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地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
幕間 乙女ゲーム正規ストーリー②
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 私やオールディス家への処罰は、思った以上にあっさりと決まった。


 一応裁判は行われたものの、ほとんど意味をなさないそれには思わず笑ってしまいたくなった。私としても、特に弁護は必要ないので、そのまま黙って参加していたが、罵声を浴びせられるだけの会だった。


 おそらく、これほどまでにスムーズに処遇が決まったのは、王子殿下の手が回っているからだと考えて間違いないだろう。殿下からすれば、私を有罪として、貴族牢に幽閉などの処罰を与えることができれば、表向きは、それに従っているように見せながら、私を利用することができるのだ。


 誰かの目を気にしながら、私に古代遺物の研究をさせる必要はなくなる。そもそも、人間としての最低限の生活を守りながら、研究をさせる必要がなくなるのだ。今まで以上に研究をさせるられるのだから、絶対に私を有罪にするだろうとは確信していた。


 そして、今日の裁判で、それが正式に決まった。


 私は、王城内ホールから大人しく出る。別に暴れたりなどしていないのにも関わらず、周りの騎士が私を小突くのは何故なのだろうか。


 傍聴していた人々は、好き放題に私に罵詈雑言を浴びせてくる。気持ちはわからなくもない。アデラ様を一方的にいじめていたのは私だ。


 しばらく、そうして歩いていると、罪人用の馬車が見えてきた。逃げられないように窓に鉄格子がはめられているなど、全体的に頑丈そうな馬車である。


 押し込まれるようにして馬車に乗ると同時に、乱暴に扉が閉じられた。もしかして、先ほど私をここまで連れてきた騎士はアデラ様に好意を寄せていたのだろうか。それならば、この乱暴さにもうなずける。


 扉のあたりで、鍵をかけるかのようなガチャガチャという音が聞こえていたが、しばらくすると、馬車はゆっくりと動き出した。聞こえていた罵声も少しずつ遠くなっていく。


 城を出て、王都を走っていると、人々は興味深そうにこちらをちらちらと見ていた。犯罪者用の馬車は目立つのだろう。誰が乗っているのか気になるようだ。しばらくすれば、彼らのところにも噂として私の悪事の話が届くだろう。


 だんだんと王都から離れていき、徐々に人が少なくなっていく。広がるのは農地ばかりで、たまに民家が見えるくらいだ。そろそろ、クリフが来てくれるだろうか。


 手はず通りであれば、盗賊に襲われたという体で、私を連れ出してくれるはずだ。


 突然、馬のいななきと共に馬車が停車した。反動で膝をぶつけたが、その時が来たかと頭は冷静だった。移送の護衛を任されているであろう騎士たちの声と、それとは別の声が響いていることを確認して、安堵した。


 クリフたちで間違いないだろう。


 できれば、命令されただけで古代遺物と何の関係もない騎士たちは殺さないで欲しいが、クリフたちの無事の方が優先だ。


 どれほどの時間が経っただろうか。思ったよりも短い時間で、外が静かになった。足音が扉へと近づいてくるのが聞こえる。ガチャガチャと音がしていることから、鍵の処理をしているのだろう。


 ギギっと重い扉が開かれたことで、一気に光が差し込む。少しまぶしくて、目を細めながらも、目の前にいる彼に対して微笑みかける。


「怪我はないですか」

「あぁ、うん、無いよ。けがの心配をしてくれるなんて、ミルドレッド嬢は優しいね」


 返ってきた声に思わず息をのむ。光に慣れてきた目が捉えた姿はクリフではない。彼は、もっと華奢で小柄だ。


「迎えに来たよ。さぁ、研究の続きをしてもらおう」

「で……んか……」


 差し伸べられた手から逃げようと後ずさる。狭い馬車の中では、逃げられるスペースなどないことは頭でわかっているはずなのに、体が言うことを聞かない。


 冷たい水色の瞳と目が合い、金縛りにあったように動けなくなる。


 どうして殿下がここにいる。クリフは、お姉様は、みんなはどうなった。クリフがいないということは、計画は失敗したということだろうか。


 浅くなっていく呼吸の中で、何とか殿下に問いかける。


「お、お姉様は……」

「ん? 街の最下層の娼館にたどり着くように手配してあるよ。平民に落とすことは裁判で決まったけれど、平民として幸せに暮らすところは見たくないからね」


 衝撃的な言葉に、頭を殴られたかのような錯覚に陥る。お姉様に恋をしていなくても、関係性は悪くなかったはずだ。


「どうして」

「どうしてって、それは彼女のことが好きだからだよ」

「は……?」


 相手が王子殿下であることも忘れて、間抜けな声が漏れる。何を言っているのかがわからない。


「殿下はアデラ様に好意を寄せているのではないのですか」

「いいや、違うよ。アデラ嬢は面白い政策を出してくれるけれども、そういった目で見たことはない。私が好意を寄せているのはリリアンだけだ」


 ますます意味が分からない。


「それならば、どうして娼館……しかも、最下層の娼館なんて……」

「簡単なことだよ。彼女が苦しむだけ苦しんで死んだ方がましだとそう思ったときに、私が手を差し伸べたら、どうなると思う?」

「い、意味が分からない……」

「きっと彼女は私に依存する。それに一度平民に落とされて、最下層の娼館に行きついた令嬢が生きていられるなんて、人々は思わないはずだ。だから、大事に大事に彼女を部屋の中に閉じ込めて――」

