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暴君勇者と良心的な魔王  作者: ノア
旅路編
12/26

◇タバラン攻防戦 Ⅲ

 ――近々、均衡が崩れるかもしれねぇぞ。

 シンは頭の中でバーンの言葉を反芻した。階段は一段上がる度に軋んでギシギシと悲鳴を上げる。


 ――均衡の崩壊、か……。


 均衡。世界の均衡は既に崩れつつある。となれば、残るは領土しかない。

 領土の不可侵は暗黙のルールのようなものである。正式に決められた規約ではないという理由から領土略奪を行う輩は馬鹿だ。しかし、一理ある。

 種族戦争が終わり、かつてノスタジア大陸を一つに束ねた大国は、七つの国――帝国ブリュンヒルト、ガーナ王国、グランバルト軍事主義国、ラフェル王国、神聖ストラ共和国、ミルニスタ国、シャムノーラ皇国に分かれた。問題は、領土が平等、もしくは均等ではなかったという点だろう。

 階段を上り終え、シンはキョロキョロと辺りを見回した。階段を上がり終えると廊下が続いており、両端が客室になっている。計十二部屋と意外に部屋数は多いが建物の奥行きから鑑みるにあまり部屋は広くないのだろう。


「あいつ等はどの部屋に居るんだろうな。しかし、気配も音もねぇってどうよ」


 シンはボリボリと頭を掻きながらしばらくその場で立ち止まっていたが、だからといって事態は何も変わらなかった。舌打ちして、渋々一部屋一部屋回り始める。その間にも頭の中では均衡崩壊――領土侵犯について思考を張り巡らせていた。


 ノスタジア大陸の三分の一の領土を有する北東が拠点の帝国ブリュンヒルト。ミルニスタも東の一角を本土としているが、帝国の領土を一部譲渡という形で建てられた国である。ガーナ王国と軍国は南、ラフェルが南西、シャムノーラとストラが西を本土として国を建てた。当然、領土の規模や環境は異なり、所有する領土の優劣が国の命運を分けるといっても過言ではない。

 元より不毛不作の地である西の大砂漠に国を建てたシャムノーラとストラ辺りは厳しい状況に追い込まれているだろう。場合によってはミルニスタと同じ運命を辿ることになる。領土侵犯をする理由から考えてみれば、やはり西の国々を疑わざるおえない。

 そう思いながら右側一番奥の部屋のドアノブを捻り、ドアを開く。


「あっ、シン。遅かったね?」


 ドアが開いたことで、ドアが接触した部分の結界に波紋が広がる。それに気付いたフィリップが読んでいた書物から顔を上げた。


「やっぱ結界張ってたか。道理で気配も音もしないわけだ。酔っ払いの絡みっつーのを振り切るのは大変なんだよ。んでもって、何処の部屋か知らねぇんだからドア開けとくとか少しは気ィ利かせっての。んでもって、テーブルに座るな」


 嘆息しながらシンは室内を見渡す。やはり、居場所を感知されないように、部屋のドアの手前ギリギリの範囲で結界が形成されていた。そして予想通り、部屋は狭く、ベッドとサイドテーブルが一つ置かれているのだが、それが部屋の半分の面積を占めている。

 後は何もないに等しく、フィリップはだって椅子が無いんだもんとぶつぶつ言いながら腰掛けていたサイドテーブルから立ち上がった。

 どんなに安い宿屋でも、インテリアとしてのテーブルや椅子なら置かれているものだ。例えそれがボロくて使い物にならなくとも。どうやら、バーンは客が来ないのを良いことに全ての客室の椅子やテーブルを下の居酒屋に回したらしい。そんな彼もベッドにだけは金をかけたようで、この宿にそぐわぬ小洒落たスプリングベッドの上でフランが楽しそうにビョンビョン跳びはねていた。

