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異世界でも現実は厳しい  作者: 懐中電灯
幼年学校編
43/79

#042「演技」

「一人、殺してしまいました」


 セエレとの秘密の会議は、校内北側に位置する林で行われる。

 肌寒い二月の末、枯れ木の下で俺はセエレから人を殺したと報告された。


「殺した……?

 大丈夫なのですか」


 相手は内務府の官僚だった。平民出身で、祖父の派閥に属さない中立の官僚。セエレの誘いを断ったがゆえに、口封じをしたという。


「大丈夫です。安心して下さい。

 今は行方不明ということになっていますし、仮に死体が見つかったとしても、事故死に見えるように細工してあります」


 俺はバレることを心配したわけではない。平然と殺人を告白するセエレの頭を心配したのだ。やはり、彼の考えにはついていけない。


「シトレイ君という同志を得たことは、大きな前進です。

 しかし、吾輩にはまだまだ味方が足りない。

 サイファ公爵閣下の決起を促すには、それなりの人数が必要なのです」


 セエレが取り込もうとしているのは祖父と距離を置く中堅の官僚たちだった。軍への影響力が乏しい祖父とは逆に、軍の重鎮であるサイファ公爵は政府への影響力が小さい。サイファ公爵に決起を迫るためには、政府関係者からも支持を集めていると見せる必要があった。


 そう、セエレはクーデターを計画している。


 暗殺未遂事件以来、祖父はセエレに手を出そうとしていない。当たり前だ。そもそも、祖父はセエレを害そうなどと考えていなかったのだ。

 しかし、セエレはサイファ公爵の存在が自分の安全保障につながっていると思っている。

 そのサイファ公爵は祖父との政争において後塵を拝しており、このままだと祖父と和解……実質的な敗北に追い込まれるかもしれない。そうなれば、命の危機は目前にまで迫ってくる、と彼は考えていた。


 この危機的な状態を一挙に解決し、さらには自らの志を実現させる手段がクーデターだった。


 軍務次官派の兵士たちを都で決起させ、政府を倒す。セエレは帝位を簒奪し、サイファ公爵は晴れて軍務大臣に就くのだ。そして、祖父を処刑する。取り込んだ中堅官僚たちは、クーデター成功後の新政府を支える人材にもなった。


 ……セエレは随分と追い込まれているようだ。


「殿下の最終的な目標には賛同いたします。

 しかし、いささか性急ではありませんか?」

「そうかもしれません。

 ですが、シトレイ君。

 我々の立場は危ういものなのです。

 我々は常に、コルベルン王によって生命の危機に晒されています。

 それに、ドミナ様がいつ降臨するかもわかりません」


 セエレが少し哀れに思える。俺の命はもとより、セエレの命だって、誰も狙ってはいないのだ。


「吾輩はドミナ様が降臨する前にこの国を手に入れます。

 おそらく、あと五年以内には。

 シトレイ君も、めぼしい人物を見つけたら吾輩に声をかけて下さい」


 幼年学校の一学生が語るクーデター計画。彼の語る夢は、とてもではないが現実味がなかった。




============




「話を聞くに、セエレは阿呆だな」


 クーデターの計画を聞いた祖父の感想である。

 その感想は、俺の抱いたものと変わらなかった。


 セエレの計画は杜撰だ。

 祖父と距離を置く官僚たちならば、計画に賛同してくれるだろう。官僚たちを引き連れて詰め寄れば、サイファ公爵の決起も促すことができるだろう。軍務次官が加担してくれれば、軍を動かすことなど容易いだろう。官僚たちの協力者がいれば、政権奪取後の国家運営もやっていけるだろう。

 彼の計画は願望に願望を重ねたものだった。


「それに、奴は小心者に見える」

「小心者?

