魔王の復活。巫女を攫いにきた魔王の運命は……③
大神殿に忍び込んだ魔王は――その強大で、神聖な力を持つものが厳重に守られることなく、その大神殿に存在していることを運が良いと思っていた。
それにこの大神殿には、邪神も封印されている。その邪神の封印を解くことが出来れば――益々面白いことになるだろうとそんな風に魔王は思っている。
(――まずは、こんな場所にいる巫女を攫い、力を取り込む。それが出来れば我が力は益々増すことだろう)
その魔王は、黒い人影であった。
原型を保っていないような、闇と表すのにふさわしい。
その一目見ただけで悲鳴をあげてしまいそうな見た目のその存在は蠢いている。
魔王は不遜な存在である。自分は誰よりも強く、何があっても問題がないと――そんな風に心から思っている。
だからこそ、魔王は理解などしない。
自分のことを下すことが出来る存在がいるなどとは。
そして巫女という存在はか弱いものだと思っている。幾ら、巫女としての力が強くても、基本的に巫女は守られるべき存在である。
厳重に守られていない巫女など、簡単に攫えると……そんな風に思っているようである。
だから、トリツィアなどという規格外の存在がいるなんて思っていない。
その蠢く魔王は、護衛騎士たちにも、大神殿の結界にも阻まれることなくその場に侵入している。それは周りからしてみれば大きな脅威であろう。
……トリツィアは、自室で眠っている。基本的に規則正しい生活を心がけているトリツィアは、夜の時間はいつもぐっすりである。
そのトリツィアの寝室に、魔王は足を踏み入れようとして――阻まれた。
「なっ」
トリツィアの神聖な力が編んだ結界。その結界は魔王が通り抜けることも出来ないようだ。
魔王があがいている。その結界を壊してしまおうと、
魔王にとって、巫女が編んだであろう結界を壊せないことはプライドが許せないのだろう。
魔王は力をその結界にぶつけようとする。その大きすぎる魔力がその場で発散される前に、
「何やろうとしているの?」
その力に気づいたトリツィアが起きた。
トリツィアは普段の巫女服とは違い、部屋着を身に纏っている。トリツィアは眠たそうに目をこすりながら、面倒そうに魔王を見ている。
魔王はそのトリツィアを目の前で見て、その力の強大さを理解する。そもそもの話、こういう魔王が目の前にいる状況で怯えもせずに、面と向かって魔王を見ているだけでもその力が強いことが伺えるものである。
魔王という存在は、並の存在では対峙するのが難しい。
「おお、なんという力か!! その力、我がもらい受けよう!!」
魔王はトリツィアを前に、そう言い切った。
それにはやはり慢心があっただろう。幾ら強大な結界を生み出すことが出来ようと愛らしい少女の姿をしているトリツィアに負けるはずがないと、そう信じている。
トリツィアが邪神を封印しなおしただとか、神を降ろすことが出来るとか……そういう事前情報を知っていたならともかくとしてトリツィアを一目見ただけではその異常さなど理解は出来ない。
「もー。煩いなぁ」
トリツィアは煩わしそうにそういうと、結界を生み出して魔王のことを閉じ込めてしまった。
それはわずか一瞬の出来事である。
トリツィアは眠たかった。
魔王よりも睡眠の方が大事だとは思っているものの、一欠けらの理性が放置していると大変なことになりそうと告げている。
そのため、眠るための環境を作ることにする。
先ほど魔王の行く手を阻んだ結界よりも、強い力の込められたそれの中で魔王はあがく。
こんな小娘にしてやられるかと、こんな小娘の結界を自分が壊せないはずがないと――。
魔王はそう思い、力をぶつける。
しかし、その結界内でその魔王が放った力自体が反射し、魔王へと襲い掛かる。
そういう力の込められた結界であるらしい。
魔王は強い力を持っている。……しかし、魔王自身の力は魔王に効くものである。魔王は自分の力を受けて、傷を負った。
トリツィアは結界の中で暴れる魔王を、一旦自分の部屋の中に入れ、その結界が壊れないことを確認すると――魔王が侵入している状況だと言うのにベッドに寝転がり、
「……おやすみなさい」
そのまま二度寝した。
魔王は目の前の存在が理解出来なかった。結界の中に閉じ込めるだけ閉じ込めて、眠たそうに眠った。魔王が此処にいることを全く気にもしていない様子が意味が分かららない。
自分が侮られているのでは……と気づいた魔王は、自棄になってその結界を壊そうと益々あがく。
しかしあがけばあがくほど、傷を負うのは魔王である。
――たった一人の少女が生み出した結界を、魔王と呼ばれる自分が壊すことが出来ない。
その事実は魔王の自尊心も破壊していくものである。
結局、その結界は翌日になってもとけていなかった。
……トリツィアは閉じ込めている魔王に関心がないのか、眠くて忘れているのかそのまま放置してお祈りに向かおうとしていた。
魔王が慌てて声をあげれば、「あ、そういえばいたんだ」みたいな視線を向けられる。
魔王の心は、その時点で折れそうであった。




