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暴君勇者と良心的な魔王  作者: ノア
旅路編
1/26

◇Prologue

厄介事に巻き込まれたり、巻き込んでみたりしながら帝国を目指す――そんなお話。

 多様な種族が存在するノスタジア大陸には七つの国がある。

 七つの国々はまるで隙間を埋めるが如く大陸の大地を自らの領土とせんと奪い合った。およそ百年かけてその全てを食い潰した今はちょうど満腹状態にあるが、いつかその均衡が崩れて共食いを始めるであろう状況が何れ訪れることを本能的に察しているからこそ、大陸に住まう者は平和な日々を噛み締めるように過ごしていた。

 そんな大陸の南部に唯一どの国にも属さない領地がある。名をルベア。大陸南部の領土を占めるガーナ王国とグランバルト軍事主義国の国境の隙間と称されるほどのとても小さな領地である。

 ルベアは、かつて大陸を七つの国々に分ける原因となった人間と魔族の争い――後に種族戦争と呼ばれる戦いにおいて魔族の王として大陸にその名を轟かせた魔王の子孫が治めている。領地の七割を森林が占めており、残りは総人口凡そ四十人の農村。そしてそこに住まうのは魔族ではなく人間だった。


 ルベア村の外れにある鬱蒼とした森の奥深くに領主の屋敷はあった。

 濁った鉛色の空の下、乾燥し、ひび割れた大地には十字の墓標が無造作に突き刺さっている。見るからに不気味なその屋敷には村人さえ滅多に近寄らなかった。


「お、お嬢様…。まさか、お出かけでございますか?」


 屋敷の玄関口。驚いて目を見張る執事は、"お嬢様"の気を害さないよう慌ててこほんと咳ばらいして平静を保つ。お嬢様と呼ばれた若き領主は気にする風もなく下ろしたての真っ赤なヒールの靴に足を通しながら頷いた。


「えぇ、今し方ガーナ王国の王から呼び出しを受けました。お父様がいらっしゃらない今、こればかりは私が出向かなければなりせん…のですよね?」


 彼女こそルベアの土地を治める若き領主リリス・ローズマリア。魔族特有の深紅の瞳にダークブラウンの髪を持つ可憐な領主は、俗にいうニートだった。村はおろか、屋敷の敷地内から一歩も出たことがないのだ。筋金入りの箱入り娘である。