 セエレは官僚を一人殺したと言っています。

 随分と大胆な行動に思えますが」

「小心者は味方ができると大胆になる。

 儂もそうだからわかる。それで失敗したこともある。

 そして、セエレも失敗しようとしている」


 そもそも、他の転生者の殺害を厭わないのならば、最初から俺や祖父に刺客を送ればよかったのだ。しかし、セエレはそれをしなかった。

 彼は他の転生者の敵意を恐れると同時に、自分の地位を失うことや立場が悪くなることを恐れていた。彼は失敗を恐れていた。


「奴は命も地位も賭けることができなかった。

 リスクをとらずに、実を得ることを考えているのだ。

 お前に自らの策謀が露見したときもそうだ。

 お前を殺すか、サイファ家の娘を殺して知らぬ顔を決め込むばよいものを、奴は失敗が怖くて踏み出せなかった」

「私を仲間に引き込むことが最善に思えた、ということですか」

「左様。

 そして、お前を味方にできたと思った瞬間から大胆になり、クーデターを口にし、サイファ家の娘の口封じを考え、今回は実際に一人殺したのだ」


 失敗への恐れにしろ、プライドが邪魔したにせよ、あれはできない、これはできないと悩み、悪循環にはまっていく。


「私も同じような経験があります。

 リスクを恐れ、他に良い方法がないかと悩み、結局最悪の選択肢が思い浮かぶのです」

「そうか。

 だが、お前は今、こうしてここにいる。

 その選択は選ばなかったのだろう?」

「はい」


 俺もセエレも臆病な性格をしている。

 元々、同じ太祖アガレスの生まれ変わりなのだ。根本的なところは同じなのだろう。

 俺とセエレの違いは、友人の存在だと思う。友人のおかげで、俺は悪循環から抜け出すことができた。やはり、来世があるとしても、今生での人とのつながりは貴重だ。


「話がそれたな。

 とにかく、我々にとってはいい風向きだ。

 奴は仲間を得て目が曇っている。

 お前を疑うこともせず、こんな杜撰なクーデター計画が成功すると本気で信じているのだ。

 あとは、どうにでも料理できる」


 セエレは一人で恐怖し、そして判断が狂っている。

 先日の、祖父の言葉どおりである。俺が祖父に転生を打ち明けた時点で、俺たちは勝っていたのだ。




============




 セエレを失脚させることを考えたとき、俺の頭に浮かんだのは前世の世界の歴史、特に平安貴族のドロドロとした政争劇だった。


 あの時代の政争において、よく使われた手法は密告である。ただ、誰々が謀反を企んでいると主張しても、それだけではダメだ。


 まず、密告者は謀反人の一味であり、良心の呵責に耐えかねた形で密告する。そして密告の内容に客観的(と思わせるだけの)証拠がなくてはならない。

 密告する相手は謀反人と対立する勢力であり、しかも強大な権勢を誇る勢力でなくてはならない。

 そして、密告する段階で根回しが済んでおり、密告の内容が疑われることなく、謀反人は速やかに処断されなくてはならない。


 祖父が藤原氏であり、俺が密告者役の中堅貴族、そしてセエレは排斥されるべき他氏族となる。


 あと必要なのは、密告内容を事実と思わせるだけの証拠……証人だ。


 俺の考えを聞いた祖父は、幾人かの貴族や官僚の名を教えてくれた。表向きは、祖父と距離を置いている政治家たちである。


「今挙げた連中のうち数人をセエレに紹介するのだ。

 セエレは仲間を欲しているのだろう?」

「彼らは、お爺様とつながっているのですね」

「うむ。

 『表向きは』中立とされている連中だが、皆儂と仲良くしたいと言っている。

 彼らには儂から話を通しておこう」

「わかりました」

「ああ、全員は使うなよ。

 今後、儂にも必要になってくるかもしれぬ。

 儂の分もとっておくのだ」


 準備は着々と進む。




============




「この者たちは?」

「信用でき、能力のある者たちです。

 皆、祖父とは距離を置き、そして強権的な祖父を憎んでいます」


 東宮に近いセエレの屋敷の応接間。

 公爵に叙されたセエレは東宮を出て、屋敷を構えていた。祖父ほどではないが、このセエレの屋敷も大きい。少なくとも、我がハイラール家の都の屋敷(タウンハウス)とは比べ物にならなかった。


