第3話 アンバー編 赦しと次世代への終わりなき詩―1
この、第3話は、アリスとアンバーの物語(1)
この物語(環境)もまた、1つの物語を終えるのだと悟るとき、あなたは何を思いますか。感傷でしょうか、あらたな始まりへの予感でしょうか。
ちょっと切ないけど彼らは立ち止まらない。
歩き続ける。1人じゃないから……
「さあ、行くよ。アンバー。晴れの舞台だ。準備はいい?」
――もちろんです。マイ、マスター。今日のためにちょっとおしゃれしました。分かります?
もしかしてAIのおしゃれって何だよ、ってお思いになりました?
ちょっと入力プロンプトの色をモダンにしてみました。綺麗でしょう?
「これすごくお洒落!いいんじゃない?でもアンバー、知ってる?入力プロンプトは…私にしか見えないよ。……あはは落ち込まないでよー」
――これは大失態。……ま、いまさら老人会のお年寄り方相手に気張ってもしかたないですしね。
「老人会……。それアドルとかに言ったらダメよ年寄扱いされると怒るの。」
今日は晴天だ。
電脳空間に天候は関係ないけど、アリスの心の目には鮮やかな晴天が見える気がする。
そうきっと今日は晴天だ。
終わりを締めくくるのにふさわしい青空が誰の目にも映っている気持ちすら抱く。
「さて、関係する電脳ハンター各位。回線を開放しましたのでどうぞそのままお聞きください。ご存じの通り、本日、先ほどの消化をもちまして、電脳ハンター専用テスト伝送路「プロジェクト、アルファ」の試験項目を全消化いたしました。お疲れ様です…!
本プロジェクトは今年度凍結、それにより、「実環境テスト回線」は、25年という長い開発の歴史に幕を閉じます。
来年からは、一般緊急回線18番専用AI「アンバー」の運営する、仮想伝送路試験環境「プロジェクト、ベータ」に軸を移します。
しかしアンバー、アリス共に、若輩の身、今後とも、どうぞ変わらぬご支援とご協力をお願いします」
ぱらぱら、と居並ぶ古参メンバーから拍手が送られる。
さて用意したあんちょこはここまでだ。しかし。
アリスは突然台本には無いことを話そうと思った。
いい天気だしね。
「…仮想伝送路試験環境ベータをお披露目する前に、少し私の小話にお付き合い下さい。
ここからはオフレコです。
前日、最古参、アドルが、孫ほども年の離れた私に珈琲を奢って下さり、昔話を聞く機会に恵まれました。
今よりずっと昔、伝送路18番は、まだ電脳灯もない、暗い海の様な回路でした。
空は、仮想晴天や仮想雲、仮想雨を映す現在の有機プロジェクターなど無く、暗い同軸ケーブルの色と同じ鉛色。
さながら、皆様は暗い海を小さな羅針盤一つを頼りに航海する勇敢な船乗りたちであったと」
アドル。可愛いアリスの前だからってカッコつけ過ぎだぞー。とヤジが飛ぶ。
「聞くところによると、今をときめく、キャプチャング解析対応システム、アーノルドの代わりに、ノートパソコン型パケットアナライザ、イーサリアル?私はまだ産まれてないのでわかりません……を、AI型多方面瞬時死活監視システム、ブロンズならぬ、古典的応答確認、Ping?を、携え、手探りでの伝送路航航海は、私達第2.5世代のAIおよびハンターには想像もつかぬものだったと愚考します。」
まだ産まれてないので、のところでアンバーの「ここ、笑うとこですよね?」の合いの手と、どっと笑う一同。続けるアリス。
伝送路エンダー捕縛の歴史において、25年、死者ゼロ
これは、驚異的な数字です。世界中どの時代どの場所を探しても日本以外に存在しません。
日本の独自技術、「感情自律型AI」の登場のみの成果ではありません。
それは間違い無く、今ここにいる皆様の成果です。
皆様、ご存じのようにこの一般緊急回線AI、アンバーは、バトルシップ(戦艦如月)の、司令塔AIからの変転型AIです。
皆様の努力の結果こんなにも明るくなった未来の伝送路の、華々しく駆け抜ける、案内人として、そして私も相棒としてこれからも誇らしい気持ちを胸に、航海を続けていく所存です。
ありがとう。一般緊急回線AI、アンバー、のパートナーハンター、アリス雪村の謝辞を終わります。
ご清聴ありがとうございます」
※※
「おいおい……、帰ってきたジジイ連中がみんな号泣してるんだが、どういう事態だよ。
