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 王城に呼び出されてから、2か月ほど経った頃、王家から私宛の手紙が再び届いた。封筒を手にしてみれば、確かな重みがあり、その中には手紙だけでなく、許可証などが入っているであろうことが予想できた。


 封を開けてみれば、予想通り、登城許可証と研究員の身分証が入っていた。この世界にも社員証のようなものが存在することに対して、謎の感動を覚えつつ、身分証を手に取ってみる。


「金属?」


 送られてくるまでは、てっきり紙の許可証だと思っていたのだが、手にした身分証は金属で出来ていた。残念なことに金属には詳しくないので、材質が何なのかはわからない。見た目は銅に似ている。


 日本の名刺サイズよりも少し小さい銅板には、名前と研究員という身分が彫り込まれており、首から下げられるように紐までついている。きっと王城内では、これを首に下げておく必要があるのだろう。社員証のようで少し面白い。


 手紙の方に目を通してみれば、明日から登城するように、という内容が書いてあった。時間は朝からで場所は王城の入り口のようだ。


「お嬢様、大変名誉なことでございますね」


 お茶を差し出してくれたカミラが微笑みながら、そう言った。引きつった笑みにならないように気を付けて口角を上げる。


「えぇ」


 私が研究職として働くことは、表向きには、王子殿下に才能を認められて特別に研究室に推薦された、ということになっている。


 オールディス家が人質に取られていて、嫌々ながらも働くという事実を知っているのは、ごく一部の人間のみだ。あの場にいた王子殿下とランドルフ様、クリフと護衛騎士、それから、私の話を聞いて何となく察しているお姉様くらいだろうか。


 カミラが淹れてくれたオールディス領産の紅茶を口にする。フレーバーティーのような華やかさはないが、落ち着く香りだ。明日からの生活に思いを馳せながら、のんびりとした午後の時間を満喫した。




 翌朝、馬車に乗り込もうとして、中にお姉様がいることに気が付いて驚いた。驚いている私を見て、彼女は満足そうに微笑んだ。


「おはよう、ミルドレッド。遅かったわね」

「え、お姉様……?」

「そんなに驚くことかしら? あぁ、とりあえず中に入って。扉が閉められないわ」


 お姉様に促されて、中に入ると、扉はすぐに閉められた。彼女の向かい側に座ったのと同時に馬車がゆるゆると動き出す。


「どうしてお姉様が馬車に?」

「あら、ストーリーを忘れてしまったの?」


 そういわれて少し考えると、すぐに答えはわかった。


「王子妃教育ですか」

「そう。貧血の症状が酷かったから、少し延期されていたけれど、今日から始まるの」

「事前に教えてくだされば、これほど驚くこともなかったかと……」

「ドッキリみたいで楽しいでしょう?」


 そう言って、お姉様は、軽くウインクをすると、いたずらが成功した子供のように無邪気な笑みを浮かべた。どうやら、私の反応を楽しみにしていたようだ。相変わらず可愛らしい人だ。


「そういうわけだから、これから、朝の馬車は一緒よ」

「そうなのですね。体調はもう問題ないのですか」

「えぇ、問題ないわ」


 この通り、といった様子で手を広げている。確かに、私にドッキリを仕掛けようとしているあたりは、いつも通りのお姉様だったので、問題ないのかもしれない。元気そうで何よりだ。


「無理はしないでくださいね」

「……ミルドレッドもね」


 一瞬で真面目な顔に戻ったお姉様が、声のトーンを落としてそう言った。私の状況を、大まかとはいえ、ほぼ正しく推測できているようで、心配そうにこちらを見ていた。


 これ以上心配をかけないように、できるだけ穏やかに微笑む。


「はい」


 手にしていた研究員の身分証を握りしめる。ふと、思い出したことがあり、お姉様に目線を戻した。


「そういえば、乙女ゲームの主人公は既に王城で働いているようです」

「会ったことは?」

「私は今まで領地に籠っていることが多かったので、まだありません。お姉様は?」

「挨拶くらいならしたことがあるわ。お茶会で顔を合わせたりとか……。ただ、できるだけ関わらないようにはしていたから、詳しいことは何もわからないわ」


 てっきり、お姉様も主人公との面識はないものと思っていたが、そういうわけでもなかったようだ。ただ、少し考えてみれば、それも自然なことのように思える。次期王妃となる予定のお姉様は、幼少期から社交の場に多く顔を出していたため、むしろ、主人公のアデラを避ける方が難しいだろう。あからさまに避けてしまえば、それは不自然だ。


