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地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
第5章 姫巫女が遺したもの
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 轟音と揺れによって目を覚ます。


 あまり気持ちの良い目覚めとは言えないが、ここ数日でかなりその生活にも慣れてきていた。人間の適応能力とは恐ろしいものである。


 ベッドから起き上がり、すぐに着替えをする。最初の頃は、聖職者の女性たちが私を世話しようとしていたのだが、戦争中にわざわざ私の世話をしてもらうのは申し訳ない。それに、私は元々日本ではごく平凡な学生だったわけで、貴族のドレスであれば話は別だが、聖職者用の服くらいであれば、自分で着られる。


 もそもそと白い聖職者用の服に着替え、適当に髪を撫でつける。淡くくすんだ金髪は、ふわふわと所在なさげに腰のあたりを漂った。


 扉を開ければ、すぐ見える位置にミカニ神聖王国の騎士が立っていた。


「おはようございます」

「おはよう」


 挨拶だけして、私がそのまま礼拝堂へと向かおうとすれば、すぐに呼び止められた。


「姫巫女様、朝食を――」

「大丈夫。昼はちゃんと食べるから」

「しかし、お体に障ります」


 確かに彼の言うことも一理あるだろう。不規則な生活は、健康を害する場合もある。長期的に見れば、朝食を食べた方が良い気もする。


「でも、一度障壁を張り直した方がいいと思うの。そのあとちゃんと食べるから」

「……絶対ですよ」


 渋々といった様子で引き下がってくれた彼は、私の後ろをついてくる。ミカニ神聖王国では、姫巫女という立場はかなり特殊な立場で、害されるような心配はほぼないと言っていい。それならば、何故彼のような護衛が付いているのかという話だが、それはおそらくエルデ王国を警戒してのことだろう。


 可能性は低いが、どこかに隠れていることもあるかもしれないということらしい。


 礼拝堂にたどり着くと、再び、轟音と共に揺れが起きた。やはり、障壁は張り直した方が良い。


 礼拝堂の前方にある神像へと向かう。クリフが教えてくれたこの古代遺物は、ミカニ神聖王国を守るためのものだった。ミカニ神聖王国に残ると決めたその日、正直私は覚悟を決め切れていなかった。それはエルデ王国と敵対するということであり、自分の家族がいる故郷をこの手で攻撃することになると思っていたからだ。


 しかし、そこは不幸中の幸いとでもいうのだろうか。


 この古代遺物の効果はあくまで守りに徹していたのだ。ミカニ神聖王国を守る障壁を作るというのが、この古代遺物の効果であり、使用したことによってエルデ王国を攻撃することにはならない。ただ守りに徹するためのものだった。


 そのため、私も惜しみなく祈ることができる。罪のない人々が死ぬところは見たくない。人々の村や町が壊れていくところも見たくはない。


 神像の前で、小さく指に傷をつけて血を垂らす。そのまま跪いて、そっと胸の前で手を組んだ。今日もどうか人々が無事でいられることを願い、ただ静かに祈る。エルデ王国にいるはずの家族やランドルフ様が浮かぶが、軽く首を横に振って、頭の隅へと追いやる。


 ここに残ると決めた以上、私にどうすることもできないのだ。


 しばらく祈っていると、神像が青白く光った。やがて強い光を放ったかと思うと、その光は飛び散るようにして、ステンドグラスを潜り抜けて外へと消えていった。


「これで大丈夫だと良いのですが……」

「きっと大丈夫です。ミルドレッド様が一日に何度も祈りを捧げてくださるおかげで、今のところミカニ神聖王国は被害が出ていませんよ」


 いつの間に近くに来ていたのだろうか。穏やかな笑みを浮かべたクリフが立っていた。この微笑みも最初の頃は違和感があったのだが、随分と見慣れてしまった。


「それよりも、ミルドレッド様。朝食は?」

「これからです」

「それはよかった。本日は私と一緒にいかがですか」


 微笑みは変わらず、しかし、何かを含んだ声色に気が付いて頷く。大人しく彼の後ろについて歩いていけば、一つの部屋に通された。穏やかな朝日が窓から差し込んでおり、時折響く轟音さえなければ、とても戦争中とは思えない空間だ。


 きれいに整えられた部屋の中心には、小さめのテーブルが置いてあり、そこに食事が運ばれてきた。クリフに言われるがままに座ると、彼も向かいに座り、近くに控えていた聖職者や護衛を外へと出した。どうやら、思っていたよりも重要な話のようだ。


