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『第18話 猫殺し』/6・猫の裁き

「ジャグレイ、お前、何を考えているの?! 今日釈放されたばかりじゃない」

「だから行くのさ。猫を何匹殺そうが、しけた罰金さえ払えば良いことがわかったんだ」

 ホスタル家。夜になってから1人出て行こうとするジャグレイを母親が必死に止めようとしていた。メイド達は廊下の隅から心配げにその様子を見ている。母親に手を貸したいところだが、そんなことをしたらジャグレイにどんな目に遭わされるかと思うと足が動かない。

「法の上では罰金で済まされるかも知れませんが、世間体というのがあるんですよ」

「だったら世間の方がおかしいのさ」

 餌の入った袋とランプを手にすると、母親を押しのけるようにして家を出る。すがりついてでも戻そうと追いかける母親だが、そこが外であることに気がつきためらう。幸いにも人気はないが、騒いで誰かに見られたら……

 夜の町に消えていく息子を追いかけるべきか戸惑っていると、

「どうした?」

 疲れた顔をして帰宅した父親が

「まさか、またジャグレイが何かしたのか。あいつはどこにいる? 家にいるのだろうな」

「あなた……」

 話を聞いた父親は「なんてことを。あのバカ息子が!」忌々しげに壁に拳を叩きつけた。

「次、同じ事で捕まったら今度は罰金など払わん。しばらく牢にぶち込んでもらう」

「そんなことをしたら。世間にどんな噂をされるか」

 それだけはと夫にしがみつくが、彼はどんなことになろうとそれを受け入れる覚悟の表情で

「このまま奴に好き勝手させた方が、よほど我が家の恥だ! あいつは一度、とことんひどい目に遭った方が良い。私たちも嫌な目で見られるだろうが仕方がない。あいつをここまで好き勝手させた罰だと思うしかない」

 途端、猫の声がした。

 驚いて周囲を見回す2人だが、猫の姿は見えない。だが声は聞こえてくる。それも1匹ではない。

 2匹、3匹、4匹……猫たちの声は合唱となって2人を包み込む。しがみついたまま恐怖の表情で震える妻を父親は守るようにしっかと抱きしめる。だが、猫たちは声を上げる以上のことをしなかった。


 ジャグレイは再びマルサ高台公園に来ていた。

 トラバサミは没収されてしまったが、罠はそれだけではない。

 今度、彼が使おうとしているのは、毒餌だ。人間にとって無害でも、他の動物には害にとなる食べ物は多い。彼は薬草師の勉強を通じてそういう毒をよく知っていた。それを混ぜ込んだ魚をばらまき、やってきて食べた猫たちが動けなくなったところを思う存分いたぶるつもりだった。

「そうだ。殺した猫の死骸を衛士隊の前に捨てていこう。バレても罰金の額が少々増えるだけだ」

 ほくそ笑み、袋から魚の挽肉を取り出し、猫の通り道と思われる場所にばらまいた。もちろん、周囲に人影が無いことを十分確かめている。この前、衛士達が現れるタイミングがあまりにも良すぎるのがひっかかった。もしかして、予め自分を見張っていたのかもしれない。

 餌から離れて草木の陰に身を潜める。後は待つばかり。

 季節も夏に入り、外でじっとしているのもそれほど苦ではないが、虫は寄ってくる。虫除け水を手足や首筋に塗ってはいるが、こんな場所でじっとしているのでは効果にも限度がある。

