下級巫女、出張に行く ⑫
「オノファノ、じゃあ、此処で舞を奉納するから!」
「ああ」
トリツィアとオノファノは、誰もいない小高い丘の上に居る。
……街でドラゴンを蹴散らすという真似をやらかしたため、騒がれ、領主に上級巫女に推薦させそうになったりということがあり、トリツィアは面倒になってオノファノを連れてすぐに街を出たのである。
領主たちには「上級巫女なんて面倒だから嫌だ」とははっきり言っていた。
トリツィアからしてみれば、ドラゴンをぶちのめしたことはどうでもいいことだった。
それよりも女神様に舞を奉納したくて仕方がなかったのだから。
――そういうわけで、トリツィアはとりあえず舞を奉納するために誰もいない場所に居る。
服装は普段と変わらない巫女服である。
その場に居る観客は、オノファノだけだ。
トリツィアは、裸足になり、地面を強く踏み、舞い始める。
精錬された動きで、まるで妖精か何かのように――美しく舞う。
本人は女神様のことしか考えていないわけだが、ただ一人の観客であるオノファノはその様子に見惚れている。
その舞が自分に向けられているものではなかったとしても――それでもその舞はオノファノを惹きつけるのには十分なものだったから。
『トリツィア、とても綺麗だわ!!』
(ありがとうございまーす! 女神様にささげるものですからね!)
ちなみに女神様はその様子を見て楽しそうにしていた。
トリツィアはオノファノの様子を気にかけもしていなかった。
ただ女神様が喜んでくれているということが嬉しくてそのことで頭はいっぱいである。
そして、その奉納の舞が終わる。
「よし、おわり! ちゃんとささげられてよかったー。って、オノファノ、どうかした?」
そして舞が終わるとようやくトリツィアはオノファノの様子に気づく。
じーっと凝視するようにトリツィアを見ていたオノファノに、不思議そうだ。
オノファノははっとする。
「トリツィアの舞は綺麗だなと思っていただけだ」
「ふふっ、女神様に向かって気合を入れて舞ったからねー」
綺麗だと言われたトリツィアは、楽しそうに笑いながらそういう
『もっと押しちゃえばいいのにー』
(女神様、押しちゃえってなんですか?)
『オノファノに言っているのよ。もっとグイグイいっちゃえばって、伝えてもいいわよ』
トリツィアに直接語り掛ける女神様は、大変楽しそうである。女神様からしてみればトリツィアがオノファノとくっつけばいいのになと思っているのでこの調子だ。
「ねぇ、オノファノ。なんか女神様が押しちゃえばいいのにーって言っているけど」
「……なんだ、その伝言」
「もっとグイグイいっちゃえばって、なんのことかわかる??」
「……なっ、トリツィア、気にするな!」
オノファノは何を言われたか理解して動揺した様子でトリツィアに告げる。
というか、自分の気持ちがすっかり女神様にお見通しになっていて、本人伝えで応援されている事実に驚いた様子だ。
「……それより、トリツィア、あとどのくらい巡礼の旅を続ける? あんまり遅くなると神官長が心配するぞ」
ちなみにこの心配は、トリツィア自身への心配ではなくトリツィアがやらかすことに対する心配である。
巡礼の旅はある程度の期間は決められているが、旅には不測の事態も付きものなので大雑把に決められているだけである。最もトリツィアとオノファノは、いつでも神殿に帰ることは出来るが。
「んー、じゃあ、もう十個ぐらい色々回ってから帰ろうかなぁ。女神様への祈りをもっといろんな場所で捧げたいし、そのくらいだったら丁度この位までに帰るよーって言ってた期間に帰れそうじゃない?」
「まぁ、そうだな。走れば帰れるか」
「うん。帰れると思う。折角の出張だから、聖地をめぐるっていうお仕事はちゃんとしないとねー。でも遊びもするけど!」
トリツィアは純粋に出張――巡礼の旅を楽しんでいる様子である。
トリツィアは巫女としての立場を気に入っているので、ちゃんとお仕事をしたいと思っている様子である。
「次はどっちにいく?」
「出張って国境超えてもいいんだっけ?」
「……一応申請を出したら問題ないはずだが、他国も行くか?」
「んー、ちょっと行ってみようかなって思ったっていうか、女神様の伝承が残っている地は行きたいなって。ほら、他の国でも、女神様の伝承あるでしょ?」
「まぁ、問題ないか。申請出すから近くの街まで行くぞ」
「神官長にも行ってきまーすって言っておかないとね」
「ただし、あんまりやりすぎるなよ。トリツィアがやりすぎたら目をつけられて面倒だからな」
「分かってるよー」
軽い調子でトリツィアは答えるが、本当に分かっているのだろうかとオノファノは少し不安になった。
オノファノは自由気ままに生きているトリツィアを見るのが好きなので、トリツィアが自由にしているのは嬉しいことだ。とはいえ、トリツィアの力に目がくらんで面倒な接触をしてくるものがいないとは限らない。
そういう点をオノファノは心配していた。