 目の前に置かれたスープからは柔らかな湯気が上がっている。


 それとは対照的に、部外者がいなくなった部屋の中で、クリフは眉を寄せて、暗い表情をしていた。先ほどまでの穏やかな笑みが嘘のようだ。


「……あまり良いお話ではなさそうですね」

「そうだね」


 私の言葉に、彼は頷いた。


 しばらく、黙っていた私たちだったが、先に動いたのはクリフの方だった。一通の手紙を取り出すと、それをテーブルの上に静かに置いて、私の方へと差し出してきた。読め、ということだろうか。


 遠慮がちに手を伸ばして、それを受け取り、封筒からそっと出す。その際に、ちらりとクリフの方を見れば、彼はバツが悪そうに目を逸らした。


 かさかさと音をたてて便箋を広げてみれば、文字がつらつらと書かれていた。


「報告書だ」

「報告書?」

「エルデ王国の一行が無事に帰れるように、手配していた。その件に関しての報告書だ」


 その言葉にはじかれたように、手紙に目を移す。確かに、書かれている内容はランドルフ様たちのことだ。どうやら、以前のクリフの言葉は嘘ではなかったようで、彼らが無事に国に帰れるように手を貸してくれていたらしい。


 読み進めていけば、特に怪しまれることもなく、エルデ王国との国境にたどり着いたことが書かれており、ほっと胸をなでおろした。その様子を静かに眺めていたクリフが、気まずそうに口を開いた。


「……二枚目」


 言われた通りに、二枚目を読み始めると、驚いたことに、エルデ王国に入国後の彼らのことが書かれていた。誰かが一緒に入国していたようだ。無事にエルデ王国に戻れたのだと安心しながら読み進めていると、ある言葉に目が留まった。


 行方不明。


「え……?」


 行方不明。その言葉がぐるぐると回る。すぐに理解しきれずに、もう一度同じ文を読む。


 ――エルデ王国入国後、エルデ王室からすぐに一行の取り押さえの命令が出され、そして、彼らは行方をくらませた。一夜にして、総勢二十人余りを我々は見失った。


「それが、彼らの様子を見ていたミカニ神聖王国側の報告書だよ」


 気まずそうに、しかし、はっきりとそう言ったクリフを見上げる。


「それでは……」

「彼らが無事なのかは、僕にはわからない。上手く逃げてくれているならいいのだけれど」

「そんな……」


 思わず言葉が漏れてしまうが、すぐに口を噤んだ。心のどこかでわかっていたはずだ。戦争とは理不尽なものであり、予想外のことも起きる。彼らの安全が保障されているわけではないとわかっていたはずだ。


「……君が望むなら、ここを放り出してエルデ王国に帰っても構わない」

「……それはできません。私は自分の意思でここに残ると決めました。どちらを選んでも何かを失い、後悔するのはわかったうえで、ここにいます。もし、今、私が揺らいでしまえば、無駄に被害が拡大するだけです。守ると決めたものを最後まで守ります」


 たとえ、大切な人々が行方不明になろうとも、その道を最終的に選んだのは私だ。あの日、群衆に囲まれながらも、私は彼らを追いかけることだってできたのだから。もう私は選んだのだ。ここで引き返すことは被害が無駄に拡大することを意味する。


 不安で胸がいっぱいになろうとも、誰かに縋りたくなっても、私はここで踏ん張るしかない。彼が無事でいることを祈って、私は私が守ると決めたものを守るしかないのだ。


「……」


 クリフは、私に対して何か言いたげにしながらも、すぐに目を伏せた。ミカニ神聖王国民は確かにエルデ王国民を恨んでいる。クリフもその一人だ。それでも、彼らは確かに交流を深めていたのも事実だった。複雑そうな顔をして俯く彼もきっと、私と同じように心配をしているのだろう。




 その日、古代遺物を用いて何度か障壁を張り直した私は、くたくたになった体を引きずるようにして部屋に戻ると、ベッドへと倒れこんだ。ふと、思い出して、立ち上がると、クローゼットを開けて一つの上着を取り出した。


 この部屋の中で唯一白色でない上着。私のものにしては大きすぎるそれを抱えて、再びベッドへと倒れこむ。その上着を強く抱きかかえて、目を閉じる。彼がたった一つこの場に残していったものだ。もう彼には会えないかもしれない。それでも無事でいてくれれば、それで構わない。どうか無事でいてほしい。彼も、ルセック様も、侍女も、護衛もみんな無事でいてほしい。


 情報が入ってこないオールディス家の皆は無事だろうか。お父様、お母様、お姉様は捕らえられてしまっただろうか。いや、それだけで済んでいるだろうか。


 暗がりの中で不安に苛まれながらも、人間というのは結局生理現象には勝てないようで、いつの間にかうとうとと眠りの中へと落ちていった。

お読みいただき、ありがとうございます。

本日から最終章です。


すみません、まだ少し忙しい状況が続いており、

次回の投稿は来週の土曜日となります。

よろしくお願いいたします。

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