「くそっ」

 寄ってくる蚊を払い、叩き潰していると、彼のすぐ後ろで猫が鳴いた。

 驚いて跳び上がり、振り返ると1匹の虎猫が座って彼をじっと見つめていた。

「何だ、脅かすな」

 言いながらもその猫にどうも見覚えがあるような気がした。

 今度は横から猫の鳴き声がした。見ると体の大きな黒猫が座っている。

 頭上から声がした。見上げると木の枝に白猫が座ってじっと彼を見下ろしている。

「何だお前ら。食い物が欲しいのか」

 袋から魚肉を取り出そうとした手が止まる。

 また別の猫が現れた。灰色の猫。

 別の方から2匹。

 また別の方から今度は3匹。いつの間にか10匹以上の猫が彼を取り囲んでいる。

 さすがにジャグレイも気味が悪くなってきた。気を紛らわすように袋から魚肉を取り出しては猫たちの前にばらまいた。

 ところが猫たちは1匹として魚肉に口をつけるどころか顔を寄せようとすらしない。

「何だよ。ほら、食い物だぞ。猫らしく食えよ」

 だが、やはり猫たちは食べ物には見向きもしない。ジャグレイが気がついたように周囲を見回し

「そうか、この前見たく衛士隊の仕業だな。どっかに隠れているんだろう。出てこいよ衛士さん!」

 返事は無い。彼の声はむなしく闇に吸われ霧散する。

 途端、背後から彼の首筋に猫が1匹跳びかかった。

 鋭い痛みに彼がたまらず手で猫を払う。

 払った手を見ると、自分の血で濡れていた。

 自分を取り囲む猫はさらに増えて20匹以上になっている。彼を見上げるその目は皆白く光っていた。

「ひっ!」

 途端、怖くなって駆けだした。ランプを振り回し猫たちを突っ切る!

 公園出口に向かってひたすら走る。管理事務所に駆け込もうという発想はなかった。そもそも彼は管理事務所の場所を知らない。

 背後から聞こえる無数の走る音に振り向いた彼の顔が引きつった。

 10数匹の猫たちが彼を追いかけてくる。逃げ場を求めるように周囲を見ると、彼と併走するように歩道に沿った森の中を無数の猫たちが走っている。反対側を見ると、やはり同じように猫たちが群れをなして走っている。

 彼は逃げた。出口を目指して。とにかく逃げたかった。猫のいないところに、人の多いところに行きたかった。

 ひたすら出口に向かって走り続ける。息が苦しい。脇腹が痛い。足に震えを感じた。

 それでも走りを止めるわけにはいかない。

 その足が止まった!

 出口への道に猫達が群がってこちらを見ていた。その数50匹以上。白、黒、灰、虎様々な毛色と大きさの猫たちが向ける光る目。月が隠れ、闇の中無数の光る目だけが爛々と浮かんでいる。

 踵を返す彼の前に別の猫の集団がいた。右から新たな猫の集団が現れる。反対側からも猫たちの群れ。

 彼を中心に200匹近い猫が群がっている。どの猫も鳴かず、ただじっと彼を見つめている。その目から好奇心は感じられない。まるで彼を軽蔑するような、ゴミを見るような目を彼に向けていた。

 退路は完全に断たれた。

 悲鳴にもならない声を上げながらジャグレイはランプを振り回し、猫たちを威嚇しようとする。

 いきなり背後から虎猫が跳びかかり、彼の手からランプを叩き落とした。その把手をくわえると、思いっきり遠くに放り投げる。

 ランプは猫たちの頭上を越え、遠くの地面に落ちて砕ける。油がこぼれ火が燃え広がった。

 諦めろとばかりに虎猫……アバターが静かにジャグレイに対峙する。

 猫の群れから黒猫……ダクが前に出ると、静かにアバターに群れから離れるように促した。

 それに従うようにアバターは1人群れの外に歩いて行く。猫たちが左右に割れて道を作ると、そこを通って群れから離れていく。

 アバターを見送った猫たちが一斉にジャグレイを見る。

 爛々と光る無数の目にジャグレイの顔が引きつった。


 公園の茂み深くに入ったアバターは、静かに目を閉じ、耳を塞ぐように垂らしたまるでこれから起こることは見ない、聞かないと言うように。


 空から見ると、ジャグレイを中心に、無数にある猫の目の光が輪を作っている。

 ダクの声を合図に、その光が一斉に中心部に襲いかかった!

 ジャグレイの悲鳴を月は黙って聞いていた。


   ×   ×   ×


「命は助かりそうだけどぉ、全身傷だらけでしょう。出血がすごかったしぃ、とにかく体中痛いのよぉ」

 相変わらずほわわんとした顔だが言っている内容はしゃれにならない。

 ホスタル家ジャグレイの部屋。ホワンはベッドで横たわるジャグレイの横で家族やルーラたちに彼の容態を説明していた。彼は全身包帯にまかれ、皮膚が出ているところを探すのが困難なほどだった。

 今朝。朝の点検に見回っていたマルサ高台公園の管理人が道のど真ん中で血まみれになって倒れているジャグレイを発見した。全身傷だらけで服もズタズタでほとんど裸に近かった。右目は潰され、髪はむしり取られ、両の耳はなくなっていた。駆けつけた衛士隊と共に彼を病院に運び込んだところ、たまたま薬の配達に訪れていたホワンが彼を見てホスタル家に連絡したのだ。