 シンの指摘に、フィリップはあっと声を上げて、たちまち申し訳なさそうな表情を浮かべると肩を竦める。


「ごめん……。あぁ、リリス達は向かいの部屋にするって。とりあえず今は一緒にいた方が安全だから同室してるけど」

「そういや、貧乳は?便所か?」

「そこでキノコ生やしてる」


 シンの問いにフランは相変わらず飛び跳ねながら窓とベッドの間を指差す。シンは明白に面倒臭さそうな表情を浮かべ、そうかと頭を掻いた。


「シンが来た後に結界張ろうと思ったんだけど、リリスがこの調子じゃ、前みたいに魔力を漏出して火事になったら大変だからね。その防止も兼ねて先に結界を張ったんだ」

「そーかよ。んじゃ、早速買い出し行ってくるから、お前等は大人しくしてろよ。貧乳の服は適当に何か買って……」

「荷物持ちとしてついて行きます」


 負のオーラを放つ隙間から手が挙がる。


「……別に、変なの選ばねぇよ」

「いえ、ついて行かせて下さい」

「本当に行くのか?」

「行きます」


 頑として譲らないリリスを説得は時間の無駄だと悟り、ため息を吐きながらシンは折れた。


「ったく、勝手にしろ。フラン、俺の代わりにフィリップの護衛頼んだぞ」

「うーっす、任せて~」


 安請け合いするフランにフィリップは心底不安な表情を浮かべ、早く帰って来てという哀願の視線をシンに送る。


「……貧乳。結構買い込むつもりだから覚悟しておけよ」

「魔族ですから大丈夫です」


 シンは気付かなかった振りをしてフィリップからわざと視線を逸らし、口元に微かな笑みを浮かべながらリリスに声を掛ける。そのやり取りを知らないリリスは、意気揚々とガッツポーズを決めた。



「おっ、何だ、出掛けるのか? それも二人きりで。うらやましい限りだ」


 階段の軋む音で二人が降りてくるのに気が付いたバーンは、頬杖をついたままニヤニヤと笑いながら冷やかしを入れる。

 リリスは宿屋の主人が何故羨ましがるのか分からず、小首を傾げた。二人でお買い物。シンと二人で。……二人きり?


 ――それって、つまり。


(で、デデデデデートッ!?)


 血が沸騰しているのではないかと思うくらい全身が熱くなり、心臓がバクバクと早鐘を打つ。

 いや。いやいやいや、落ち着きなさい、リリス・ローズマリア。魔王の娘たる者、これしきのことで動じてはいけません。二人きりだからデートと考えるのは安易過ぎる。お友達と一緒に買い物したりしますし、異性と二人きりで買い物したりだって……!


「ふざけんな、ハゲ。アルコールの過剰摂取で頭イカレたか?」

「そっ、そうですよ! そんな訳ないじゃありませんか!」

「仲睦まじいねぇ。何なら恋人に人気の観光名所教えようかぁ?」

「うっせぇ。ハゲの妄言に付き合ってる暇はねぇんだよ」

「だよなぁ~。彼女と付き合ってるんだもんなぁ」


 バーンの冗談にリリスの顔は耳まで赤くなる。そんなリリスにバーンは一瞬だけ目を見張り、浮かべた笑みを更に深め、満更でもねぇってかと小さく呟いた。リリスの前に立っているシンは訳が分からず、にやけ面のバーンに猜疑の視線を送る。


「……何笑ってんだよ」

「俺もオメェくらいの歳くらいの頃は髪もふっさふさで女もわんさか居たもんだと淡い回想をだな」

「走馬灯か」


 そんな二人のやり取りが行われる中、リリスは一人悶絶していた。


(ない、ない、ないです! そんなの聞いたことがありません!でも相手はシン。異性として意識せずに普通に男友達して見れば……。性格もがさつですし、へ、変に意識することなんて……)