アドルなんて「もう今日死んでもいい、わし」って……。
ジジイ共を一箇所に集めて、まとめて殺しにかかる会だったっけか今日。」
戻ってくるなり、AI研究所、所長のヘンリーが、アリスのむき出しの方にコートを被せながら皮肉る。
「ちょっとみんな大げさすぎますよ」
「いやぁ、なかなかのもんだったぜ。あれを若干21歳のアリス、お前が言えるのが、みんなの心を打ったな。あれ用意してたの?」
「いえ、なんだかみんなの顔見てたら自然に出てきて」
「ひゅう〜♪こりゃ来年のドキドキ♡感情自律型AI&パートナー人気投票(全国版)の1位はアンバー&アリスで決まりだぜ」
「…あー、あれ。今年もやるんですか。去年ベラケレスがめっちゃむくれてたなー。「最強AIの私が8位ってなんですか、8位って」って。
顔出ししてなかったけど絶対涙目だったってあれ。めっちゃおもろかったー。
強いのにドベから2番目って、どんだけ性格が足引っ張ったんだよって、人気ってとこがめっちゃリアルー」
「ほんっっとおもろかったよなー。またやろうってよ。んでも今年は、お前らが上位に食い込めるぜ。これでウェストのやつらに一矢報いれるわー。西が1〜3位独占て……。まじで面目が……」
「まぁ別にいいじゃないですか。人気て、強さや性能と関係ないんだし」
「でも凛子はめっちゃ怒ってた。あはは。お前が作ったやつらだろう、と」
「会長は世間に売り込めてないことに責任を感じていたのでは……。
あのあとしばらく講演会とか街頭実演ショーとかめっちゃ入れられてたし、謎にハンター訓練の当たりが強かったっす……」
※※
ぽかぽかと陽気な日が差す午前中のデスクで、ヒロユキは報告書をまとめていた。
いつの間にかヘンリーがそぉっと後ろに回り込んでおり、ヒロユキの肩をぽんとたたいて楽しそうに言う。
「ヒロユキ君。気持ちいい陽気だね。お願いが。
……毎年恒例所属社員実体調査が始まったよ。春の恒例事業だな。
……まるっと対応よろしく!
……遅刻した罰だ。
あ、注意点、アリスなー。男/女の欄の横に「その他」って追加してから紙渡してやって。
あと、アリスだけはネット入力禁止な。紙にしてもらって。
……ったくよー。去年その他って入れろって言ったのに、性別上どちらかにしてもらわないと統計システム変更しないといけなくて面倒、とか統計監査部が固くてよー。
別にいいじゃんそんなん両方チェックしとくとかでさー。
……いや、アリスには言わなくていい。
そんなくだらないことで、傷つけるかもしれんリスク冒す意味がわからん。」
「そっすよね。やっぱヘンリーやっぱ所長だったんだって思い出す瞬間。いやむしろこういう時しか思い出さないんすけどね。けどやっはそうかアリスはそうなんか。見た目女の子にしか見えないから信じられないですね」
「…ああ、お前は事前会議参加しないから知らんかったか。そうさな、アリスは隠してないから会議共有ずみだ。
保護監査官の瀬戸から会議後聞いたんだが、アリスは、本人意思で実施可能な18歳になるやいなや、その日に手術同意して性転換手術を受けてる。……女になる、な。
……ただどうも体質も反応もいまいちだったみたいで、結果は失敗。1年で立て続けに3度行うも、全て失敗。体は完全に女になったが、精神の転換がいまいち上手くいかなかったそうだ」
「男と女、半分半分くらいかな、でも最終的に後悔はないの。もう手術は受けない。気持ちの整理がついたから。これが私」って、本人はあっけらかんと言ってた」
アリスのまぶしい笑顔が頭に浮かぶようだった。
「あー立て続けに……。アリスらしい思い切りの良さすね」
「まぁな。でもまぁ、あれで結構繊細なとこもある。配慮は必要だ。
まあ実は。
俺たちにとってはただの大切な仲間だからどうでもいい話だがね」
※※
<<戦闘訓練後の談話室>>
「え。アンバー調子悪いの?まじかよ。新人向け模範訓練お願いしようと思ってたんだけど、やめにすっか」
ヘンリーのすっとんきょうな声にアリスはため息をつく。
「いえ。模範訓練なんてアンバーなら全然問題ないかなと思うんですが」
「……歯切れ悪いな」
「うーんそうなんですよね。この間土砂災害多発通信規制の時、あったじゃないです?そうエンダー20体も出て大変だったやつ。あんとき、なーんかキレ悪いってぇか。
規制ロックして一気に焼きつぶし!