「本来ならば向こうがこちらに出向くべきなのですが、何か止むおえない事情があるのでしょう。仕方ありません」


 というのも…。


「心を鬼にして送り出す所存でしたが、ご立派になられて…!今日のおやつはお嬢様の好きなお菓子をご用意しましょう!」


 この執事がリリスに対して甘すぎるからなのだが。


「ほ、本当ですか?それなら一刻も早く帰ってきますね…!それでは、行ってまいります」


 そう言って右手首にはめた銀のブレスレットにそっと触れると、リリスの姿はガーナ王国の城の前にあった。


 特殊な力を持つ装飾品を魔具という。

 リリスの華奢な腕にはめられたこのブレスレットも魔具の一種であり、貫通と瞬間移動を可能とする。


 いきなり現れ、何やらほくほくした様子で門をすり抜けるリリスを門番は唖然としながら見送るしかなかった。その後、互いに顔を見合わせ、門番の一人が発した第一声が


「今の…。綺麗で可愛い娘だったなぁ〜。まさか、あの子がそうなのか?」


 などとだらし無く鼻の下をのばしながら聞いてくるものだから、もう一人の門番はそんな相方に呆れ果てながらも頷いた。


「何のための門番だよ。じゃなかったらとっくに止めてる。しかし、あの子がそうとは…。人は見かけによらないとは、まさにこのことだな」


 そんな会話が繰り広げられる中、リリスは王に会うため城のありとあらゆる部屋をすり抜けながらようやく王のいる部屋にたどり着いた。


「あっ、良かった。ようやく会えました。お初にお目にかかります、王よ。リリス・ローズマリアと申します」

「うおおおぉ!?お、おぉ…。そなたが例の…。遠の遥々お越しいただき…」

「前置きは結構です。用件だけをおっしゃって下さい」


 突如壁から現れたリリスに情けない悲鳴を上げた挙げ句、出鼻をくじかれた王は咳ばらいを一つして、居住まいを正す。そして重々しく口を開いた。


「――最近、各地で勇者が暴れ回っているという話はそなたの耳にも入っていると思うが…」


 耳を疑う台詞に、リリスは思わず聞き返してしまった。


「魔王ではなく?」

「うむ。勇者だ」


 自慢のちょび髭を撫でながら、あっけからんと王は頷く。

 そもそも世間を知らぬリリスが知る由もないのだが、勇者が各地で暴れ回っているという話はここ最近に限ったものではなく、一年も前から囁かれていた。


 ある国では国家を転覆させた革命児と称賛され、またある国では重罪人と指名手配されている。真偽の程はさだかでないが、一つ確かなことは彼が勇者であるということだ。

 豪快にして豪傑。畏怖と親しみを込めて、人々は彼を暴君勇者と呼ぶ。


「今となってはそなたに流れる魔王の血が頼り。是非ともそなたに勇者を倒してほしい」


 いくら世間知らずなリリスでも、王直々の願いを無理ですと一刀両断する勇気は流石になかった。


***


 先程とは打って変わり、意気消沈した様子で城を後にしたリリスを門番はしみじみと見送りながら溜め息を吐く。


「相変わらず綺麗で可愛いな〜」

「はいはい。いい加減聞き飽きたぞ。何なら声でもかけりゃ良かったのに」

「止めとけ、止めとけ。ありゃ男だ」


 予想外の返答に門番の動きが固まる。いつの間にか門の前には二人の少年が立ち止まっていた。腰に剣を提げた生意気そうな黒髪の少年と、ごく普通の何処にでもいるような茶髪の眼鏡をかけた少年である。返答の内容もさることながら何の気配も感じなかった。先程の少女と同じ手段を用いたにせよ、ただ者ではない。


「ちょっと、いい加減なこと言わないの。ちゃんと女の人だったよ。すみません、連れが…」

「はっ。俺的に貧乳は女じゃ…」


 ゴンッと鈍い音がして、生意気そうな、というより事実生意気な少年を連れの真面目な少年が何処からか取り出した分厚い書物でぶん殴った。

 悲鳴というより奇声に近い声を上げながら地面にのたうちまわる少年を無視し、相方の言動に振り回されているという点で妙な親近感を抱いた門番は連れの平凡な少年に話し掛ける。


「旅の者か。悪いが、一般の立ち入りは禁じられて…」


 不意に言葉を詰まらせた相方を不思議に思いながら門番は少年を見る。そしてその原因に気付いて思わず声を上げた。


「その紋章、帝国の…!」


 ノスタジア大陸の東北一帯の領土を占める帝国ブリュンヒルト。七つの国々の中で最も権利ある国だ。

 帝国は魔族と人間が共存する唯一の国家としてその名が広く知られている。


 一見、何処にでもいるような普通の、真面目そうな少年だが、服に刺繍された帝国の紋章がその威厳を表していた。

 ならば、彼等は帝国の使者なのだろうか。遣いの者は言わば王の代理人。国の看板を背負って歩いているようなものだが、彼の場合、看板が少年を背負っているようなものである。

 門番の指摘に、何か身許がバレては困るような事情があるのか平凡な方の少年はしまったという表情を浮かべながら必死に弁明を始めた。


「いや、確かに帝国の出身ですけど遣いではなくて…」

「ならば通す訳にはいかないな」

「んなケチケチすんなって。せっかくこっちが穏便に事を済ませようとしてんだからよ」


 そう言いながらもすらりと剣を引き抜く少年を門番二人は注視しながら槍を構える。


「…貴様、何者だ?」


 その問いに、小馬鹿にしたように少年は鼻を鳴らしながら自信満々に答えた。


「馬鹿言え。どっからどーみても勇者だろうが」


 何処がだ、と突っ込みたい気持ちは山々だったが、この男の前ではそんな些細な気の緩みが敗北に繋がるだろう。

 人数的には二対二。しかし、連れの平凡な少年は武器を持っていないようで、一触即発な空気を察して直ぐさま数メートル離れた場所まで駆け出し、三人と距離を置いていた。つまりは二対一である。とはいえ少年に臆した様子はない。寧ろ余裕釈釈といった風だ。