「何、ジタバタしてんだよ。さっさと行くぞ」

「え……、あの、は、はい……」


 シンに腕を引っ張られ、リリスはしどろもどろに返事を返す。そのまま引きずられるようにして宿屋を後にした。

 リリスは赤面しているのをシンに見られないよう、なるべく視線を下げる。すると、リリスの手を包むようにシンが手首を掴んでいるのが目に入り、顔から火が出るのではないかと思うくらい熱くなった。


「ったく、見せつけてくれるじゃねぇか……」


 バーンはしみじみと呟き、俺も二十前ならあんな風に女を連れ立って出掛けたものだと懐古浸りながら酒を煽る。それから自身の頭をつるりと撫でて、ジョッキに入っていた酒を一気に飲み干した。


 宿屋を後にした二人は大通りを目指し歩き出す。相変わらずシンはリリスの手を掴んだままなので、早足かつ大股で歩くシンについて行くのに、リリスは転ばないように気をつけてながらも懸命に足を動かす。

 観光区だからなのか、すれ違う人はなく、皆、大通りでの買い物に精を出しているようだ。


「なぁ、箱入り娘でも種族戦争の話くらい知ってるだろ?何か魔王から聞かされてねぇのか?」

「特に、これと言ったことは……。その、前にも言いましたが、お父様は魔力を半分失って、それに激怒したお母様が離婚の手配を着々と進めていましたから……。どちらかと言えば、その手の話なら嫌というほど……」

「すまん、悪かった」


 声のトーンを落としたリリスを気遣い、バツが悪そうにシンは謝った。


「お前の母さんは何処に住んでるんだ?」

「今は東のミルニスタという国に住んでいます。ローズマリア家の屋敷は元よりあちらに建てられているので」

「失礼ついでに聞くけどよ、ローズマリアの屋敷にお前の母さんが住んでるってことは、ローズマリアは母方の姓っつーことだよな?変えたのか?」

「いえ、人間とは違い、魔族は生まれた赤子の性別によってその子が母方と父方、どちらの姓を継ぐか決められています。もし私が男の子だったなら、姓はローズマリアではなく、お父様の姓であるクロウレイになっていますね。離婚してもそれは変わりません」

「つまり、親の地位の継承も男女で異なるってことだよな。魔王はお前の父親に当たるが、お前は女だから母親の――ローズマリア家の当主としての地位を継ぐことが出来るが、逆に魔王――父親の魔族の頭領としての地位を継ぐことは多分、出来ないんだろ?」


 シンの物分かりの良さに舌を巻きながらリリスは頷く。


「はい。ですから、父の死後は父の次に力の強い魔族の方が魔王の地位と称号を継ぐことになるでしょう。……あの、シンのご両親はどちらに住んでいらっしゃるのですか?」

「母親はとっくに死んだ。父親は多分生きてると思うが、スゲー遠くに住んでるから会ったことねぇな」

「ご、ごめんなさい……」

「謝ることじゃねぇだろ、お互い様だ。なぁ、貧乳。興味本位で聞くが、空間魔法の魔具に別の空間に人や物を転送出来るような類の物は存在するのか?」


 シンの問いにリリスはあくまで私見に過ぎませんが、と前置きしてから話し始めた。


「前にフィリップが、帝国が勇者を呼び出す際に行う召喚の儀は特殊な魔具を用いると言っていましたよね。異世界から呼び出す、ということは、言うなれば異世界――異空間に干渉することの出来る強力な空間魔法を秘めた魔具は確かに存在しますから、恐らくは……」


 そうこうして話している内に、二人は大通りの手前に到着していた。

 タバランの街の閑散とした雰囲気は、この通りには全く感じられない。此処だけは行商街の名に相応しい熱気と喚声が渦巻いていた。


「本当に行くのか? 嫌なら宿に戻ったって良いんだぜ?」


 行くのを躊躇うように軽く手を引いたリリスに再度シンは問いかけ、対してリリスは首を横に振る。


「……行きます」

「そーかよ。分かってると思うが、あんまり喋んなよ」


 そう言ってシンは人でごった返す大通りを掻き分けるようにして進む。リリスも後に続いた。


「ねぇ、シン」

「チッ」


 返事の代わりに舌打ちが返ってくる。

 周りの騒音に掻き消されず、自身の声がちゃんとシンに届いたことに安堵し、同時に肩を落とす。シンの背中は「何、言ったそばから話しかけてんだよ」という苦情をありありと物語っていた。

