Data.217 弓おじさん、純粋な戦い
俺とVRHARの因縁は……あると言えばあるが、そんなに大したものじゃない。
一度喧嘩を吹っかけられたが、俺は上手く逃げおおせたし特に損はしていない。
それどころか、あの戦いで得たリーダー『ノルド』の情報は、今回のイベントにおけるVRHARの全試合を観戦して得られる情報よりも多かった。
そう、決勝以外の全試合を終えても未だVRHARの全貌は掴めていない……!
俺はあのゴーストフロートの戦いでむしろ得をしている。
ノルドというプレイヤーの強さを肌身で感じることが出来たのだから。
とはいえ、あの戦いの情報を含めてもVRHARへの十分な対策を考えるのには物足りない。
今、彼らについてわかっている事といえば、誰がどの武器を使うのかくらいで、その武器でどんなことが出来るのかは未知数だ。
接点が薄く、情報も少ない。
されどプレイヤーとしては格上。
でも、勝たなければならない……!
ある意味、こういうシチュエーションが一番純粋に戦いを楽しめるのかもしれない。
事前にすべての情報が出揃ったボス戦というのもそれはそれで楽しいが、未知に対するワクワク感……アンヌの言葉を借りれば、ロマンが足りない。
また、接点の薄さゆえに雑念を生まないのも良い。
1回戦はサトミの兄コアがいた。
効率重視ゆえに弟のプレイングにも口を出す兄に反抗するため、サトミは楽極振りという聞きなれないプレイスタイルを掲げていたほどだ。
それだけ兄との溝は深かったし、絶対に負けたくないという強い思いをサトミからは感じた。
戦いの後に仲直り出来たのは素直に良かったと思う。
2回戦のおじいさんだけのチーム『G'z』は、おじさんの俺にとってはいろいろ考えさせられる戦いだった。
もし会社を辞めていなければ俺はVRゲームに触れぬまま、おじいさんたちと同じくらいの年齢になっていたかもしれない。
そうなれば、今ともに戦っている仲間との出会いはなく、人生そのものの形も変わっていただろう。
そして、歳をとってから触れる新たな文化を、俺はあのおじいさんたちのように受け入れることが出来ただろうか……と考えずにはいられなかった。
彼らは俺が歩んでいたかもしれない未来の姿だ。
まあ、その未来はその未来で人生を違う形でエンジョイしていると思うが、今も結構エンジョイしているので、違う未来の可能性を見せられると少し心が揺らめく。
『もしも』というものは、考えだすと危ないテーマだな……と再認識した。
3回戦、準々決勝はわかりやすく俺と関係のある人たちとの戦いだった。
ハタケさんやバックラーに関しては性格や得意な戦法までわかっているので、あらゆることを意識するし、常にフルで思考を働かせての戦いになった。
準決勝はネココにとって繋がりが強すぎるマココとの戦いだ。
戦いの最中は雑念を振り払っていたネココも、そうなるまではいろんな思考が頭を駆け巡っていたことだろう。
振り返ってみればよくわかる。
これまでの試合に比べてVRHARとの戦いは余計なことを考えずに済む。
ただ戦って……倒せばいい!
戦いに勝利した後、少し感じていた相手を脱落させた罪悪感も、VRHAR相手に感じることはないだろう。
そして、彼らもまた相手を倒すことに何も感じることはないだろう。
そういう、ある意味での信頼がある。
むしろ、自分たちは勝って当然、相手は負けて当然くらいのことを考えているのかもしれない。
それだけの実力が彼らにはある。
でも、俺たちも負けたくない。
ハタケさんやバックラー、マココのパーティに負けていたら、俺たちはかなり悔しがっただろうけど、それはそれとして相手の勝利を喜ぶことも出来ただろう。
でもVRHARに負けたら……悔しさが圧倒的に勝つ!
『負けたけどよく頑張った』『相手が強かった』なんて慰めの言葉は、ここまで来たらいらない。
優勝あるのみ……だ!
「最後の最後で特に話し合うことがないな。相手の情報なさすぎるし、作戦も立てられない」
俺の言葉にネココ、サトミ、アンヌマリーがうなずく。
「こうなったら当たって砕けろだ。その一瞬一瞬を目で見て、頭で考えて、体で出した答えがきっと一番正しい戦い方だと思う。まあ、要するに行き当たりばったりってことだけど、それでいいんだ」
仲間たちは静かにうなずく。
もう長々と決勝に向けた意気込みを語る必要はないな。
トーナメントの序盤は緊張をほぐすためにいろいろしゃべったけど、決勝ともなれば自然と覚悟はできる。
「勝ちたい、勝とう!」
「そうこなくっちゃ!」
「もちろんです!」
「やってやりましょう!」
これから始まるのは……純粋な戦いだ!
『本選トーナメント決勝戦! 『VRHAR』VS『幽霊組合』! 選ばれたフィールドは……サーペントパレス改!』
サーペントパレス……『改』だと?