 まだ剣を交わしてはいないが、立ち振る舞いで分かる。


 ――こいつ、強い。


 その心の内を見透かしたように勇者は嗤い、一気に踏み込んだ。


「騒がしいな…」


 城の外で何が起こってるかまだ知らない王は外の騒音を煩わしく思いながら部屋をウロウロと歩き回っていた。「こ、国王様ッ!至急お耳に入れたいことがァッ…」


 血相を変えて部屋に入って来た兵士に何事だと問う間もなく、そして兵士も用件を王に告げる前に床に倒れ伏す。


「邪魔するぜ」

「失礼してます」


 賊かと思いきや、入って来たのは二人の少年である。一人は剣を携えた見るからに生意気なガキで、もう一人は学者、あるいは神父か何か、としか言いようがない平凡な少年だ。


 ――暴君勇者のお出ましという訳か。


 決して表情には出さず、あくまで国王としての威厳ある態度で王は困ったように肩を竦めてみせる。


「これはこれは…。礼儀を知らぬ無粋な輩が入って来たものだ」


 あの魔王の小娘を呼び寄せたのも、勇者がこの国に来ないよう息の根を止めてもらうためであり、こうなっては意味がない。わざわざ迂回して来るとはとんだ誤算だ。内心舌打ちしながら王座に腰掛ける。


「慇懃無礼がモットーなんでな」


 誇らしげに告げる勇者に何処がだと突っ込みたいのを何とか堪えて王は鷹揚に愛想笑いを浮かべる。

 それが当て嵌まるのは寧ろ勇者の隣にいる少年の方だろう。先程から苦笑やら微笑やらを浮かべているが勇者を咎めるわけでもなくだんまりだ。腹の内で何を考えているのか見当もつかぬ。

 勇者は何も言わず、小馬鹿にしたような冷ややかな視線を王に向け、鼻で笑った。


「悪いが、こう見えて予も忙しい。貴公の相手は他にいるであろう?尤も、つい先程までは居たのだがな」


 王の言葉を無視し、勇者は勝手に世間話を始める。


「そういや、軍国とラフェル王国が近々戦争だってなぁ。一応、表向きの理由は領土侵犯だっけ?この国もエールよろしく援軍を送るんだろ?軍国に」

「あの国とは同盟を結んでいるのでな。当然であろう」


 第二次領土大戦を畏れながらも土地がほしいという願望は誰もが持っている。

 百年前。国を分かつ原因となった種族戦争は人間と魔族がそれまで共存していた歴史を全て否定した。

 おかしなことに、これほど両者の間に深い溝を作ったにも関わらず、何が戦争のきっかけとなったのかは未だに不明のままである。

 故郷を追われ、新たな居場所を力ずくで奪っては迫害と逃走の日々を繰り返す。彼等が無性に領土を求めるのは、あの戦争のトラウマが後世に受け継がれてしまっているからなのだ。