 予想通りの反応だが、だからといって傷付かない訳じゃない。ちょっとだけ尻込みしながら、リリスは握られた手に力を込めて話を続ける。


「甘い考えなのは、分かっています。もし、もしもですよ? この世界の異変や種族戦争のことを話してくれたことで解決の糸口が見付かって、少しずつこの異変が収まったなら、奴隷なんて必要なくなりますよね? あの子達は、救われますよね?」


 リリスの嘆願に、シンはしばらく無言で歩いていたが、握られた手に少し力が込められた気がした。やや間があってからシンは口を開く。


「そうだ、と断言は出来ない。極端な例だが、お前等だって日常生活で魔法を使うことがあるだろ?俺は魔力がねぇから魔法は使えねぇが、便利な道具に頼る。それが悪いとは言わねぇけど、人間も魔族も皆、楽をする方向に流れるんだ。だから、例え異変が治まっても奴隷は消えねぇかもしれない。けどよ、今より少しはマシになると思うぜ。…お前の言う通り、俺もそう思いたい」


 そう言って不意にシンは足を止めた。リリスは危うくシンの背中に追突しそうになるのを何とか踏み止まって堪える。


「シン?」


 リリスのどうしたのですかと尋ねた声は奴隷商人の大声に掻き消された。


「次は女児! 痩せちゃあいるが、そこは多めにみてくんなせぇ。肌の張り艶も良好、血色も良い健康体だ。仕事の手伝いをさせるも良し、夜のお供にするも良し。さぁ、皆々様! いくらでお買い上げなさりますかな?」


 シンと群衆の視線の先には搬送用の大きめの木箱の上に立たされた奴隷の少女が居た。腰まで伸びる艶のいい紫紺の髪と薄紫色の瞳が印象的な六、七歳くらいの幼い少女だ。


「あいつ……」


 シンは呟き、スッと手を挙げた。人差し指と中指と薬指を立て、低い声で言う。


「金貨三枚」


 周りは水を打ったように静まり返った。他の奴隷の買収を競っていた群衆も皆一様にシンを注視する。

 提示された破格の額に、奴隷商は興奮を抑え切れないとばかりに上擦った声で叫んだ。


「きっ、金貨三枚! さぁ、彼を上回る買い手は現れるのか!?」

「金貨四枚!」

「金貨四枚と銀貨五枚!」


 奴隷商人の口車に乗せられた見物客達がこぞって手を挙げ、価格を競い始めた。端からその様を見つめ、シンは愚かな群衆を鼻で笑った。

 一体、それほどの大金を何処でどうやって稼いだのか。叩けば埃の出る金か、過去の努力の賜物か。案外、その場の空気で見栄を張っている奴も中にはいるだろう。自分が手を引けば、彼等の中の誰かが額に見合わないあの少女を買う羽目になる。虚勢が露見して青ざめた買い取り人の姿はまさに見物だが、万が一金を持っていて本当に買われてしまっても困る。

 群衆の視線は再びシンに注がれた。こうなれば、一体どちらが見世物なのか分かったものじゃない。


「金貨五枚」

「売ったッ! 金貨五枚! さぁ、支払いが先だ」


 奴隷商には目もくれず、シンは横目で少女を見たまま無造作に地面に金貨をばらまいた。奴隷商人は脇目も振らずに地面に這いつくばるようにしてせっせと地面に散らばった金貨を拾い集めると、奴隷の少女に大股で歩み寄って魔法の詠唱をし始める。


(あの詠唱文は束縛の魔法…)