「やめて! 聞きたくない。それ以上言わないで……」


 耳を塞ぎながら叫んでも、王子殿下は不思議そうにこちらを見るばかりだ。


「そう? なら、この話はいったん終わりにしようか。あぁ、侯爵と夫人は普通に平民に落とすだけだよ。他に何か聞きたいことはある?」

「何も……。もう、もう何も……」


 酷い話だとは思うものの、希望はある。クリフの計画が上手くいけば、平民に落とされたお姉様は、その後助けられる手はずが整っている。今はとにかく落ち着くべきだ。


 目線を下げたことで、王子殿下の足元に血の海が広がっていることに気が付いた。おかしい。この馬車を護衛していたのは、当たり前だが王子殿下側の人間であり、争う必要などないはずだ。


「あ、忘れていたけれど、これ、君の知り合い?」


 殿下は比較的細いその腕に見合わない大きさの何かを軽々と持ち上げて馬車の中へと落とした。ゴトリ、と音を立てて地面に落ちたそれに対して、嫌な予感がしながらも、ゆっくりと目線を落とす。


「ひっ!」


 開ききった虚ろな茶色の瞳が私の方を向いていた。華奢な体は、至る所を刺されて血が流れた後があり、腕などは変な方向に曲がっている。吐き気がこみあげてきて、慌てて馬車の端にしゃがみこんだ。


 少し落ち着いてきたところで、振り返ってクリフに近づく。彼の瞳は私を捉えているようで捉えていない。あたたかな茶色の瞳は、もう温度を感じない。震えながらも彼に手を伸ばす。


「や、やだ……やだ、クリフ……どうして……」


 言うことを聞かない瞳から、ぽろぽろと涙があふれる。彼の頭を抱きかかえるようにして座り込む。返事は返ってこない。代わりに上から声が降ってきた。


「ふぅん、クリフっていうんだ。ミルドレッド嬢にアデラ嬢の殺害計画を吹き込んだのは、君だったんだね。おかしいと思ったんだよね」


 クリフに顔を寄せてきた殿下から逃げるように、彼を抱えて引きずるようにして後ろに下がる。大切に抱きかかえた彼は、まだほのかに温かさが残っていて、先程まで生きていたことが伺える。それがたまらなく悲しくて、そして、手を差し伸べてくれた彼を私のせいで死へと追いやってしまった事実が重くのしかかる。


 華奢だと思っていたのに、私にのしかかってくる重みが死を感じさせて、さらに絶望する。


「クリフ……」


 彼の乱れた前髪を優しく払い、整える。思ったよりも柔らかな髪の上に、私の涙が落ちる。それを拭うようにドレスの袖で拭いても、また新たに涙の粒が落ちていく。ふわふわとしていた髪は、私の涙で湿ってまとまってしまう。


「ミルドレッド嬢にしては、殺害計画が稚拙すぎた。君が本気なら、もっと上手くやるはずだよね。間違っても計画書を報告書に紛れ込ませるようなことはしない」

「ねぇ、目を覚ましてよ……私を一人にしないで……」


 血の気のない彼の頬を撫でる。その頬には、べったりと血が付いている。これは彼の血だろうか。それとも別の誰かの血だろうか。私のせいで、私に関わったせいで、こんなことに。彼がもっと幸せに生きる道もあったはずなのに、それを私が奪ってしまった。


「だから、どう考えても誰かが関わっていると思ったんだ。それで調べたら、このクリフ君? が関わっているとわかった。……聞いてないか」


 目を覚まさない彼の肩に顔をうずめる。かすかに花の香りがする。先ほどよりも冷たくなっている気がして、彼がもう死んでしまったのだと実感してしまって、彼の服に涙のシミが広がっていく。


 彼は死んでしまった。彼の仲間もきっと馬車の外で死んでしまった。そうでなければ、あのような血の海になるはずがない。全部私のせいだ。


 お父様とお母様は平民に落とされる。でも、貴族として生きてきた彼らが、クリフたちの手引きなくして幸せに過ごせるはずがない。生きていけるはずもない。きっと死んでしまう。


 お姉様は殿下から逃げられない。逃げられないだけじゃない。生き地獄を味わう。これも私のせい。私がもっと上手く立ち回れていれば、こんなことにはならなかった。私が、あの時、図書館になんていかなければ、あの時、古代語の本のことを確かめなければ、お父様もお母様もお姉様もクリフもみんな無事だった。


 何事もなければ、きっと今も笑っていたはずだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 私のせいならば、私が悪いのならば、それは責任を取らなくてはならない。クリフの肩から顔を上げて、彼の腰に下がっている短剣へと手を伸ばす。


「まて、ミルドレッド嬢!」


 焦ったような王子殿下の声が響いた。

お読みいただき、ありがとうございます。

明日の分をまとめて投稿させていただきました。


次回の投稿は月曜日を予定しております。

よろしくお願いいたします。

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