元々のサーペントパレスは前回のイベント『黄道十二迷宮』の最終決戦の舞台となった場所だ。
星空に浮かぶフィールドの中央には古代ギリシアを思わせる白い円柱と正方形の舞台、その周囲には森や池、小高い丘や岩山など様々な自然がミニスケールで再現されていた。
今モニターに映っている『改』となったサーペントパレスもまた、前と同じように複数の自然が再現され、非常に地形のバリエーションに富むフィールドとなっている。
それに加えて『改』は少しフィールドが広くなり、空は星空ではなく太陽の輝く青空に変更されている。
前回は最大でもプレイヤー4人VSチャリン1人だったが、今回は4対4が基本になっているため、流石にあのままでは狭苦しいもんなぁ。
と、分析が済んだところで……どう動いたものかな。
俺たちはこの地形をある程度知っているし、今までの馴染みのないフィールドよりは動きやすいだろう。
でも、それはVRHARも同じだ。
彼らは俺たちよりも早い段階でチャリンを撃破している。
もちろん、サーペントパレスの地形も覚えているはずだ。
この段階では五分五分といったところか……。
やはり、深く考えても意味はない。
これから起こる戦いは予想出来ないものになる……!
『両パーティをバトルフィールドへ!』
幽霊組合は最終決戦の地『サーペントパレス改』へワープした!
◆ ◆ ◆
ワープが終了し、視界が開ける。
さあ、初期位置は……。
「……くっ! マズイ、よりにもよって中央か!」
サーペントパレス中央の舞台は他の場所から丸見えになる最悪のポジションだ。
しかも、今回は味方が全員密集してスタートするパターン!
仲間全員狙ってくださいと言わんばかりに舞台の上に乗っている!
早く森の中にでも逃げ込まないと……!
「ガァー! ガァー!」
ガー坊が威嚇の鳴き声を上げる。
今は索敵用の【ゲイザーフィッシュ】をバラまいていないので、鳴き声の大きさはそのまま敵の近さを表している!
もうすでに……視界内!
武器を構えた4人のプレイヤーが奥義を放ちながら突っ込んでくる!
反撃か? 逃走か?
早すぎる試合展開に一瞬の迷いが生じる。
それが命取りとわかっていても、どうしようもなかった。
少し遅れて出した答えは『反撃』。
だが、迫る奥義を今相殺しても、爆風などで俺たちが不利になる……!
それも覚悟のうえで弓を引き絞る!
しかしその時、敵の放った奥義がすべて上に引っ張られるように軌道を変え、俺たちの頭上を通り過ぎて行った。
何が起こったのかわからぬまま空を見上げる。
そこにあったのは……。
「ち、地球……!?」
小型の地球ともいうべき小さな塊がサーペントパレス改の上に出現していた!
地面との距離はかなり近く、小型の地球の持つ重力の影響を肌で感じられるほどだ。
飛行や跳躍のスキル奥義があれば容易に飛び移れるだろう。
VRHARの奥義はあの地球の重力によって軌道を変えられてしまったんだ!
でも、こんなものいったい誰が……。
『改』になって追加されたステージギミックなのか?
「どうですか? 私のミラクルエフェクト【母なる地球】は!」
「アンヌ……! いつの間にミラクルエフェクトを?」
「えへへ、実はイベント終盤になってチャリンちゃんが弱体化した時にソロで取ってたんです! こんな効果だから使いどころが全然わからなくて、結局決勝戦まで温存することになっちゃいましたけど!」
弱体化しているとはいえ、チャリンをソロで倒しているとは……。
やはり、アンヌの実力は底知れない。
彼女が一番ロマンにあふれているんじゃないかと毎回思う。
おかげで毎回助けられているわけだけど……!
「反撃だ!」
VRHARは突然出現した地球とそれが生み出す重力を警戒しているのか、様子見のスキル攻撃しかしてこない。
そして、その攻撃もやはり重力に引かれて軌道が逸れている!
今こそ敵を仕留める絶好のチャンスだ!
「獄炎天羽矢の大嵐!」
撃ちだされる大量の矢は……やはり狙ったところには飛ばなかった!
下からの重力と上からの重力は複雑に干渉しあい、目に見えないうねりを生み出している。
1本1本が非常に軽い矢はそのうねりに逆らうことが出来ない……!
もちろん、ある程度逸れてしまうことは想定していた。
でも、大量に撃てば半分くらいは敵の方へ飛んでいってくれると思っていた。
しかし、矢のほとんどは関係ないところへと飛んでいき、残りも重力に揉まれてスピードが落ち、簡単に回避されてしまった。
この環境……想像以上に過酷だ!
風の流れなら多少読めるようになったし、それを考慮したうえで矢を撃てる。
しかし、うねる重力を読み取るのは難しい。
慣れるまでには相当な時間がかかりそうだ……!
とにかく撃って撃って撃ちまくって体に感覚を刻むんだ。
急がないと敵は接近戦に切り替えてくる。
いや……もう来た!
「くっ……! 矢が浮ついて当たらない! 矢が……あれ? 俺も浮いてる!?」
足が地面から離れ、上へ上へと引き寄せられていく!
俺だけではなく、仲間たちも全員一緒にだ!
まるでUFOにさらわれる家畜……キャトルミューティレーションのように……!
さらに強さを増した地球の重力に引き寄せられている!
VRHARはまたもや驚き、射撃スキルで浮かぶ俺たちに攻撃を加える。
最強ギルドのプレイヤーとて、初めて見るものに対して的確な対応が出来るわけじゃない。
弾丸が当たることはないし、この状態ではこちらも攻撃を当てられない。
お互いおとなしく小さな地球に着地するのを待つしかない。
戦いは文字通り、さらに上のステージへ向かう!