「どんな印象でしょうか」

「ゲームの主人公そのまま、という印象だったわ。まじめで、優しく、まっすぐな感じの……まさにヒロイン。最後に顔を合わせたときから変わっていないのであれば、転生者の可能性は低いと思うの」

「そうなのですね」


 アデラとは、いずれ顔を合わせることになるだろうと思っている。いくら王城が広いとは言っても、毎日通っていれば、遭遇する確率は高まるからだ。


 窓の外を見てみれば、少し先の方に王都が見えている。その中心には、白亜の城がそびえている。これから毎日通う場所だ。賑やかな人々の声が響く王都へと馬車は進んでいった。




「ようこそ、古代遺物研究室へ! とは言っても、何も成果はないんだけれどね」


 そう言って、はっはっは、と大声を出して笑う目の前の老人に目を瞬いた。


「よ、ようこそ。そ、その、歓迎……したくないなぁ……なんて……」


 老人の後ろでオドオドとしながら、そうつぶやくように挨拶をしてくれた男性は、ぼさぼさの髪に、傷だらけで見えているのか怪しい眼鏡をかけている。どうやったら、眼鏡のレンズが、それほど傷つくのか教えてほしい。不思議だ。


「こら、今日から一緒に働く仲間になんてことを言うんだ」

「だ、だって……新しい人……こ、怖いし……」


 隣に立っているランドルフ様を見上げてみれば、若干の困惑を含んだ瞳がこちらを見下ろしていた。どうやら、この状況に困惑しているのは、彼も同じようだ。


 しかし、いつまでも黙っているわけにもいかない。仕方がないので、ゆったりとしたカーテシーを行うと、目の前の2人がぴたりと動きを止めた気配を感じた。


「オールディス侯爵家の次女、ミルドレッド・オールディスと申します。研究者として至らぬ点が多いかと思いますが、よろしくお願いいたします」

「ブライトウェル侯爵家の次男、ランドルフ・ブライトウェルと申します。先日までは、文官として働いておりました」


 私たちが顔を上げてみれば、動きを止めていた2人が動き出した。


「……き……貴族の、挨拶……久しぶりに、み、見た」


 呆然としたようにつぶやいた眼鏡の彼を、老人の方が容赦なく小突いた。


「こら、そんなこと言っていないで、挨拶せんかい」

「え……えぇ……。で、でも」

「あぁ、もう仕方がないな。私が手本を見せる」


 ゴホン、オホン、などと大きく咳ばらいをした老人は、先ほどまでの行動が嘘のように、驚くほど優雅な所作を見せた。


「ケネス・シェフィールド。研究員として働き始めて、数十年ほどだろうか。可愛らしいご令嬢に、凛々しいご令息、歓迎しよう」


 流れるような動きに思わず見とれていると、その後ろで隠れていた男性がおずおずと前に出てきた。


「マ……マルコム・ホフマン……と……も、申します。よ……よろしく」


 ぺこりと頭を下げたかと思うと、次の瞬間には、ケネス様の後ろに隠れてしまった。ケネス様はやれやれと言った様子で、頭を搔いている。


「君たちがどういう経緯で、この研究室に配属されたのかは、あまり知らないんだ」


 その言葉を受けて、表向きの理由すら王子殿下が伝えていない状況なのか、と思案した。しかし、深く考えるよりも前に、あっけらかんとした様子でケネス様が話し始めた。


「王子殿下が説明してくださったんだが、ちょうど古代遺物について考えをまとめていたところでな。ちょっと上の空だったというか、まぁ、そういうことだ」

「え……ケ、ケネス様、殿下の、お、お話……き、聞いていなかったんですか」


 呆気に取られている様子のマルコム様の横で、ケネス様は、はっはっは、と大声で笑い始めている。むしろ、大声で笑うことで、誤魔化しているようにも思える。隣を見上げれば、ランドルフ様がみたこともないような顔をしていた。困惑しているのだろうか。


 男社会と聞いていたため、どれほど冷遇されるだろうか、と少しは心配していたのだが、どうやらその心配は無駄だったようだ。ただ、かなり変わった上司のようで、別の苦労はあるかもしれない、などと思った。


 研究室内には、いつまで笑っているのか、ケネス様の声が響いていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回は明日投稿予定です。


また、いいねや評価をしてくださっている方々、ありがとうございます。

励みになっております。

今後ともよろしくお願いいたします。

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