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地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
第4章 ミカニ神聖王国の姫巫女
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少し遅刻して申し訳ありません。

「結論から申し上げますと、ミカニ神聖王国最後の姫巫女様は、エルデ王国の初代の国王陛下と婚姻を結ばれました」

「……初代国王陛下」


 ランドルフ様は、その言葉を繰り返した後に、はっとしたように目を上げた。おそらく、初代国王陛下と婚姻を結んだはずのお姫様が臣下に下げ渡されたという噂を思い出したのだろう。


「エルデ王国では、初代王妃様が臣下に下げ渡されたという噂がありました。あくまで噂だと考えていたのですが、それが本当だとすると、オールディス家に……」

「えぇ、その通りです。どのような経緯で臣下に下げ渡されたのかは、記録が残っていないのですが、姫巫女様が最終的にオールディス家に嫁入りなさっているというのは記録に残っています。ミルドレッド様の血が特別なのは、そのためです」


 クリフがそこまで話せば、状況はすべて理解したのだろう。後ろに控えていたルセック様は苦虫をつぶしたような顔でやや上を向いていた。ランドルフ様も、過去の確執が明らかになったことで、黙り込んでしまった。


 エルデ王国では、この話を知っている貴族は皆無だ。平民ならば尚更だろう。


 クリフは、二国間の確執の原因を知って考え込んでいる彼らを神妙に見ていたが、やがて、何か納得したような表情になると、口を開いた。


「ミカニ神聖王国民がエルデ王国に対して、非友好的である理由は、このことが原因だと言えます。この歴史を知っている方々は残っていらっしゃらないようですし、現代のエルデ王国民が悪いわけではないということは、私たちも重々承知しております。ただ、私たちとしても、歓迎をしたいと思えるわけではないのです」


 そう言ったクリフは、優しい微笑みを浮かべてはいるものの、目の奥には隠し切れない憎しみと恨みの色が見えた。


 ランドルフ様は、膝の上で、ぐっとこぶしを握ると、落ち着いた声で話し出した。


「……おっしゃる通りだと思います。我々は歓迎される存在ではないと、お話を伺って納得いたしました」


 沈黙が落ちる。何とも言えない重い空気に窒息しそうだ。微笑みを浮かべているとはいえ、エルデ王国への憎しみを隠し持っているクリフと、歴史を知ってエルデ王国の行いの酷さに罪悪感を覚えたランドルフ様とルセック様。


 居心地の悪さから、少しでも気を逸らそうと紅茶を口に含むが、香りを楽しむような心の余裕はない。カップを置く際のわずかな音すらも気になるほどの静けさに胃が痛くなりそうだ。


「……私たちも前に進まなければならないとわかってはいるのです」


 しばらくして口を開いたのはクリフだった。彼の次の言葉を待つかのようにランドルフ様の目がそちらを向いた。


「エルデ王国の方々が、この歴史を忘れ去ってしまったことを私たちは理解しているのです。そして、エルデ王国と親交を深めるべきであるとも理解しています。許すことは簡単ではありませんが、時間をかければ、いつかは友好的な関係を築くことができると、そう信じています。……いえ、信じたいだけかもしれません」


 彼の言葉を意外に思った。以前、私と話していた時には、エルデ王国に対しての憎しみが前面に出ていた印象が強かったのだ。今も、彼の声や表情や声には憎しみが見え隠れするものの、話している内容にも嘘はなさそうな、真摯な態度を貫いていた。


「まずは、その一歩目として、私は皆様と友好的な関係を築きたいと思っています」


 そう言って、彼はランドルフ様に手を差し出した。ランドルフ様は、その手を神妙な面持ちで見つめていたが、すぐに手を差し出した。


「私たちも、ミカニ神聖王国と友好的な関係を築きたいと考えております。今はまだ、歴史を知ったばかりで具体的な方法を見つけられておりませんが、いつか、必ず」


 ランドルフ様の言葉に、軽く目を見開いたクリフだったが、すぐに元の表情に戻ると、そのまま扉の近くへと移動した。


「それでは、お部屋をご案内させていただきます。道中、ミルドレッド様と皆様は完全に隔離されていたとお聞きしておりますが、大教会内では、比較的近いお部屋をご用意しております」


 静かに扉を開いた彼の後を追いかけて、私たちはソファーから立ち上がった。




 クリフに案内された部屋の中で、私は縮こまりたくなる気持ちを抑えつつ、必死に余所行きの笑みを張り付けていた。目の前から放たれる威圧感は、クリフよりも上だ。


 部屋の中の丸テーブルをはさんで向かい側に座っているのは、私よりも少し年上の少女だが、彼女はただの少女ではない。


 ふわふわとした髪は、緩やかなウェーブを描いて、腰まで届いており、好奇心旺盛そうなキラキラとした緑色の瞳がこちらを捉えて離さない。色白の頬には興奮しているの赤みがさしている。


「まさか、姫巫女様にお会いできるなんて」

「いえ、あの、私はただの侯爵家の令嬢でして……」

「いいえ、あなた様は間違いなく、姫巫女様ですの」


 可愛らしい見た目とは裏腹に、はっきりとした意思を感じさせる口調で話す彼女は、ミカニ神聖王国の第一王女殿下だった。


 私が部屋を案内されて、一息つこうと椅子に座ったところで、突然の訪問を受けたかたちだ。訪問というよりも突撃の方が正しいかもしれない。


 事前連絡は一切なく、ノックもなく、侍女の一人も連れずに、ドアを勢いよく開けられたのだ。ここまで話していて気が付いたのだが、勢いだけでいえば、お姉様と通ずるところがあるように感じる。


 それにしても、侍女も連れずに、この部屋にいらっしゃったということは、もしかして、正式な許可などは得ずに王城を脱走してきたのではないだろうか。ミカニ神聖王国のルールがどうなっているのかはよくわからないが、王族の方々が、一人で動き回るようなことは考えにくい。


 仮に、脱走してここまでいらしたのだとすれば、かなり活動的なお姫様のようだ。


「だって、ミルドレッド様は姫巫女様の条件に、ぴったりと合うのですもの」

「……姫巫女様の条件?」

「あら? ご存じなくて?」


 聞いたことのない話に、首を縦に振る。その私の様子を見て、パチパチと目を瞬かせていた彼女は、ぱぁっと顔を輝かせると、嬉しそうに笑った。


「それでは、お話しさせていただきますわ」

お読みいただき、ありがとうございます。

次回の投稿は、月曜か火曜日を予定しております。

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