないってことだろ。それが魔法に対する知識っつーことだ。この結界は、今発動してる魔法の一部か?」

「違うと思います。魔法は特殊な結界が崩れることによって発動する仕組みになっているようですが、今、屋敷を覆っている結界は特殊な結界が崩れる前に発動していましたから」

「ってことは、いよいよ不吉だな。――おい、サシャ、ミレア! 今から露払いと屋敷の魔法を無効化する! 異論ねぇな!?」

「構いませんわ、私が許可します」

「シン、お前まだ……」

 体調が、とサシャが言い切る前にシンはサシャの胸倉を軽く叩き信じろと笑う。そう言われてしまえばもう口をつぐむしかないので、言葉の代わりに嘆息が漏れた。

「貧乳、お前も魔族だから多少影響を受ける。しばらく力入んねぇだろうから無理すんなよ」

「でも、特殊結界に比べれば結界は張ってありますし、サシャさんもミレア様もシンもいます。結界は解かない方が……」

「向こうの目的は二つある。その内の一つは、お前の奪還だ。俺等が外でドンパチやってる間にお前を連れて行くつもりだったんだろうが、お前まで外に出ちまうとは向こうも予想外だったろうな」

「まさか、お父様が来ているのですか……? だから、フィリップもシンも殺すつもりでこんなことを……」

 だったら良いけどよ、とシンは誰にも聞こえないような音量で――リリスにだけ届くように小さく呟く。

 驚きのあまりリリスはシンの顔を凝視してしまったが、シンは素知らぬ顔をしてそっぽを向いていた。

 自分で考えろ。暗にそう告げられているような気がして、リリスは必死にその呟きの意味を咀嚼する。

(それはつまり、魔王は来ているが、殺すつもりではないということですか……?)

 そして、それを敢えてリリスだけに告げるということは、二人に聞かせたくない内容だったということ。

(屋敷の使用人の中に暗殺者がいる?)

 答えは返ってこない。もし、そうなら。シンはどうするのだろう。

「とにかく、俺はとっととこの結界を壊して町民C達と合流する。魔族の相手は頼んだぞ」

 剣を地面に突き刺し、シンは目を閉じてゆっくりと息を吐き出す。閉じられた双眸が再び開かれた瞬間、青白い光が生まれ、一瞬にして辺りを覆った。


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