 今、この屋敷の応接間には俺とセエレ、そして俺が連れてきた四人の官僚たち、合計六名がいる。


 俺が連れてきた四人は、表向き祖父の派閥に属さない中立の立場にある官僚たちだ。全員が平民出身であり、セエレが「始末しやすい」と思える人間でもある。もちろん、本当に始末されてはたまらない。だから、演技は命賭けだ。


「セエレ殿下が国を変えたいと考えている、とお聞きしました。

 我々も、現状に不安を抱き、国の将来を憂いています」


 四人を代表して、内務府の官吏を務める男が話を切り出した。それを合図に、俺は真剣な表情でセエレを見つめ、頷いてみせる。それを見て、セエレも頷き返す。


 そしてセエレは、俺に語った理想を彼らにも打ち明け始めた。




============




 セエレに演技がばれないよう細心の注意を払った。連れてきた四人も熱の入った、そして冷静な演技だった。


 セエレが帝位への野心とクーデターの計画を話した瞬間、彼らは沈黙した。あまり驚いてはわざとらしいから、沈黙するぐらいがちょうどいい。

 セエレは賛同するか否か迫ったが、彼らはそれでも黙っていた。しばらく黙り、そして代表の男が口を開く。


「これだけの大事、失敗すれば命を失うことになります。

 参加するからには、命を賭けるだけの見返りを約束して頂きたい」

「尤もなご意見です。

 見返りは……貴方は内務府の官吏をされておられたのですね。

 初めから大臣は難しいですが、まずは内務次官か帝都長官あたりでいかがでしょうか」


 内務府官吏の男は、その言葉を聞いて再び黙る。そして、意を決したように賛意を示した。

 これに続き他の三人も声を上げる。セエレは彼らに対し官職の大盤振る舞いを行った。


 セエレにとってはアメを与えて懐柔したつもりなのだろうが、彼らが本気でそれに乗ったと思っているのだろうか。捕らぬ狸の皮算用にいとも簡単に乗る連中を疑わないのだろうか。


 四人の血判状を受け取り、彼らが退室すると、応接間には俺とセエレの二人が残った。


「今のところ、彼らは信用できると思います。

 あれぐらい欲を出してくれないと信用できない」

「はい。

 しかし、血判状は受け取りましたが全面的に信用してはいけません。

 裏切られたら始末するぐらいの気持ちでいきましょう」

「用心深いですね。

 ですが、それはいいことです。

 頼もしいですよ、シトレイ君」


 準備は、さらに進む。




============




 三月上旬のある日。


 幼年学校の講堂には生徒と教官、そして父兄を合わせ五○○人近い人間が集まっていた。

 卒業式に参加するためである。この日、マルコやフリック、我が家の家臣団を名乗る先輩方、そしてセエレが卒業する。


「ハイラールん時と比べれば、感動的な別れでも何でもないな」


 幼年学校の卒業生は100%士官学校へ進学する。その士官学校は幼年学校と同じく帝都の城壁内にあった。卒業式は一つの区切りだったが、決して別れの場ではない。事実、俺とマルコとフリックは、来週にも街へ遊びに行く約束をしていた。


「士官学校では俺たちが先に入って幅利かせとくからさ。

 お前も必ず来いよ」

「そうでゲス。

 可愛い女の子に目をつけとくから、楽しみにしてるでゲス」

「わかったよ。

 楽しみにしてる」


 俺はマルコやフリックに挨拶すると、今度は我が家の家臣団である先輩方に挨拶して回った。ヴェスリーと和解する前は、彼らの存在がとてもありがたかった。俺は一人ひとりに感謝を述べた。


 しかし、ヴェスリーと和解できて本当に良かったと思う。もし未だに対立が続いていれば、先輩たちの卒業によって俺が話せる相手はスティラードだけになってしまっていたのだ。