「ナイフでズタズタにされたわけか」

「ナイフじゃないよぉ」ホワンが爪でひっかく真似をして「猫に引っかかれた傷みたい。それが全身びっしり。耳とか指の何本かは食いちぎられていた感じ……それに……」

 言いつつ皆に顔を寄せさせると、囁くような声で

「……お●んちんもボロボロ。もう子供は作れないと思う……」

「うわぁ」

 聞いていた男性陣がたまらず身を縮ませる。聞いているだけで全身が痛くなりそうだった。ジャグレイの両親に至っては、絶望で真っ青になっている。

「実際、本人も譫言のように猫、猫と言っている。今は良いが、起きているときに猫という単語は口にしないほうがいい」

 メルダーに言葉に誘われるように一同がジャグレイを見る。彼は薬と治癒魔導の効果でぐっすり眠っている。ぐっすり過ぎて意識がないようにも見える。

 刺激を与えないよう、皆がそっと部屋を出ると

「やはり、猫の仕業ですか?」

「今のところ、そう考えるべきでしょうな。それも1匹や2匹じゃない」

 その答えにジャグレイの父は感情を抑えるように

「だとしたら、その猫たちは捕まえて処分されますか?」

「されるでしょう。しかし」

「しかし?」

「そのためには息子さんを襲った猫を特定しなければなりません。まさか襲っていない、無実の猫を処分するわけにはいきません」

「公園にいる猫でしょう!」

「人間による殺人があっても、現場周辺に住む人間を全員捕まえて罰することはできません。それと同じです」

「そんな……」

 母親が真っ青になり、

「人間と猫を一緒にするんですか? 人殺しと猫殺しは違うんじゃありませんか!」

 思わず口に出る。彼女もジャグレイがしたことは知っている。息子がこんな目にあったのは自業自得かもしれない。それでもそう言わずにはいられなかった。

「一緒にはしません。……一緒に出来たら、息子さんは襲われなかったかもしれません」

 口に出さずとも、皆が多かれ少なかれそう感じていた。


 ホスタル家。ジャグレイの部屋を歩道からオレンダとアバターは静かに見上げていた。猫の声は気配は危険とホワンがいうので、彼らは中に入らず外から見舞っていた。

「すまない。止められなくて」

 部屋とアバターを交互に見てオレンダはつぶやく。

 アバターは無言で首筋を彼の足にこすりつけると、首輪をかるく前足で掻く。

「そうか……」

 オレンダは財布から硬貨を出して首輪に入れようとするのを、アバターは前足で3度叩いた。

「足りないか」

 硬貨を3枚にすると、アバターは良しというように瞬く。

「……妹と旦那さんによろしくな」

 硬貨を入れた首輪を直しながら言うオレンダの言葉に、アバターはちょっと驚いたように耳を立てオレンダを見た。

 オレンダの表情が和らぐと、アバターの目からも驚きが消え、とことこ歩き出す。

 途中、アバターは何を思ったのかホスタル家、ジャグレイの部屋の窓に向かって一声大きく鳴くと、

「う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」

 部屋の中から絶望的な悲鳴が上がった。


(第18話 おわり)

前から書きたいと思っていたアバターの話。最初は完全にアバターの一人称で書くつもりだったのですが、どうも私は一人称は苦手で、結局、こんな話になりました。


 2023年。私の家からそんなに遠くない川にトラバサミが仕掛けられ猫が怪我をするという事件が起こりました。そして2024年5月にはトラバサミに挟まれたまま白骨死体となった小動物が発見されました。

 この事件、未だ犯人は捕まっていませんが、捕まったとてもどれだけの罪になるのか? そして本作の舞台となるこの世界では、猫殺しはどれぐらいの罪になるのか? ちょっと調べてみましたが、昔は「動物は人間に利益をもたらすために存在している」というのが基本的な考えだったようで、本作風に言えば「家畜やペット以外は殴ろうが蹴ろうが殺そうが罪にはならない」です。

 人間社会の法である以上、当然かもしれませんが。人が所有する家畜やペットを殺せば罪だが野良の動物は殺しても罪にはならない。なってもすごく軽い。本作でもこのころの考えがベースになっています。


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