第77話 (ヴェルス)
ヴェルス
リッチモンドを出て途中でラウンロイド経由でダンとデイブがヴェルスの街に戻ってきた。ヴェルスを出てから1年ちょっとの時間が過ぎていた。
戻ってきたのが夕刻前であったのでギルドに顔を出した2人。すぐに奥の執務室に通された。
「随分と長い間街を出てたんだな」
部屋に入ると開口一番ギルマスのプリンストンが話掛けてきた。
「ラウンロイドへ行って、それからリッチモンドで修行してたからな」
「そうみたいだな。それでだ」
ギルドに顔を出した時に受付に渡したギルドカードを持っているプリンストン。2人のカードを手に持ったまま
「今このカードをチェックしたら2人とも外でがっつりと鍛錬をしてきた様だな。ポイントが大きく増えている」
黙って聞いている2人にプリンストンは続けた。
「ランクSに昇格できるまでポイントが貯まっているんだよ」
「それで?」
プリンストンの言葉を聞いてダンが短く言った。デイブがダンの言葉を受けて言った。
「それは俺たちにランクSになれってことかな?」
デイブの言葉に大きく頷くプリンストン。2人を交互に見て、
「そうだ。お前さんたち2人にはランクSになってもらう。でないとバランスが取れないからな」
「バランス?」
ダンが聞いた。
「そうだ。いいか」
プリンストンはダンを見てゆっくりと口を開いた。
「お前ら2人はランクAだ。一方で護衛ばかりしてポイントを貯めてきた奴もランクAだ。どちらもランクAだが戦闘能力は段違いだ。いや、わかってる。ギルドのポイントシステムに問題があるってことはな。ただ今はそれを言ってもすぐには直らない。システム変更は大陸中のギルドで討議しなければならないテーマだからだ。となると力の差をはっきりとわかる様にするにはお前たちをランクSにあげるのが一番手っ取り早いんだよ」
プリンストンの話を聞いてダンも理解する。デイブも黙って聞いていたがプリンストンの話が終わるとダンの方を向き、
「どうする?受けるか?」
「ギルマスが困ってそうだしな。俺達が受けることで丸く収まるのなら受けてもいいんじゃないか?」
ダンもデイブもランクには全く拘っていないのでどっちでも良い話だった。だが2人のやりとりを聞いていたプリンストンは相変わらずだなという目で2人を見ていた。
この大陸でもランクSの冒険者は今はいない。そして誰もが憧れる冒険者の最上位のランクなのにこの2人はどっちでもいいよとまるで他人事だ。ランクじゃなくて格上との戦闘で自分が強くなれればそれで十分なんだ。こいつらは本当の冒険者だなと。
ダンはデイブとやりとりをしてからギルマスに顔を向けると、
「一つ確認させてくれ」
「なんだ?」
プリンストンがダンに顔を向けた。
「俺とデイブがランクSになったとして何か変わることはあるのか?例えばギルドから断れないクエストが出るとか街の領主と会わなきゃならないとか」
それならお断りだとダンは思っていた。自由気ままに動けるのが冒険者の特権だ。手枷足枷が増える様ならランクAの方がずっと良い。
ダンの質問に首を左右に振るギルマス。
「何も変わらない。今まで通りだ。行きたい場所に好きな時に行けば良い。敢えて言えばランクSになると大陸中のギルドに通知が行ってギルドの掲示板にお前さんたち2人のランクと名前が載るくらいだ」
「名前なんてどうせすぐに忘れられるだろうしそれくらいならいいか」
ダンが答えるとデイブも
「そうだな。今までと同じで行動に制限がないのならいいか。名前は売れても売れなくても俺たちには関係のはない話だしな」
「じゃあ決まりだな。お前さん2人のギルドカードを新しいものにする」
プリンストンは内心でホッとしていた。そして職員を呼ぶと2人のランクをSにして新しいカードを作る様に指示する。2人は名前なんてすぐに忘れられると思っているが実際は逆でランクSとして大陸中のギルドの掲示板に載ると2人の名前は一気に有名になるだろうと思っていた。
この2人は大陸の主な街を廻ってきている。それだけでも相当名前を売ってきているはずだ。そして今回のランクS昇格で目の前の2人が大陸中の冒険者のトップに立ったってことが証明される。
若手の冒険者であれば2人を目標とするだろうし中堅以上、特に今ランクAの冒険者達はランクSという高いハードルを乗り越えたなら相当な実力者だろうという認識を持つ。
いずれにしても2人の名前とノワール・ルージュという名前は忘れられるどころか冒険者や商人を中心にしっかりとInputされるはずだ。今まで以上に有名になるだろう。
プリンストンはそれを言うと2人が断るかもしれないと思い黙っていた。しばらくして職員が新しいカードを持ってギルドマスターの部屋に入ってきた。
「これがランクSのカードだ」
受け取った2人はカードを見る。今までとは色合いが違いそしてカードにはSという文字が刻み込まれている。
「ランクSになると立派になるんだな」
カードを受け取ったデイブが言う。
「当然だな。それだけ特別だってことだ」
2人はカードを一瞥するとすぐにそれぞれ胸のポケットにカードをしまった。普通ならランクSのカードを持てばそれをじっくり見たりそれについて話したりする、それ位の価値のあるカードでありステータスであるが目の前の2人は無頓着というか、ランクCからBに上がった時の様な反応で特に喜んでいる様にも見えない。淡々としている。
ため息をつきながらその仕草を見ていたプリンストン。カードをしまった2人を交互に見る。
「これからどうするんだ?」
「しばらくはヴェルスにいるよ。ずっと出てたからな。ダンジョンで体を動かしながらのんびりするさ」
デイブが言った。
「さっきも言ったが行動は自由だ。ただ街を出て他の街に行く時はギルドに連絡をしてくれ。それ以外は今まで通りでOKだ」
ギルマスの言葉にわかったと言って部屋を出た2人は久しぶりにアパートに戻って旅の疲れを取ることにした。