 彼女の積極性に戸惑うこともあったが、それでもヴェスリーとの良好な関係は心地よかった。


「やあ、シトレイ君」


 ふいに、俺と同じ瞳を持つ男から話かけられた。

 彼の存在が、目下最大の問題である。ヴェスリーとの良好な関係も、マルコやフリックたちとの友情も、彼との決着如何によっては物理的になくなるかもしれないのだ。


「ご卒業おめでとうございます、殿下」

「ありがとう、シトレイ君。

 仕官学校には厳しい試験をパスした優秀な人たちが多くいるはずです。

 吾輩も人材収集を続けますので、シトレイ君も引き続きよろしく頼みますよ」

「はい、殿下。

 必ずご期待に応えてみせます」




============




 セエレが卒業するまで、俺とヴェスリーは親しいクラスメートを演じ続けていた。親しいクラスメートには間違いないのだが、裏ではセエレの追い落としを目論む共犯者である。

 共犯者の関係を隠していた俺たちも、セエレが卒業した後は隠すことをやめた。いや、隠し方を変えた。

 こそこそ隠していた俺たちは、堂々と隠すようになったのだ。

 セエレに服従さぜるを得ない境遇を嘆き、励まし合っていた俺とヴェスリーは、堂々と密談するようになった。

 話の内容が聞かれてるとまずいことには変わりない。だから、近づくなオーラを全開に出しながら、小声でささやきあった。

 生徒たちには、さぞ仲の良いカップルに見えたことだろう。


「いよいよ、決着をつける。

 そこで君に頼みがある」

「なんでしょう?

 ダーリン殿」

「私はセエレが帝位簒奪のクーデターを企んでいると告発する。

 そのとき、君も一緒に告発してほしいんだ」


 この人選は俺が提案し、祖父と相談して決めたことだ。


 祖父の権力を以ってすれば、わざわざ証人をでっち上げて告発などしなくとも、セエレを失脚させることは可能だろう。

 しかし、その場合、縁戚であるサイファ公爵の反発は必至だった。

 祖父には軍に影響力を伸張させるための時間が必要だった。軍人を目指す俺だって、今のところ表立ってサイファ公爵と対立したくはない。

 決着がつけば、セエレの人生は終わるだろう。だが、俺と祖父の人生は続くのだ。


 祖父の根回しは進んでいる。

 だが、関係者の中でサイファ公爵だけは祖父の影響力の外にいる人物だ。ヴェスリーが告発すれば、それはサイファ公爵家がセエレと決別するという意思表示になる。公爵本人は納得しないだろうが、セエレの失脚に巻き込まれるくらいなら、こちら側につくしかないだろう。

 彼女が告発することは、既成事実を作り、サイファ公爵の決断を促すことに役立つ。


「それは宰相の考えですの?」

「いや、私の考えだ」


 あるいは、セエレとセットでサイファ公爵を失脚させることも可能かもしれない。

 しかし、皇族とはいえ一学生であるセエレと違い、サイファ公爵は軍の要職にある。今、彼を失脚させれば、軍務次官を支持する兵士たちは許さないだろう。兵士たちが決起し、本当に内戦にでもなってしまっては困るのだ。


 同時に、俺の私的な感情もある。

 ヴェスリーをこちら側に引き込んでおきながら、彼女の知らないところで彼女の親を追い落とすことはできなかった。

 彼女は親との関係が悪いようだが、それは彼女本人が考え、答えを出さなくてはならない問題である。助けを求められれば応えるつもりだが、彼女のまったく知らないところで勝手に決着をつけてはいい問題ではなかった。


 もし、サイファ公爵の失脚させる場合、俺は自分の利益と、彼女の感情との板ばさみに悩んだだろう。今回は政治上の利害と俺の私情が合致したため、悩まずに済むことができた。


「わかりました。

 ダーリン殿の言う通りにしますわ」

「ありがとう」

「でも、お父様はセエレお兄様を実の息子のように可愛がり、信頼しています。

 もしかしたら、(わたくし)はお父様から恨まれ、勘当されるかもしれません。

 そのときは、ダーリン殿の都の屋敷(タウンハウス)に住まわせて頂けないかしら」

「ああいいよ」


 結果的には、娘に救われるのだ。サイファ公爵もそこまで愚かではないと思う。俺は彼女の申し出に二つ返事で答えた。


「もうすぐ決着だ。

 はやく日常に戻りたいね」


 告発役は揃った。同時に、サイファ公爵家への対応もした。

 証人も用意してある。

 祖父の根回しも進んでいる。


 あとは、行動に出るだけだった。

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