上級巫女になんてなりません! ②
「凄い豪華な馬車! 初めて乗るかも!」
「トリツィア、常にこういう馬車に乗りたいなら上級巫女になるのもありだぞ」
「嫌です! それに幾ら豪華でも走った方が速いじゃないですか」
「……それはトリツィアだけだ」
今回、総本殿から呼び出しを受けているということで、トリツィアとその護衛のオノファノ、そして神官長であるイドブと神殿騎士たちは豪華な馬車でその場に向かうことになった。
その馬車は特別製で、加えてその馬車を引く生き物もまた普通の馬よりも速度を維持できるものだ。しかしトリツィアにとってみれば走った方が速いらしい。
トリツィアの規格外さを散々見せられてきたイドブは、トリツィアの異常性を理解すればするほど何とも言えない気持ちになる。
(どうして神は、よりにもよってトリツィアにこれだけの力を与えたのだろうか。もう少し大人しい少女に与えればよかったものを……。トリツィアは神を信仰しているからこそ神殿にいるが、大人しく神殿に囲われるような性格ではない)
もし……トリツィアが大人しい少女だったのならば、大人しく神殿に囲われるような性格だったのならば――その力をもってして巫女姫と同等の地位にぐらいなれただろう。いや、それこそその地位よりも上の存在になったかもしれない。
ただトリツィアが大人しく力が強い少女だったのならば、改心する前のイドブに良い様に使われて終わっただろう。
トリツィアがトリツィアだったからこそ、イドブは改心した。
しかし、もう少し大人しければ……とイドブは思わなくもない。
「神官長、髪を触ってどうしました?」
「……なんでもない。トリツィア」
「はい! なんですか?」
「トリツィア、上級巫女へ上がることを求められる可能性が高い」
「嫌です!」
「……嫌なのは分かっている。ただ、断るにしてもくれぐれも穏便に断ってほしい」
「私はいつでも穏便ですよー?」
「どの口が言っている? くれぐれも、暴れたりはしないように」
「向こうが襲い掛かってきたりしない限り暴れませんよー」
トリツィアは無邪気である。
トリツィアに言っても仕方がないと思ったのか、イドブはオノファノを見る。
「オノファノ、トリツィアが何かやらかす前になるべく止めるんだぞ」
「はい。ただ俺はトリツィアの護衛騎士なので、トリツィアが害されそうになった場合は止めませんし、俺が対応します」
「……ああ、そうだな。流石に正当防衛は仕方がない。ただ、その、トリツィアが自分からこう暴れようとしていたら流石にそのまま背中を押すのはどうかやめてほしい」
「はい」
頷くオノファノを見ながら、本当に大丈夫だろうかとイドブは髪をおさえる。
ちなみに同じ馬車の中に、イドブを護衛するために騎士も乗っているが彼は話を聞いていないふりをしている。
その騎士も十分トリツィアとオノファノの異常さはしっているので、心の中で面倒なことにならなければいいと願うばかりである。
「ねーねー、神官長、この街、凄く綺麗ですよ。遊んできていいですか?」
総本殿までたどり着くためには、いくつもの街や村を経由する必要があった。
トリツィアはその日、泊る予定の街を楽しそうに見ている。
「駄目だ」
「でも一泊するんですよね?」
「一泊はするが、泊るだけだ」
「夜に出歩いて遊んできていいです?」
「巫女が夜遊びをしようとするな! 待て、聖地巡礼の時もまさか夜遊びを――」
「たまにしましたよ? あと野宿したりもしたから、夜に魔物ぶっ飛ばして遊んだりとか」
「やめなさい! トリツィアならどこにいようとも誰が相手だろうとも生き延びるだろうけれど……! でもやめなさい」
「大丈夫ですって。ちゃんと夜出歩くときは巫女服以外を着てました!」
夕方に辿り着き、一泊して朝には出る。
そういうスケジュールなのだが、トリツィアは折角なので夜に遊べないかと考えたようだ。
それは当然、イドブに止められていた。
(……はぁ、聖地巡礼の報告書、事務的に書かれていたが確実にそれ以上のことはやらかしている。トリツィアだから仕方がないとはいえ……、本当にこのトリツィアを巫女姫様や私よりもずっと位の高い方々に会わせていいものか……。しかし、断ることなど出来ないわけだし……。聖地巡礼にいかせるべきではなかったか? いや、聖地巡礼は巫女の義務でもある。これ以上先延ばしにも出来なかったが……)
トリツィアは一旦、夜遊びはやめてくれた。
しかし、イドブはこのトリツィアを神殿のお偉いさんたちに会わせて大丈夫なのかと若干の不安を抱えていた。
イドブは道中、不安になり何度も何度も自分の髪を触ってしまった。
そんなイドブと対称的にトリツィアもオノファノも平然としていたのだった。
――そしてそうやって何日も馬車に揺られて、トリツィアたちは総本殿に到着した。




