下級巫女と、女神の寵愛を得ているという少女の話 ⑦
「こんにちはー」
トリツィアは巫女姫とオノファノと会話をした後、早速女神の寵愛を受けているという少女――ジュダディに声を掛けに向かった。
……巫女姫様からの忠告を受けてなるべく周りの男性達が居ない間に近づいている。とはいえ完全に誰も傍に居ないということはない。
それだけその少女が、特別視されている証だろう。
トリツィアからしてみるとそれだけ周りに人が沢山いる状況なんて息苦しくなりそうだと思ってしまうが、その少女は周りに常に人がいても気にならないようだ。
「こ、こんにちは?」
トリツィアの突然の挨拶を聞いた少女は困惑した様子を見せた。女神様の寵愛を受けていると噂されている少女にこのような態度で話しかける存在など居なかったのだろう。
トリツィアの態度は、何処までも軽い。まるで近所の人に挨拶するかのように、何も考えていない様子だ。
「貴様、何者だ!! 女神の寵愛を受けているジュダディに対し、なんという態度だ!」
「んー。私はですねー。下級巫女のトリツィア。ジュダディさんに話しかけたのはちょっとお喋りしたいなって思ったからなだけですよー」
ジュダディの傍にいた男性――他国の王族である見目麗しい彼は警戒した様子でトリツィアに話しかけている。
自分よりも背の高い男性に威圧的に睨みつけられたというのに、トリツィアはにこにこしている。
男性はトリツィアが怯える様子一つ見せないことに驚いた様子であった。
「……下級巫女が、私に何の用かしら? 女神様の寵愛を得ている私にあなたが何の話があると?」
「ジュダディさんは、それを誰から聞いたんですか?」
「え?」
「自分が女神様の寵愛を受けているって。誰かから言われて言ってます?」
笑みを浮かべたまま、問いかけるトリツィア。
相手を警戒させることのない無邪気な笑み。そこに敵意などは一切なく、ただただ疑問を解消したいというその気持ちしかないようだ。
(私が挨拶をしたら挨拶は返してくれるし、根は悪い子ではないのかなーって思うんだけどな。下級巫女としての立場しかない私の発言なんて言ってしまえば無視しても特に問題がないわけで……。その話をきちんと聞こうとしているのならば誰かから女神様の寵愛について言われたからそう言っているだけとかあるのかなー?)
にこにこしながら、トリツィアは色んなことを考えている。
彼女はソーニミアの熱狂的な信者である。女神様と直接会話を交わし、その人柄に触れることが出来るからこそ余計に彼女はそうなのだ。
友人であり、信仰する女神様の意に沿わぬことをしている存在に関してはどうにかしなければならないと彼女はそう思っているだけだ。
(これが女神様の意思だって言うなら私は何も言わないけれどそうじゃなさそうだからなぁ。やっぱり女神様の意思に反することを、女神様の名でされるのはちょっとやだなーって思うし)
トリツィアはそんなことを思いながら、少女――ジュダディからの返答を待つ。
トリツィアの突然の疑問を聞いたジュダディは、一瞬固まった。
だけど次の瞬間には不服そうにその顔を歪める。
「誰から聞いたとは、失礼だわ。私は事実として女神であるソーニミア様の寵愛を得ているのよ。それを疑うようなことを言うなど、巫女のすべきことではないわ!」
「ふーん。そういうのですねー。少なくとも私の主観ですけれどジュダディさんは特に女神様の寵愛を受けているというわけではないと思いますよ。だからあんまりそういうの言いふらすと大変なことになるかもです」
「なっ……」
本当にそこに実力が伴っているなら、そして嘘を吐きとおすだけの理由と覚悟があるのならば――トリツィアはこんなことは言わなかっただろう。
ただジュダディは女神様から寵愛を受けているからと、そう口にしてそういう立場を語ることのリスクなどについてきちんと分かっているようにはトリツィアには見えなかった。
だから忠告をするようにトリツィアは笑顔で告げた。
(女神様は優しいけれど、自分のことを勝手に好き勝手言っている人を見過ごせない時は徹底的にやると思う。うん、ただ甘いだけじゃないのが、私が大好きな女神様だから。今のところは実害がないから、ちゃんと気づかれていないから見逃されているだけ。本当に女神様の寵愛を受けている人とか、あとは女神様の声を聞けるような人たちからしたらジュダディさんは違うって分かりそうだしなぁ)
あくまでトリツィアは目の前の娘のことを思って、そう告げている。
まだ女神様本人に確認をしたわけではないので、その意思はまだトリツィアには分かっていない。
ただ派手にこういう行動をし続ければ、少なからず報復は受けることになるだろうと思っているのだ。
「今すぐ私の前からいなくなりなさい! そんな無礼なことを言うなんてっ!!」
少女にはトリツィアの忠告は響かなかったらしい。そんなことを言われ、隣の男には睨まれたトリツィアは一旦引き下がることにした。
(女神様にちゃんと確認しようと)
呑気にそんなことを考えているトリツィアはジュダディから怒りを向けられても、いつも通りマイペースである。




