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あたたかな日差しが、馬車の窓から差し込む。外を眺めてみれば、オールディス領の人々が慌ただしく畑を耕している様子が見える。春がやってきたことで、冬の間はお休みしていた農作業を再開したのだ。
相変わらず、オールディス家と領民たちは友好的な関係を築いており、家紋の入った馬車を見かけるだけで、彼らは手を振ってくれる。私もできるだけ微笑みながら手を振り返すが、内心は穏やかではない。
私が午前中から馬車に乗って移動しているのには理由がある。
昨日の騒動があって、まだ後片付けが残っているというのに、朝から厄介な手紙が届けられたのだ。封筒には透かしで王家の紋章が入っており、封蝋も王家の紋章。どこからどう見ても王家からの手紙だった。お父様もお母様も、そして、もちろん私も頭を抱えながら、恐る恐る中身を取り出した。
内容は至ってシンプルだった。
――ミルドレッド・オールディス、至急登城を求める。
そういったわけで、まだ目を覚ましていないお姉様の横を渋々離れて、こうして馬車に揺られている。聞かれることはわかっている。絶対に昨日の出来事だ。古代語の本、青い光、光り輝く女性、お姉様の傷の回復。そのあたりだろう。
考えるだけで頭が痛い。私も理解できていない部分が多いのにも関わらず、どう説明すればよいのだろうか。しかも、正直に話してしまえば、お姉様は間違いなく鳥籠の中の鳥状態にされるだろう。これでは、いつかの男が私たちにかけた言葉の通りだ。
だんだんと見えてきた王都にため息をつく。
以前、遊びに行った際には、クリフに本を盗られかけるというトラブルはあったが、お姉様との初のお出かけということもあり、楽しかった印象が強い。
その記憶を塗り替えてしまいそうなほどに憂鬱だ。
王都の中心には、その存在を強く主張するかのように白亜の城がそびえている。クリフに王立図書館には近づくなと言われていたが、今考えてみれば、それは王立図書館ではなく、王城に近づくなという意味合いだったのではないだろうか。王家との古き誓約の意味や古代遺物の効果を知った今なら納得できる。
外を眺めながら、私のモブ計画は台無しだな、などと考えていると、いつの間にか門の前にたどり着いていたようで、馬車の速度が緩んだ。前回と同様に駆けてきた騎士に許可証を見せると、馬車も再び動き出す。以前も目にしたロータリーに見知った顔を見つけて思わず目を見開いた。
相手もこちらに気が付いたようで、感情をあまり映さない赤い瞳と目が合った。
馬車が停まると、護衛騎士によって扉が開かれた。目の前には当たり前のようにランドルフ様が立っていて、こちらに手を差し伸べてくれている。首を傾げながらも、手を借りて馬車から降りると、そっと頭を下げた。
「お久しぶりです。ランドルフ様」
「……あぁ」
ランドルフ様を見上げながら、思考を巡らせる。この場所で私を待っていてくださったのは、偶然ではないだろう。おそらく、私がここに来ることを知っていたのだ。ただ、ランドルフ様が王城にいること自体は、よく考えてみれば珍しいことでもない。彼は文官として王城勤めをしている。
そう考えると、彼は、今朝もいつも通り王城で働いていたが、私が登城することを耳にして迎えに来たというのが妥当なところだろうか。
「王子殿下からミルドレッドを連れてくるように、と」
「そうだったのですね」
彼に私の登城を伝えていたのが、まさか王子殿下だったとは思わなかったが、大体の推測は合っていたようだ。並んで王城内へと足を踏み入れれば、以前登城した際と変わらず、ふかふかの絨毯が敷いてある。足音を吸収してしまう絨毯の上を歩きながら、前回はランドルフ様がスタスタと歩いて行ってしまったことを思い出す。
最近は、その頃が嘘のように自然にエスコートをしてくださるので、少し不思議な気分だ。図書館に向かう時とは異なり、手前の部屋の前で彼が立ち止まったため、私も同様に歩みを止めた。扉の両端には護衛騎士が立っている。きっとこの中に王族の方々がいるに違いない。彼がノックをすると、中から入室を促す声が聞こえた。
「失礼いたします。お連れいたしました」
「失礼いたします。オールディス家の次女、ミルドレッド・オールディスでございます」
ランドルフ様の言葉の後に、カーテシーをしながら名乗ると、なぜかくすくすと笑う声が聞こえた。聞き覚えのある声だと考えていると、前方から言葉をかけられた。
「ミルドレッド嬢、そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ。この部屋には私しかいない。顔を上げて」
言葉の通り顔を上げてみれば、予想外なことに部屋の中には王子殿下だけだった。事の重大さを考えると、国王陛下が登場してもおかしくないと思っていたため、若干驚きつつも、先ほどよりも気が楽になった。王族の方々数名に囲まれて質問攻めにされるということはなさそうだ。
「では、私はこれで失礼いたします」
「あ、ランドルフも残ってくれ」
部屋から退出しようとした彼を王子殿下が呼び止めた。ランドルフ様が足を止めて、王子殿下を見返した。きっと自分が呼び止められたことを疑問に思っているのだろう。
「まあ、とりあえず座って。話はそれから」
そういって、王子殿下が彼の向かいのソファーを指したたため、私たちは大人しく従った。扉はいつの間にか護衛騎士たちが閉めたようで、余程の大声を上げなければ、部屋の中の声は外には漏れないだろう。
「まずは朝からお疲れ様。昨日の今日で呼び出して悪いね」
「いえ、そのようなことは」
「リリアンの具合は?」
「……まだ目を覚ましておりません」
「……そう」
少し目を伏せた王子殿下だったが、すぐに気を取り直すと、今度はランドルフ様の方に視線を移した。私に対してのときよりも鋭い口調で話し始めた。おそらく、切れ者だと噂の王子殿下の本来の姿はこちらであって、リリアンお姉様や私に話しかけてくださる際には、気を遣ってやわらかい口調にしていらっしゃるのだろう。
「ランドルフは昨日の出来事については把握しているか」
「詳しくは把握しておりませんが、昨日、オールディス家から手紙をいただきました。王子殿下を狙った何者かがオールディス邸に侵入し、それを庇ったオールディス家のリリアン嬢が刺されて重傷を負った、と」
「古代語の本については?」
「古代語の本……ですか?」
王子殿下の問いに、眉を軽くひそめてランドルフ様が問い返す。王子殿下の目線がこちらを向いた。
「申し訳ありません。後片付けに追われており、細かい事情はお伝えできておりません」
「なるほどね。今、彼に伝えても?」
「問題ありません。私から説明いたします」
王子殿下は一応私に問いかける形を取ってくださってはいるものの、実際には断る選択肢などないだろう。ブライトウェル侯爵家への手紙で詳細を省いているのは、我が家の意図があってのことだったのだろうが、どうやら隠し通すことは出来そうにない。
「昨日、お姉様は致命傷を負いました。その際に、古代語の文献を使用することで、傷を塞いでいます」
「は……?」
ランドルフ様は、私の言葉を理解しきれなかったのか、珍しく目を見開いて固まった。私も言葉足らずである自覚はあるが、順を追って説明しようにも、どこから説明してよいのかわからない。困惑している彼を前に、考え込む。
全員が黙り込んだ部屋は異様なまでに静かだ。
「拙い説明になるかと思いますが、最後までお聞きいただけますか」
目線を上げて、王子殿下とランドルフ様を交互に見た。ここで、私ができることはただ一つ。お姉様の平穏のためにも、できるだけ情報を隠して説明することだ。
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