76 想像
この場にいる誰一人としてLV1の攻撃スキルを持っておらず、どうしようかと考えた矢先だった。
由衣が「あっ」とこぼすと、手を動かし始める。
「もともと取るつもりだったし、せっかくの機会だからいいよね? 初級魔法LV1獲得っと」
呟きを聞くに、どうやらたったいま初級魔法を入手したみたいだ。
「由衣、別に無理にスキルまで取ってくれる必要はないんだぞ」
「いえ、実はギルドの先輩からも、1つくらいは自分の身を守るために攻撃手段を用意しておいた方がいいって言われていたところなんです!」
「そうなのか? けど由衣くらいのレベルだと、少しのSPでもかなり貴重だろ? いま使ってしまってよかったのか?」
「その点についてもご心配なく。つい昨日、私は150レベルを超えたので!」
由衣の発言に俺は驚いた。
「初めて会った時は50やそこらじゃなかったっけ? この短期間によくそこまで伸びたな」
「えへへ、そうはいってもすごいのは私じゃなくてギルドなんですけどね。ギルドの人たちはやっぱり効率的なレベル上げ方法を色々知っているみたいで、私もそれを教えてもらって実行しているんです」
たしか、由衣の所属しているギルドは【宵月】だったか。
国内有数のギルドだということもあり、その辺りは充実しているのだろう。
と、ここで突如として由衣が何かを閃いたかのような声を出す。
「あっ、そうだ! 聞いてください凛先輩。ギルドに1つ年上のすっごくかっこいい先輩がいるんですよ。物腰柔らかで、丁寧で、実力もあって、周りのメンバーからも尊敬されていて……そんな凄い方に色々と私も教えてもらったんですよ! これを聞いて何か思うところはありませんか?」
「……よかったな?」
「むぅ、もう凛先輩なんて知りません!」
その返答が不満だったのか由衣は顔をそっぽに向けてしまった。
どうやらバッドコミュニケーションだったらしい。
まあ、いい。
伝えるべきことだけは伝えておこう。
「なんにせよ、由衣が初級魔法を獲得してくれたことで助かったのは事実だ。ありがとな」
「っ……ま、まあ、感謝されるのは悪い気分ではないですからね、受け取っておきましょう!」
一転、由衣は嬉しさを隠しきれていないような表情でそう答えるのだった。
由衣の協力を得られたところでさっそく技能模倣の検証に移る。
「それじゃ、借りるね、由衣先輩」
「どうぞだよ、華ちゃん!」
「――技能模倣。うん、コピーできた!」
準備ができたので、さっそく魔物と戦闘だ。
「華と由衣、2人が同じ魔法を使った時の差を確かめたい。まずは由衣からお願いしたいんだが大丈夫か?」
「はい、任せてください!」
そんなことを話していると、目の前にレッサーウルフが現れる。
討伐推奨レベルは5という、弱い魔物だ。
「由衣」
「分かっています――ファイアボール!」
「ギャウッ」
由衣の手から放たれた炎の球が、レッサーウルフに直撃する。
たった一撃でレッサーウルフを倒すことができた。
「次は華だな。準備はいいか?」
「う、うん。任せて!」
どうやら初めて魔法を使用するという事実に緊張しているみたいだ。
使い方は教えてあげたから大丈夫だとは思うが。
その後、もう1体レッサーウルフが現れる。
華は周りより一歩前に出て、大きな声で唱える。
「ファイアボール!」
華の手から放たれた炎の球は、由衣のそれと比べてかなり小さかった。
そのため、攻撃を喰らったレッサーウルフは少しうろたえた後、華に向かって駆けてくる。
「ガルゥ!?」
レッサーウルフが俺に蹴り飛ばされて死んだ後、皆で今の検証結果について話し合う。
「どうやら華の技能模倣は、コピーした魔法の威力をそのまま再現することができないみたいだな」
魔法の威力はスキルレベルと、術者の知性ステータスによって決まる。
レベルが低い華は当然ながら知性ステータスも低いため、由衣が使うそれと比べて格段に威力は劣っていた。
「ユニークスキルだからとはいえ、無条件に高レベル者と同じ力は扱えないってことだな」
「むぅ、ってことは、私のスキルは弱いってことなのかな?」
「そんなわけあるか。逆に言えば華のレベルが上がるのに比例してコピーしたスキルの力も強まっていくってことだし、スキルの中にはスキルレベルでダメージ固定のものもある。結局は使い方次第だ」
「そっか……なら、少しでも強くなれるよう頑張らなきゃね!」
「ああ」
ひとまず技能模倣の検証をそこで終え、残りの時間は冒険者としての心得を教えた。
一通りのことを伝えたタイミングで、俺はその場に座り休憩する。
そして魔物と戦っている華、由衣、零の3人を眺める。
そして、少し突拍子のないことが頭に浮かぶ。
「近距離、中距離の戦闘が可能な零に、遠距離からの支援が得意な由衣。それからどちらも対応可能な華。意外とバランスがいいんだよな。欲を言えば前衛に特化した存在……タンクでも加われば、かなり強力なパーティーになりそうなもんだが」
しかし、これはあくまでいま俺が思っただけで、現実感のない妄想だ。
3人のレベルはそれぞれかけ離れているし、そもそも由衣はギルド所属。
この妄想が現実のものとなることはないだろう。
そう、それこそ3人のレベルが近くなり、同じギルドに所属するなんてことにでもならない限りはな。
「ま、いずれにせよ、今考えることじゃないか」
それから約1時間、ダンジョン内での活動は続いた。
華に伝えたいことは伝えられたし、零や由衣といった先輩冒険者と交流する時間にもなった。
結果として、かなり充実した1日だった。
そして翌日から、再びダンジョン周回の日々が始まる。
10個目のダンジョン踏破を終えたのは、それから約1週間後のことだった。
想像という名目で、本文内にプロットを書くという離れ業。
もっとがんがん流行らせよう。




