第116話:頭が痛いんだが
俺、松崎祐樹が中世ヨーロッパ風の異世界に転生してから約二ヶ月。
冒険者になったり、魔族の襲撃から王都を守ったり、クーデターを回避したりと、色々なことがあった。
『勇者』としての強さを期待して呼び出された俺だったが、ステータス欄に書かれていたジョブ名は『賢者』。
俺を呼び出した勇者と国王には落胆され、何もわからないままに王の間を追い出された。
最初こそ、この先どうしようと困ったものだが、だんだんと『賢者』が実は強いということがわかってきた。
ヴィラーズ帝国の第三皇女アレリアと出会ったことがきっかけで冒険者になり、冒険者としての活動をする中でこの世界のことが少しずつわかってきた。
充実した日々を送っていたある日、王城に忍び込んだ魔族に対処するため、城の中に入った俺はついでに国王と勇者たちの不正を暴いた。
これがきっかけで旧国王は処刑されることとなり、勇者たちはそれぞれ別の国に追放することになった。
こうして、新生オズワルド王国が誕生した。
その後、エルフの里の王女アイナとも行動を共にするようになった。
魔族の襲撃から王都を守ったことが評価され、オズワルド王国内の貴族で最高位にあたる『大公爵』と呼ばれるようになったのが先月のこと。
謎の古代遺跡を調査したことで見つけた魔法書。
最後の一冊を求めてヴィラーズ帝国に渡った俺たちは、魔法書自体は苦労なく手に入れることに成功するが、追放した盾の勇者カタンによるトラブルに巻き込まれてしまう。
カタンは、勇者としての地位を奪った俺に恨みの感情を持っていた。
感情が暴走したカタンは帝国の革命を狙う集団と手を組み、俺の殺害に加え、魔法兵器による王都の破壊を狙っていた。
ギリギリのところまで追い詰められた俺たちだったが、俺が従えている二体の竜の力も借りつつ、どうにか危機を脱する。
こうして目の前の危機は去った今だが、アレリア、アイナ、ミーシャの三人に同時に求婚を迫られ、人生最大の危機に瀕している——。
◇
どうすりゃいいんだよ——っ!?
俺は、個室トイレの中で頭を抱えていた。
声に出して叫びたい気分だが、生憎ここは城のトイレ。
石造りの建物とはいえ、さすがに叫べば誰かが駆けつけてくる。
二日前、予想だにしないタイミングでアレリア、アイナ、ミーシャの三人に想いを告げられた。
傍目から見れば贅沢な悩みにしか見えないだろうが、当事者からすれば深刻な問題だ。
「ユーキがんば」
「人間も大変だナ〜」
スイとアースが小さな手で背中をポンポンしてくれた。
正確には前足なのだが、ここでの機能的には人間の手とそう変わらない。
「……はぁ、戻るか」
トイレを出た俺は、リビングルームへ。
リビングではアレリア、アイナ、ミーシャ、ユリウスさん、リリスさんが集まってティータイムを楽しんでいた。
始まってすぐに抜けてきたので、俺の分の紅茶はそのまま残っている。
「ユーキ君大丈夫?」
手前に座っていたミーシャが俺の姿に気づき、心配そうな目を向けてきた。
「もう大丈夫だ。ちょっと頭が痛くなっただけだからな」
そう言いながら、席に座る。
「ええ〜!? ユーキ、頭は大丈夫なのですか!?」
「ユーキの頭が心配……」
アレリアとアイナにもあたふたさせてしまった。
しかしこうも頭と連呼されると、中身は大丈夫だと強調しておきたくなるな……。
「それでさっきの話の続きなんですけど」
「ん……」
アレリアの声に反応して、ビクッとしてしまう。
「ユーキは一人としか結婚できないって本当なのですか?」
そう、さっきはこんな話をしていた。
「ああ、俺が育った国ではそうだった」
地球でも、世界を見渡せば必ずしもそうではなかったが、欧米の価値観に影響された現代日本では一夫一妻が当たり前だった。
「う〜ん、そうなのですね」
「珍しい国もあるのね……初耳だわ」
「それって平民だけじゃなくて、貴族もなんだよね?」
どうやら、三人にとってはかなりのカルチャーショックらしかった。
突き詰めて考えれば、十分な経済力がありながら妻を一人に限定する理由もそれはそれでよくわからない。
彼女たちの気持ちはわからないではない。
「ふむ……となると、誰と結婚するか決めなくちゃならないということか」
ユリウスさんは難しい顔をしていた。
聞くところによれば、全員と結婚すれば良いではないかと考えていたらしい。
「あの、ユリウスさんは奥さんってリリスさん一人なんですよね?」
「うむ、いかにも」
「こっちの世界では、その方が珍しいんですか?」
「珍しいかもしれんな。まあ、俺がこれまでの人生で愛したのがリリスしかいなかったからだが……」
そう言い、チラッとリリスさんを見つめるユリウスさん。
熱い眼差しを返すリリスさん。
「一人にこだわる信念とかそういうのではないな」
「そんなもんですか」
この世界では、これが当たり前のものとして受け入れられている。
だとすれば、受け入れるべきは俺の方なのかもしれない。
……と、簡単に割り切れれば良いのだが、踏ん切りがつかないというのが正直なところだ。
「じゃあ、誰か一人を選ぶなら、ユーキは誰を選ぶのですか?」
アレリアが俺に尋ねると、アイナとミーシャの二人も興味津々な様子で俺に注目する。
「いや、それはだな……」
今一番されて困る質問である。
その答えが出せていないから、頭が痛くなるまで悩んでいるわけで……。
答えに詰まっていると、通信結晶がブルブルと振動した。
「すまん、レグルスから連絡みたいだ」
レグルスナイス! と心の中で褒め称え、俺は逃げるようにリビングルームを脱出。廊下に出る。
雑音が入らない場所で通話を開始した。





