魔神の降りたつ場所へ到着です ③
「んー、気持ちが良い!!」
トリツィアは山頂に辿り着くと、楽しそうに笑った。
魔神が降り立つこの場所にいても、トリツィアは全く怯んだ様子もなく、ただこの山頂の光景を楽しんでいるようだ。
「巫女姫様、魔神ってすぐは現れない感じですか?」
「そうですね。満月の夜に復活すると神託が下りているので、三日後でしょう。それまでは待ちましょう」
「そうなんですねー。じゃあそれまではのんびりできますね!!」
魔神が現れる……とされている中で寛ぎ倒しているトリツィア。
寝転がったり、走り回ったり……、彼女は大変元気である。
魔神が現れるのは、三日後。
なんとか、間に合うようにこの場に辿り着けたことに巫女姫はほっとしている。
もし間に合わなかったら、それはそれで大惨事になったことだろう。
「巫女姫様、ちょっと向こうに淀みありますね!! あれが魔神が現れる予兆か何かですか?」
「……そうですね」
トリツィアが無邪気に巫女姫に語り掛ける先――、そこにはトリツィアや巫女姫のみ感じられる微かな淀みがあった。
巫女姫もよっぽど気をつけて確認しないと気づかない小さな淀み。それにトリツィアはすぐに気づく。
「巫女姫様、あの淀みどうにかしたら魔神現れないんじゃないですか?」
「……そうですね。私ではちょっと対応が出来ません」
「そうなんですね!」
「……トリツィアさんは、出来るのですか?」
「やろうとすれば出来ますよー。やります?」
「いえ、トリツィアさんの力に頼りきりなのは望むところではありません。魔神はこの場に現れた時、弱っていると神託であります。そのタイミングでこちらで対応をします」
「はーい。じゃあ、私は見守ってますねー」
「はい。そうしてください」
魔神が現れる要因の一つである淀み。
それに関してもトリツィアはどうにか出来るだけの力を持ち合わせている。なの軽い調子で提案するが、巫女姫は断っていた。
トリツィアという異常で、おかしな下級巫女の力をただ借りるだけではどうしようもないのだ。
おそらく彼女は歴史上で例を見ないほどに巫女としての力が飛びぬけている。その少女にばかりすべてをゆだねていればこの後が困ってしまう。
――とびぬけた才能を持つものでないと解決できないことなど、出来ればない方がいいのだ。
そういう才能を持たないものでも解決できるようにしておかなければ、その者の寿命が尽きた時に立ち行かなくなってしまうから。
(……もし私じゃ対応できずにトリツィアさんの力を借りることになったとしても、その後、ちゃんとどうにか出来るだけの力は手に入れておかないと。それに次代の巫女姫にもそのことはちゃんと伝えておかなければならない。いつの時代もトリツィアさんのような方がいるとは限らないのだから)
巫女姫は、無邪気に笑うトリツィアを見ながらそんなことばかり考えている。
たらればの話。未来の話。
――巫女姫は神殿を背負っている少女なので、考えることが盛りだくさんである。
その未来も魔神をどうにかしなければ迎えられることの出来ないものであるが、不思議と笑みをこぼしているトリツィアを見ているとなんでも大丈夫だとそう思えている。
だからこそ、巫女姫はまもなく魔神が現れるというのに不思議と落ち着いている。
(幾ら力があったとしてもその性格によっては人を落ち着かせることなどきっと出来ないものよね。歴史上で存在していた暴君とか、誰にも寄せ付けない力を持っていた剣豪とか、そういう人は人と交流が苦手な人も多くいた。でもトリツィアさんはそういう人たちともまた違う。人づきあいは得意な方だろう。力をどれだけ持っていても孤高とかではなくて、人々の中に紛れ込んでいる。トリツィアさんがこういう性格じゃなかったら、もっととっつきにくい人だったら私の心境もまた変わったのだろう)
ただ力がある下級巫女だからではなくて、他でもないトリツィアだから。
――巫女姫がこれだけ落ち着いている理由はそこに集約する。
「巫女姫様、ご飯食べましょうー」
「巫女姫様、あっちに綺麗な花が咲いてますよ!!」
「巫女姫様、魔神が現れるからって魔物がいなくて楽ですねー」
「巫女姫様も一緒にマオの散歩行きますー?」
魔神が現れるまでの三日間、トリツィアは何処までも楽し気にそんな風に巫女姫に話しかけていた。
トリツィアにとって、魔神が現れるというのも結局日常の一部。非日常には決してなり得ない。
――無邪気なトリツィアと過ごしながら、三日が過ぎる。
まもなく夜が訪れる。
神託により、魔神が現れるとされる夜が……。
トリツィアが見つけた淀みが、徐々に広がっている。
それは紛れもない魔神が現れる前兆である。禍々しい淀みは見る者を不安にさせるには十分だった。
巫女姫も同様で、徐々に口数が少なくなっていく。
普段通りなのはトリツィアとオノファノだけである。魔王であるマオも、魔神という存在を感じているのか、何処か元気がない。
――そして、その時が訪れる。