 束縛の魔法は誓約の次に効力の高い魔法である。魔法の対象が主と定められた者に逆らえば、魔法が発動し、死には至らないが尋常ならざる苦痛を強いられる。

 リリスの目の前で、奴隷商人の口から紡がれる詠唱文は魔力を帯びて翡翠色の文字となって具現化した。そのまま少女の周りを囲うように漂い始める。それをシンが制止した。


「魔法はかけなくていい。転売するんだ、そんなことされちゃ商品の価値が下がる」

「へへっ、何だ、アンタ、同業者か。今が稼ぎ時だもんなぁ。……ほら、さっさと歩けっ!」


 奴隷商人が詠唱を止めると、具現化した文字は光を失い、空気に溶けるようにして消える。急き立てられた少女は覚束ない足取りでシンの前に来た。少女の虚ろな瞳にシンの姿が映る。


「だれ……?」


 少女の呟きに、シンは無言で少女のか細い腕を掴むと一旦大通りを抜ける。そのまま人気のない路地に入ると、顔を覆っていた布を解いた。少女は目を見張り、首を傾げる。


「ぼーくん、まだ、胸おっきくなってないよ?」

「今後に期待しとく。……何だよ、売られちまったのか?」

「赤ちゃん出来たから、どうしてもお金がいるからって」

「そうか。悪かったな」


 少女は、ふるふると首を横に振った。


「ルゥがお願いして、ぼーくんが王様止めてくれた。だから、お父さんが生きてて、ルゥはお姉ちゃんになれた。……それに、シンが買ってくれたからルゥは嬉しい」


 シンは一瞬複雑な表情をしたが、もう一度そうかと頷き、わしゃわしゃと頭を撫でた。少女は嬉しそうにえへへと無邪気に微笑む。


「知り合い、だったのですね」

「まぁな。ガーナでルベアへの道を教えてくれたガキだ。あー……。俺としたことが、町民Cに合わせる顔がねぇ」


 どうすっかなぁと参った様子で頭を抱えるシンをよそに、リリスは少女の前にしゃがみ込んで目線を合わせる。つぶらで何処か虚ろな薄紫の瞳がじっとリリスを見つめていた。


「こんにちは。ルゥっていうのですか? 可愛らしいお名前ですね」

「………。」


 少女は恥ずかしいのか、ささっとシンの後ろに隠れてしまう。


「旅の連れだ。魔族で貧乳だが、害はないから安心しろ」

「ん。よろしく、ひんにゅー。ルーナ、だ」

「あぁ、だからルゥなのですね。私はリリス・ローズマリア。ルゥと呼んでもよろしいですか?」

「ん。じゃあ、ルゥはリーズって呼ぶ。……だめ?」

「全然ダメじゃないです! あだ名で呼ばれるのは初めてなので嬉しいやら恥ずかしいやらで胸が一杯になりますね」


 感極まるリリスに、シンは心底不思議そうな顔をした。


「何言ってんだ、俺はあだ名で呼んでるだろ? 希望で無い胸膨らませてないで、脂肪で膨らませろ」

「それが出来れば苦労しません! シン、ルゥのこともそうですけど、あんなにお金を使ってしまって今後買い物出来るのですか?」

「金なら心配いらねぇよ。……ほら」


 シンはポケットから革の巾着を引っ張り出すと、紐を解き、口を開ける。中にはぎっしりと金貨が詰まっていた。


****


「二人共、お帰りなさい。……どうしたの?」


 夕方。携帯食料や衣服がパンパンに入った紙袋を抱えてリリスとシンが部屋に入って来た。入って来て直ぐに視線を逸らすシンをフィリップが訝しんでいると、フランがシンの足元を指差す。


