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「……え? 冗談よね?」
「そう言われましても……」
お姉様に問いかけられて、私としても返答に困る。最近は、お互いに忙しかったこともあり、こうして向かい合ってお茶をするのはかなり久しぶりだ。
カミラがフレーバーティーを淹れてくれたようで、部屋の中はよい香りに包まれている。すっかりと夏になってしまったことで、窓から差し込む日差しは強いものの、カーテンを揺らす風は意外にも爽やかだ。
そのような穏やかな昼下がり、ゆっくりとお茶を楽しむつもりだったお姉様を驚かせてしまった自覚はあるが、私としても、最初に聞いた時には冗談だと思ったのだ。用意していた手紙を差し出すと、まだ半信半疑のお姉様が、それを受け取って目を通し始めた。
読み進めるにしたがって、お姉様の目が見開かれていく。ゆっくりと目線を上げた彼女は、信じられないというようにこちらを見ていた。
「本当にミカニ神聖王国に行くの……?」
「はい」
手紙は王家の紋章入り。つまり公式な手紙だ。今回は、王子殿下ではなく、国王陛下のサインが入っている。おそらく、文章の内容などは文官がある程度用意したものとみて間違いないだろうが、サインがあるということは、最終決定は陛下が下したということだ。
さすがに王子殿下でも、私を勝手に隣国へと留学させるような権限は持っていないらしい。どうにかして国王陛下に話を通したのだろう。
「それって、やっぱり先日の空に浮かんでいた神の眷属と関係があるの?」
「恐らくそうでしょう」
「じゃあ、アデラ様も一緒に行くのかしら」
「いえ、それが何故か私とランドルフ様なのです。あ、護衛は別でつけてくださるそうなのですが」
「アデラ様ではないの?」
一瞬不思議そうな顔をした彼女だったが、少し考え込んだかと思うと、すぐにパッと顔を上げた。
「そういうことね。今回、事を起こしたのはアデラ様。そして、現時点で古代遺物を使用できそうなのはミルドレッドとアデラ様の二人。その二人を同時に同じ場所に向かわせて、どちらも失うようなことがあれば、国にとっては痛いわよね」
私がしばらく考えて、やっと思いついたことをさらさらと述べていくお姉様には敵いそうにない。その推測が正しいかどうかはわからないが、そう考えるとつじつまが合うのだ。
神の眷属が空に浮かんだ件については、王都では大きな騒ぎとなったものの、案外、ほかの地域では気が付かれていなかったようだ。
それもそのはずで、古代語の本のときよりも持続時間は長かったものの、放置していたところ、しばらくしたら自然と消えたのだ。また、いくら城を覆うほどに大きいとはいえ、王都からある程度離れてしまえば、そもそも見えなかったようだ。そのため、目撃した人々の数も限られている。
噂としては国中に広がっているようだが、見ていない人々からすれば、そのようなものが顕現したなど信じられるはずもなく、冗談だと思われているらしい。日本でいうところの都市伝説くらいの信憑性だ。
また、仮に本当だと信じている人々からしても、神の眷属ということもあり、悪いイメージは全くないようだ。
お姉様は、その日、王子妃教育で王城にいたこともあり、実際に目にしている。最初は自分の目がおかしくなったのかと思ったらしい。ただ、すぐにそれが古代遺物関連だと気が付いたようで、帰宅した私はお姉様に質問攻めにされた。
「寂しくなるわ」
ため息とともに、そうつぶやいたお姉様に微笑みかける。
「たったの一か月ですから」
「それでも寂しいものは寂しいわ。そうだ、手紙を送るわ。ミルドレッドも時間があるときでいいから、返事を下さいな」
「はい」
ほぼ同時にティーカップに手を伸ばしたことで、おかしくなって笑い合う。そのまま紅茶を口にすると、目の前の可愛らしいお菓子を手にした。夏のフルーツが練りこまれた一口サイズのクッキーのようだ。口に含んでみれば、思った以上に爽やかな香りが広がる。甘さはしつこくなく、全体的にすっきりとした味わいだ。油断していると食べ過ぎてしまいそうだ。
「そういえば、護衛もつくって言っていたわよね。もう決まっているの?」
「王家側で選出してくださるようです。何だか大がかりですよね。事情を知らない方からすれば、何故ただの侯爵令嬢にそれほどの護衛を、と思われそうで」
「確かにそうね」
斜め上を見ながら、お姉様が何かを考え始める。その視線につられて、私も斜め上に目線を移す。壁が見えるだけで、特に面白くもない視界だ。つまらないので、お姉様に目線を戻すと、彼女もこちらを向いた。
「その護衛って、実力は確かな方が選ばれるのかしら」
「さぁ……どうでしょう。選出方法については私も知らないので……。何か気になることでもありましたか」
「今更なのだけれど」
そう言うと、真剣な顔で周りをきょろきょろと見た。その視線に気が付いたカミラが一歩引く。聞かれたくないというお姉様の意図を汲んだのだろう。
私もお姉様側に顔を寄せると、お姉様もまた私に近づいた。そのまま、口を耳に寄せると、私にだけ聞こえるくらいの小さな声で、ぼそぼそと話し出した。
「乙女ゲームのストーリーで戦争が始まるのって、そろそろだったような気がするのだけれど……。留学がすぐではなくて、少し先の時期ならば、ちょうどその時期と被ってしまうんじゃないかと思って」
「それは……困りますね」
「また呑気なことを……。まぁ、いいわ。でも、逆に言えば、この時期にミルドレッドが悪役令嬢として認識されていないってことは、貴族牢に幽閉されるという運命からは逃れられたってことかしら」
「あぁ、それは……」
「それは?」
聞き返されて、はっとする。お姉様には、私から伝えていることと伝えていないことがある。おそらく、勘が良い彼女のことだから、何かしらには気が付いているのだろう。
私は、クリフが言っていた、オールディス家の人間を消す、とか、評判が地に落ちる、というのが、ミルドレッドが悪役令嬢になった理由なのではないかと考えている。そのため、私がその選択肢を取らない限り、悪役令嬢として処罰されることはないと考えている。ただ、お姉様には、そのことを伝えていない。
そのうち詳しく話さなければならないが、今すぐに説明するのは難しい。
「なぁに? また考え事しているの? ミルドレッドは本当に考えるのが好きなのね」
苦笑いを浮かべたお姉様に対して微笑みかけて、適当にごまかす。これでいい。
「すみません、ぼーっとしてしまいました。ミカニ神聖王国でお土産を買ってくるので許してください」
「あら、それじゃあ、ミカニ神聖王国はガラス細工が有名らしいのよ。その技術を惜しみなく使ったペンダントと髪飾り、それから、独自の織物技術もあるそうだから、その布を使用したドレスと、それから――」
「お姉様、あまり買いすぎてはオールディス家が破産します」
「冗談よ」
ふふっとお茶目に笑って見せた彼女は、目を伏せて紅茶を飲む。長いまつげがその瞳を覆う。それだけで絵になる。
「オールディス家がこうして存在できているのは領民のおかげだもの。意味のない無駄遣いはいけないわね」
「そうですね。せっかくなので、農作業についても何か参考になるものがないか探してみます」
他愛もない話をしながら、昼下がりの時間は過ぎていく。強い日差しもゆっくりと傾いていき、暗くなるまで私たちは話し込んでいた。
すみません、少し遅刻してしまいました。
お読みいただき、ありがとうございます。
本日から第4章となります。
次回の投稿は木曜日とさせていただきます。
よろしくお願いいたします。




