魔神がやってくるようです ③
「巫女姫様、来ましたよー」
トリツィアは無邪気に、にこやかに笑いながら『純白の巫女姫』アドレンダの元へとやってきた。
自称ただの下級巫女であるトリツィアが巫女姫の元へ足を運ぶのは目立つため、こっそりとやってきた。総本殿の護衛騎士たちの目をかいくぐってひっそりとオノファノと共に侵入したわけである。
アドレンダはトリツィアから「行くならちょっとこっそり行きます」と言われていたものの、本当に騎士たちの目を全てかいくぐってやってくるなどとは思っていなかった様子で驚いた顔をしている。
騎士であるゼバスドもその事実に何とも言えない表情である。しかし以前、女神様をその身に卸すという偉業を成し遂げたトリツィアに何か言う気はないらしい。
トリツィアはそういうものだと、巫女姫もゼバスドも理解してしまっている。
「トリツィアさんも、オノファノさんもよくきてくれましたね。手紙は読んでくれましたか?」
「はい。読みました! 魔神が現れるかもなんですよね」
「……そうですね」
……手紙を読んだ上で、この調子なのかと巫女姫は驚いてしまう。
この総本殿で最も力のある巫女とされているアドレンダは正直言って、魔神なんてものが現れることに平常心ではいられなかった。
ただでさえこの前、魔王なんてものが復活した。それなのに今度は魔神である。
どうして自分が生きている間に邪神や魔王が復活したり(トリツィアが対応したが)、魔神が現れようとしているのかと頭を抱えている。
しかし目の前で無邪気に笑うトリツィアを見ていると、そういうことで頭を抱えている自分はどれだけちっぽけなのだろうか――なんてそんな風にも巫女姫は思う。
自身が悩んでいることも、頭を抱えていることも、全てがトリツィアの前では些細なこと。
――それが事実なのだと分かると、巫女姫は少し落ち着いた。
「トリツィア、私は神託を受け、魔神が現れると言う場所に行かなければなりません。魔神への対応は巫女姫である私の仕事でもあります」
「そうなんですねー。頑張ってください!」
「ただ、その、出来ればトリツィアにも同行していただきたいと思います」
巫女姫はそんな申し出をトリツィアにした。
トリツィアに全てを任せるではなく、あくまで同行をお願いする巫女姫。
「私についてきて欲しいんですか?」
「はい」
「それはどうしてですか?」
「……私が、自分自身の力に対して自信がないからですかね。私は『純白の巫女姫』なんて呼ばれているけれど、トリツィアさんと比べればちっぽけな力しかないです。失敗して私だけが大変な思いをするならいいのですが、今回はそうではありません。魔神をどうにかすることが私が出来なければ世界が大変なことになるかもしれません。トリツィアさんが同行してくださったら私はとてもほっとします。だからついてきてくれませんか?」
それは紛れもない巫女姫の本音である。
幾ら巫女姫と言われていようともアドレンダはまだ年若い少女である。周りから祭り上げられている存在であり、苦労を重ねている。それに巫女姫はトリツィアという存在を知ってしまった。下級巫女という立場でありながら、誰よりも巫女としての力に優れている存在を。
その存在を前にすれば、巫女姫と呼ばれるアドレンダもまだまだだということも。
――魔神などという、神を名乗る人々の敵。
そんなものを相手にしなければならないのは、巫女姫にとっては重圧だった。そして恐れだって抱いている。それでも――彼女は巫女姫だからこそ、それをやらなければならない。
「そういうことならついていくのはいいですよー。代わりに美味しいものください」
「美味しいもの……そんなものでいいのですか?」
「はい! 美味しいものを食べたら幸せな気持ちになりますから。それに魔神が現れる場所がどこかは知りませんけど、そこに向かうまでは色々楽しそうなもの見つけられそうですし。あ、でもあんまり目立たないように同行したいです」
「……トリツィアさん、そんなに簡単に人の頼みをいつもホイホイ聞いているんですか? 頼みごとをした私がいうことではないかもしれないですけど、いつかトリツィアさんが騙されないか心配です」
「大丈夫ですよー。だましてきた人はぶっ飛ばします!」
「……そうですか」
「はい!」
トリツィアは巫女姫の言葉に元気よく答えた。
魔神への対応に同行するというものの対価としては、美味しいものだけというのは釣り合わない。なので巫女姫は他にもいろいろと報酬を用意しなければならないと考える。
「あと巫女姫様、それにマオも連れて行っていいですか?」
「……魔王もですか?」
「マオはまだまだ躾最中ですからおいていくと心配ですし、それに魔神の元へ行くのはマオの散歩になりますからね」
「……トリツィアさんが問題ないというのならば、連れてきてもらって構いません」
「ありがとうございます!」
散歩。魔神への対応を散歩呼ばわりである。
巫女姫はトリツィアと話していると、本当に自分の悩みはちっぽけなものなのだと、より一層そう思うのだった。




