面倒な話が舞い込んできたようです ②
トリツィアは正直言ってジャスタが言ってきた言葉の意味をよく理解が出来なかった。
王子様の父親と言えば、この国の王様である。
しかし平民の出であり、下級巫女の立場でしかないトリツィアに会いたいという意味もよく分からない。
「――どうして私と会いたいというんですか? 王様に会う理由ってないんですけど」
「……君が下級巫女の立場とはいえ、とても目立つ存在だからだ。俺とも関わりがあるし、あの加護もちのゲリーノ殿下とも交友があるだろう。そして巫女姫様とも。それで気になさっているようだ」
ジャスタは何とも言えない表情で言った。
彼からしてみれば、トリツィアは敵に回さない方が良い存在で、下級巫女という立場をそれはもう楽しみ、人生を謳歌している彼女は王である父親に会いたがっていないことぐらいはよく分かる。
こうして父親のことを話しているだけでも、トリツィアの機嫌を損ねてしまわないかとハラハラしている。
ジャスタは一部とはいえ、トリツィアの力を知っているのだ。だからこそ、下手に刺激をしないでほしいとそう思っている。
「そうなんですか? それって、挨拶だけですみます? そもそも私は王族の人に挨拶をするだけの作法ないですよ?」
トリツィアがそう問いかけたのは、何だか嫌な予感がしていたからである。そもそもこれまで下級巫女という立場であるトリツィアは王族などに会う立場ではない。これまで彼女の異常さなどに関しては、一部の人々だけが知っていることであったが……ついに王の耳にまで入ってしまったのだろう。
(この前の女神様との遊びが理由で呼ばれたわけではないなら、それはそれでいいけれど……。でも私、王族に対する作法とか全く分からないし、それにそれで面倒なことになって今の平和な生活が無くなるのも嫌だしなぁ。王様に呼ばれるって、注目浴びそう)
トリツィアが考えていることと言えば、それである。王に呼ばれるということは一般的に考えれば名誉なことではあるのだが、彼女からしてみると不要なものである。王から呼ばれることよりも、トリツィアは平穏な生活が続くことを求めている。
「……言いにくいことだが、それでは終わらないだろう」
「んー。どういう話になりそうです?」
「……上級巫女になることを求められるとか」
「嫌ですよー」
「断っていることは巫女姫様からも聞いているが……」
「今の生活が楽しいですからね。他にはどんなことがありそうです?」
「……王家の誰か、もしくは貴族子息との婚姻を求められるとか」
ジャスタがそう口にした瞬間、トリツィアは驚いた表情を浮かべた。そしてそれよりも反応を示したのは、その背後に控えているオノファノである。
オノファノはトリツィアに恋心を抱いているので、そういう話が来ることに関して反応をするのも無理はない。
「んー。嫌ですね。私はそういう大変な立場には全くなりたくないので」
「そういうだろうとは分かっているが……」
「挨拶をしたら、そのまま私にその話するつもりな感じです?」
「……おそらく」
ジャスタは微妙な表情を浮かべている。
ジャスタはトリツィアのことを怒らせたくない。とてつもない力を持ち合わせている、規格外の下級巫女。……本気で彼女が怒ったら何が起こるのかさっぱり分からない。想像が出来ないからこそ、ジャスタは恐れている。
「それはそのままトリツィアのことを囲うという、そういう話ですか?」
「……それも起こりうるかもしれない」
「トリツィアが平民だから、それが通るとでも?」
丁寧語だけれども、口をはさんだオノファノの目は冷たい。にこやかだけでも普段とは少し様子が違う。ジャスタはそんな視線を向けられ、一瞬固まる。
ジャスタはトリツィアのことはなんとなく理解しているが、オノファノのことはそこまで分かってはいない。だけれどもトリツィアの騎士なので、普通ではないだろうというのだけは感じ取っている。
「……嘆かわしいことに、父上はそう思っているだろう。俺もそういうことをするのはやめた方がいいと進言はしているのだが、父上は自分が声をかければ喜ぶはずだと思っておられる。普通ならただの下級巫女が、良い縁談をもらえれば喜ぶだろう。それも王の言葉なのだから、ありがたくも受け取るはずだと……。そう、父上は言っていた。断られるとは思っていないかもしれない」
「トリツィアは断りますよ。トリツィアにとっては信仰し、絶対的な存在はソーニミア神だけです。王の言葉だろうとも本当に嫌な言葉ならば聞かないでしょう」
オノファノがはっきりとそう言い切ると、ジャスタはそうだよなぁと納得している。しかし王である父親を説得する術をジャスタは持っていなかった。
「オノファノ、私の為に意見してくれて助かるよー」
トリツィアはそう言ったかと思えば、次にジャスタの方を見る。
「そもそも会うと大変だということですよね? なら一旦巫女姫様とかに相談して会わずに済むようにしますので、今日はお帰りください」
一先ず、トリツィアはそう言った。
彼女はそもそも王とは会わない方がいいだろうと、そう結論付けたようである。