「けどよォ、弱い者イジメは良くないよなぁ?町民C」


 同意、あるいは何かの許可を求めるように勇者は連れの少年を見た。


「あぁ、良くないね。ラフェル王国はようやく内乱が収まって、今が一番脆い時期だ。その混乱に乗じて一気に畳み掛ければ少ない戦力で簡単に征圧出来る」


 くいっ、と眼鏡を上げて淡々と言う少年にうすら寒さを感じながら震える声で王は怒鳴る。


「き、貴様等には関係ないだろう!」


 立ち上がった王を退け、入れ替わるように勇者が玉座に座る。しかし、そんな無礼な行いを咎める理性すら今の王にはなかった。


「それが大ありでな?」


 偉そうに王座に踏ん反り返りながら勇者はにやりと口元を歪めて笑う。


「今回の戦があまりに不公平だからよ、平等になるように軍国にちょっくらちょっかいを出したらいい感じに目減りしたんでな、援軍出されちゃ困るんだわ」

「ばっ、馬鹿な…。あの国は兵士ニ万五千人誇るのだぞ!?半分減らしてもまだ我が王国の人口を上回るというのに、それを…」


 それ以上の言葉が続かなくなり、金魚のようにぱくぱくと口を開閉する王をよそに、「おー、頭いいじゃねぇかオッサン」と勇者は呑気に感心している。


「正式名はグランバルト軍事主義国だったっけ?何つーか、今は軍国の軍の字が無くなって本当にただの国みたいな状況でな?マジで悪かったと思ってんだよ。ちとやり過ぎた」

「僕はちゃんと三分の一程度減らせと何度も言ったんですけどね」

「まさかあんなに弱いとは思わなかったんだよ」


 あーだこーだと言い合う二人を化け物を見るような目で見つめ、震え上がりながら王は一歩、また一歩と退く。扉の前。後一歩で部屋を出るというところで気絶して床に倒れている兵士につまずいて派手に転んだ。二人の言い争う声は途切れ、視線が王を射抜く。


「町民C。こいつの手足、斬っとく?」


 剣を構え、そんな物騒なことをさらりと真顔で言ってのける勇者を咎めもせず、少年は笑って言い放つ。


「とりあえず、城お願い」

「あいよ」


 耳を疑う言葉が少年の口から発され、勇者の方も無茶苦茶な要望に不平を述べることなく剣を構え、精神統一でもするのか静かに目を閉じた。


「な、何をするつもりだ?」

「見てれば分かります」


 勇者がカッと目を見開いた瞬間、彼の周りの空気が波状の刃となって部屋に拡散した。屋根が吹っ飛び、壁は粉々に砕け、濁った空とガーナ王国の閑散とした町並みが顔を覗かせる。


「…ざっとこんなもんか」


 我が目を疑うに光景に王はまじまじと二人の少年を見る。少年はにっこりと笑いながら王に尋ねた。


「さて、この国はどれくらい損害を出せばこちらの提案を呑んでいただけるでしょうか?」


 王は首が鞭打ち症にでもなるのではないかと心配になるほど首を何度も縦に振った。


「一件落着っと…。ふあぁ、ねみぃ…」


 気絶している門番や兵士を時に踏み付けたりしながら半分倒壊した城を少年二人は後にする。


「おう。さっきのガキか」


 石橋を渡りきった先に、ボロ切れを纏ったボサボサの髪の少女がしゃがみ込んでいた。少女というより幼女である。少女は虚ろな目で二人を見た。


「お兄ちゃん達、まだいたの?」

「こっちの台詞だ、バカ。居ちゃわりーかよ」

「こらこら、子供相手に喧嘩しない。今用事を済ませたところなんだ。これから出る。道を教えてくれてどうもありがとうね」


 ん、と少女は一つ頷いて首を傾げた。


「…ルベア村だっけ。気をつけてね」


 素っ気なく言う少女を指差し、勇者は面倒臭さそうに告げた。


「おい、ガキ。お前の代わりに王に頼んどいたぞ。戦争には不参加だ。だから、お前の父ちゃんも他の人達も何処にも行かねぇよ」


 ん、と少女は小さく、上擦った声でとても小さく頷く。そんな少女の頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫でながら勇者は優しく笑った。


「ぼーくん、実はいい人?」

「知るか。じゃあな」

「また、来る?」

「お前が巨乳になる頃にな〜」


 それは彼にとって二度と来ないという意味であったが、少女は気にしない。

 気障ったらしく、ひらりと片手を上げて去っていく暴君勇者の背を少女はいつまでも見つめていた。

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