「ちっこいのがいる」

「ん」


 フランはシンの後ろに隠れているルーナの前にしゃがみ込むと、頭を撫でた。フィリップは眼鏡のフレームを持ち上げてルーナをまじまじと見る。


「あぁ、君は確か……ガーナ王国で会った道案内の子だよね? シン?」


 フィリップは笑顔でシンを見た。しかし、眼鏡の奥の瞳は全く笑っていない。


「反省シテマス」

「シン」

「ごめんなさい」

「珍しいね、シンがこういうことするの。全く、子供に弱いんだから。今回は大目に見るけど、流石に子供を連れて行く訳には……」


 フィリップの言葉にルーナは頬を膨らませ、むくれる。


「町民Cよりは強い」

「比較対象が弱すぎる」

「動物に"ひょうい"出来る」

「憑依?」


 ルーナは、ん、と短く頷いた。


「鳥とか蝶とか犬とか。いろんな景色を見れて楽しいよ。ルベアへの道を知ってたのもそのおかげ」

「へぇ……。すごいじゃん。どうやってやるの?」


 フランはルーナを気に入ったらしく、ベッドに座り膝の上にルーナを乗せながら尋ねる。


「ひょういたいしょうを視野に入れて、後は念じるだけ」

「話を聞く限り、どう考えても魔法の類ではないよな?」

「確かに、魔法ではないよ。フランの脚力や彼女の能力は二人が自分の魔力を上手く管理・調整している証なんだ。勿論、無意識にね。ある種の才能みたいなものかな。魔族の身体能力が人間より優れているのは、彼等が自分の魔力を上手く管理……というより自分の能力に一番適した形で分配しているからなんだ」

「けどよ、それって強化魔法に通じないか?」


 シンの指摘にフィリップは首を横に振って否定した。


「強化魔法は無理矢理その状態にするから禁忌なんだ。体の物凄く柔らかい人が180度開脚出来るのに対し、体の固い人がそこまでやったら怪我するのと理屈は同じだよ。……まぁ、二人とも居て損はないよね。うん、採用」

「おー」

「よっし! じゃあさ、折角だしお祝いしようよ! ボク、ステーキ食べたい」

「ルゥもお腹空いたー」


 足をばたつかせながらお腹が空いたと抗議する二人にフィリップは苦笑しながら、はいはい、分かったよと宥める。


「あー……わりぃ。先、風呂入って良いか? 布巻いてたから蒸れて汗がすげぇんだ。何なら先食ってて構わねぇぞ」

「ルゥも一緒に入る」


 それを聞いたルーナはフランの膝から飛び降り、シンの足元にしがみついた。フランはしまったとばかりに声を上げ、挙手する。


「あ、狡い! じゃあボクは寝所担当ね。リリスは?」

「シンの分のご飯担当で!」


 和気あいあいと盛り上がる女子三人を呆れたように見つめながらシンは止めに入る。


「おいおい、勝手に盛り上がって勝手に決めんなっての。よし、分かった。先に飯食いに行くぞ」

「ぶー」

「そうむくれんなよ。一緒に風呂には入らねぇけど、髪梳かしたりはしてやる」

「ほんと?」


 目をキラキラと輝かせてぴょこぴょこ跳ねるルゥの頭を撫でながらシンはおうよと頷いた。


「男に二言はねぇ。んでもって、先に下行って席取った奴はデザートの注文を許可してやろう」

「「デザート…!」」


 シンの提案にフランとリリスは目の色を変えて、部屋を飛び出して行った。慌ててルーナもその後に続く。


「はっ、チョロイな」

「あはは……。流石、シン。心得てるね……。さて、あまり皆を待たせるのも悪いから出来るだけ手短にお願い」


 嘲笑を浮かべるシンに、フィリップは困ったように微笑んで直ぐさま真顔に戻ると眼鏡を押し上げた。シンは頷き、窓の外に目をやる。


「――タバランは今夜、ストラの奇襲攻撃を受ける。俺達は、袋のねずみだ」

攻防戦と題しているのに、一向に始まらない攻防戦。次回からは攻防戦になる予定です。多分。

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