面倒な話が舞い込んできたようです ③
「んー。どうする方がいいかなぁ」
トリツィアは悩んだ素振りを見せながら、つぶやく。
第二王子であるジャスタからの言葉は、トリツィアにとっては面倒なことだった。正直言って王様に会うだけならばまだ問題はなかったかもしれないが、それでは終わらないことを知らされてしまったから。
トリツィアは、自分の自由を阻害されることが何よりも嫌がっているのだ。だからこそ、トリツィアはなるべく王様の元へは行きたくない。しかしどうするべきかと、そう悩んでいた。
『トリツィア、面倒事なら私がどうにかしましょうか?』
(女神様が出たらより一層面倒な事になりそうなので、一旦それはなしの方向でー。なんか聞いた話を聞いた限りは私が女神様と仲良しって知ったら諦めなさそうな予感がするので)
『まぁ、そういうタイプの人もいるわね。……困ったわねぇ。トリツィアの自由を奪う行為は、するべきではないのに。だってトリツィアはあまりにもこの場所が不便になったら……そのままいなくなるでしょう?』
(そうですねー。下級巫女としてののびのびとした暮らしが出来なくなるなら、私はすぐにこの場所からは離脱しますね。でも大神殿での暮らしは結構好きなのであんまりそういう方向に行くのは嫌だなって思いますけれど)
トリツィアは今、大神殿の中を歩いている。これから大神殿内にある図書室に所蔵されている本の整理に向かうのである。当たり前のようにその最中に女神様と会話を交わしていた。
彼女が下級巫女という立場で大人しく過ごしているのは、今の生活を気に入っているからだ。
女神様と時折遊びながら、のんびりとした下級巫女暮らし。そこに王様が関わってきたり、結婚を斡旋されたりすることは正直言って望ましくない。今の暮らしは少なからず出来なくなることは間違いなしである。
ここで喜ぶような存在だったのならば、そもそもの話、巫女姫様から上級巫女になることを申し出られた際に断らないだろう。彼女は普通とは異なる感性を持ち合わせており、いつだって自由気ままである。
そういう彼女だからこそ、女神様に気に入られ、友人などという立場を確立しているのだ。
『その時はオノファノのことも連れて行ったらいいわ』
(そうですねー。オノファノに聞いてついてきたいって言われたらそうしますよー。オノファノ居た方が楽しいですし)
『ふふっ。なら正直言って私からすればどちらでもいいわ。トリツィアは何処にいても、私の友達だもの』
(はい。ただもしここから出ていくことになったら残念だなーって思っているんです! だから、なるべく出て行かない方向にしようって思ってますよ)
『相談した先の子達はなんて?』
(まだ返事が来ていないので何とも。でも飛び出すことになるなら家族の所にいって合流してもありですね。私の存在が忘れられるぐらいには人里から離れていた方がいいかもですけど)
『トリツィアは凄い子だから、あなたのことを忘れたりは皆しないと思うわよ。だってあなたはとても個性的で、あなたに触れたら皆好きになってしまうもの』
(女神様は私のことを買いかぶりすぎですよー。私のことを全員が好きになるはないですからね。女神様も、もっと人前に出れたら皆、女神様大好きになります!)
『ふふっ。トリツィアは本当に可愛いわね。私があなたの前に居るのと同じ調子で人前に出たら、がっかりされちゃうわよ』
トリツィアと女神様は、相変わらず仲良さそうにしている。
トリツィアは女神様の言葉に、不思議そうな顔を浮かべた。
(女神様が神様らしい態度をしていてもとても素敵ですよ。私は女神様を下ろした時の、普段とは違う様子もかっこいいなって思いますから。でも普段の女神様も話しやすくて大好きです。だからそれでがっかりなんてしないはずですよー。そもそもそれでがっかりするようなら本当に女神様を信仰してませんし)
『ありがとう、トリツィア。でも素の私は女神らしく凛とはしていなかったりするもの。あなたの前では酔っぱらったりしているし。信者の全員がトリツィアみたいだと私達神々も楽なのだけど』
女神様の楽しそうな声が、トリツィアの脳内に響いている。
この世界では神と人の存在はそれなりに距離が近い。とはいえ、トリツィアのように神の言葉をいつでも直接聞ける存在は稀有である。だからこそ人々は普段関わりのない神々のことを、自由に想像する。
――こうであってほしいという理想の姿を思い浮かべるからこそ、それとは異なる姿だと神本人だと信じないなんてこともあるかもしれない。
(酔っぱらっても女神様は女神様ですもん。皆、図書室に置かれている本の女神様とかを想像するんですかねー)
『そうだと思うわよ。自分のことが書かれている本って少し恥ずかしいのよね。本来の自分とはかけ離れているし』
そんな風に会話を交わしているうちにいつの間にか、トリツィアは図書室に到着していた。これからせっせと長時間の作業である。




