下級巫女、出張に行く ⑭
トリツィアは聖獣と会えたことが嬉しくて仕方がないという様子である。聖獣に遭遇したというのに、いつも通り嬉しそうに無邪気に笑いかけるトリツィアは中々の大物であると言えるだろう。
『そうか。俺はホロラだ』
「ホロラ様ですね。よろしくお願いします! 私、聖獣様に会ったの初めてなので、嬉しいです」
そう言ってトリツィアは笑う。
ちなみにオノファノは聖獣であるホロラの力に中々声を発せないでいる。オノファノの反応が普通である。
聖獣を前にしておきながら、いつも通りの様子のトリツィアの方がおかしい。
『はははっ。お前は面白いな』
「面白いですかー? ありがとうございます!」
『それでこんなところまで何をしにきたんだ?』
「ん? 特に何も用事はないです! しいて言うなら挨拶に来ました」
トリツィアは特に何か用事があって、何かしらの目的があって此処に来たわけではない。ただ近くにいることを知って会いに来ただけである。
軽い調子でそんなことを言いきるトリツィアに、ホロラは益々おかしそうに笑った。
『本当にそれだけが理由でこんなところまできたのか。本当に変わり者だ』
「ホロラ様に会いに来る人は目的を持つ人が多いんですかー?」
『そうだな。普通に聖獣に会いに来るものは、何かしらの願いを持つ者が多い』
「へぇ。正直、自分の願いは自分で叶えるものじゃないですか?」
『それはお前が力のある巫女だからこそ言える言葉だろう。それにしても後ろの男も、特に俺に願いがあるわけではなさそうだ』
「オノファノは私の出張の付き添いです! オノファノも自分の願いは自分でかなえようとするタイプですからね」
トリツィアはそう言いながらオノファノの方を見て、不思議そうな顔をする。
「オノファノ、大丈夫?」
「まぁ、ちょっと押されてるだけ。凄い圧なのに、トリツィアは平常運転だな」
「逆に私は心地よいよ!」
トリツィアはオノファノの言葉に平然とそう答える。
信仰心が強く、女神様に愛されていると言えるトリツィアは寧ろ聖獣の発するものは心地よいとさえ思っていた。
「凄く心地よい神気にあふれていて、この場所もホロラ様も凄く素敵!!」
『お前はマイペースな巫女だな。先ほど出張と言っていたが、出張とは?』
「女神様がよく言っているんですよー。仕事のお出かけだと出張だって。なので、出張なのです。神様にまつわるエリアを見て回れるの凄く楽しいですよ」
ホロラはその言葉を聞いて、この巫女は神によっぽど気に入られているのだろうと面白くなっていた。
神に気に入られている巫女というのは、時折現れる。神が気まぐれに寵愛するものである。
そういう寵愛された巫女は、歴史に名を残すものばかりである。それだけの存在だからこそ、精霊や聖獣たちの間でも有名になることがほとんどだ。
しかしホロラはとても力のある巫女である、目の前のトリツィアのことを認識はしていなかった。
『お前は神から寵愛を得ている状況だが、何か使命などはあるのか?』
「んー。特にはもらってません! 女神様とはお友達です! とっても尊敬しています」
『よっぽど神と波長があっているのだろうな。そうでなければ幾らお気に入りとはいえ、神が人から友達と言われることを許すはずがない』
神様というものは気まぐれで。
神様から寵愛を得ている存在は、大抵は何かしらの理由を得て寵愛を得る。そして使命を与えられたり、力があるからこそ何かを成そうとしたり。
今までホロラの出会ってきた者は、そういう者が多かった。
この場所まで訪れる者は、何かしらの目的があった。
叶えたい願いがあり、それをどうにかするために此処に来た。
時に邪悪な存在を倒すために。
時に親しいものの病を治すために。
時に世界に満ちた瘴気を払うために。
そういったその訪れる者にとっての、重要な願いを叶えるためにここに来るものが多かった。
神から寵愛を得たものが、邪悪な存在を倒すための力を求めて此処にきたり……というのもよくある話である。
しかしトリツィアはそれのどれにも当てはまらない。
女神様から愛されている。でもそれ以前からトリツィアは驚くほどに力が強い巫女だった。
トリツィアは女神様から好かれていることは嬉しいが、別にその寵愛がなくてもトリツィアはトリツィアである。
力に溺れることなく、トリツィアはいつでも自由気ままだ。
「ホロラ様、今日は此処に泊まってもいいですか? 凄く良い場所なので、女神様に祈りとかを届けてゆっくりしたいなーって」
『よかろう』
そしてトリツィアが望んだため、その聖獣の住処にトリツィアとオノファノは泊ることになった。
トリツィアはいつも通りに祈りをささげ、普段通りに過ごす。
精霊や聖獣が傍にいても、トリツィアは全く緊張した様子もなくいつも通りである。ホロラはそんなトリツィアに少し呆れた様子だった。
そして翌日になると、「じゃあ、また来る機会があったらきますねー」とトリツィアは笑って去っていくのだった。