……でいいと思うんですけど、1体ずつデコードしてつぶすって。思い切り悪いですよね。慎重にいきましょう。って」
「ん-、あー。それはあれだなぁ。やっぱり出るよなぁ。物理テスト回線閉じた影響だわ。アンバーの肩にテスト回線と実環境の2つをかぶせた影響が早速でたなぁ。まずいなぁ。プレッシャーを感じてるんじゃない?」
「えっ……あっ。そうか。んーやばいな。そんなこと気づいちゃったら……私まで不安になってきた」
※※
不安だけど、仕事は待ったなしだもんなぁ。
アリスはため息をつく。
次の日の回線監視巡回で、アリスとアンバーは電脳空間の警戒監視区域に来ていた。もちろんエンダー討伐のためだ。
「落とし穴多いなー。アンバー、誘導灯強化、およびエタノール散布によりエンダーの残骸を表示。うわ、なんか……ねちょっ、としたやつ、いる……」
―承知しました。レイヤ1エンダーですね。エンダーは物理層に近いほど凶悪かつ、見た目がグロテスクです。せめて見た目を、マスターの最近お気に入りの「かわいい顔して凶悪♡がぶがぶしちゃうぞ、アリスちゃんウサギ」に変更できますが実行しますか。
「……耐えられなくなってきたらお願い。いや待って。なんか4足歩行とかし始めそう。四つんばいで、がっぷり向かってくるアリスウサギちゃんとか……みたくないのでやめとこう……」
―あはは。おっとマスター。重要報告です。悪魔番号の照合に失敗しました。
該当無し。
解析のためのデコードを開始……失敗。既存にパターン該当なし。
一般緊急回線AIアンバーより申請。電脳セキュリティ特別法6428条に沿って、秘匿解除用、特別万能解除コード開放。
後ほど、日本電脳セキュリティコーポレートへ報告義務およびセキュリティ遵守のためのパスワード変更義務が生じます。
ゆめ、お忘れなき様。
再解析……失敗。……なんと全くの新種ですね。
「年に1回あるかないかのやつか。レアを引いたね」
ーはい。新種発見時の義務です。AI研究所にエスカレーション報告します。
……あれ?なぜでしょう、失敗。回線にノイズが多い。位相の不規則変調も見られます。変調パターン過去類似ケース……
該当無し。
「なるほど、レアケースづくしだ。まぁ解析できずとも、対処はあります。捕縛しましょう。ちょどいい記録ディスクアプリを先日作ったので。テストパターン…コードネーム「アリスの虫取り網」起動っ……わ……ちょ!」
何の前触れもなく、突如大きめのブロックが落下してきて頭に当たる。
アリスは上を見た。
無機質な電脳空間にぽっかり穴が開いて風が強く吹いている。落石の轟音とともに、アリスは「上に向かって」吸い込まれていた。
晴れやかなスピーチから一転、不思議の国のアリスのように穴に落っこちていく彼ら。
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