下級巫女は、周りの人々の度肝を抜く ⑨
「巫女のお嬢ちゃん、本当に一緒に潜るのか……?」
「そうですよー」
トリツィアが石のことを報告してしばらく経ったある日。
神官長が集めた水中の石を採りに向かう冒険者達は、トリツィアが当たり前のようにいることに驚いた。
巫女というのは基本的に、深窓の令嬢のような……近づいてしまえば壊れてしまうようなか弱さを持ち合わせていることが多い。というより、周りからしてみれば巫女はそういう特別な力を持つが守られるべき存在である。
トリツィアがどれだけ好き勝手動いていたとしても、それは周り全てに知られているわけではない。彼女はなるべく自分の生活が平穏に続けられるようにと、自分から目立った行動をするわけではない。
魔王と魔神の事に関しても――露見すれば英雄だと称えられことだろうに、それを自分から言いふらそうなどとしない。
「この湖、凄く広いんですよ! 泳いでいるとワクワクする感じです。あ、でも魔物は居るから注意してくださいねー」
にこにこしながらそんなことを告げるトリツィア。
雇われた冒険者達は、何処までトリツィアが本気なのか分からない様子である。
「騎士の坊ちゃんよ、あれ、そのまま行かせていいのか?」
「トリツィアなら問題ないです」
当然、この場には護衛騎士であるオノファノの姿もある。オノファノは冒険者からの問いかけに、ちらりとトリツィアを一瞥する。目が合うと彼女はにっこりと笑う。それを見ただけで、オノファノも自然と笑みがこぼれた。
「問題ないって……あの嬢ちゃんがこれで死んだらどう責任を取るんだ?」
「トリツィアはこの程度では死にません。それに本当に危険なら俺が守るだけです」
はっきりと言い切るオノファノのことを冒険者の男性は訝し気にみている。この場でトリツィアという巫女が――それも特に有名でもない下級巫女が魔物も生息しているような湖の中に冒険者達と一緒に飛び込むと聞いてもぴんと来ないのだろう。
特にトリツィアは愛らしい見た目をした少女である。
――どこにでもいるような、か弱い、守られるべき存在。巫女装束も相まって余計にそう思えるだろう。
だからこそトリツィアを一目見た存在は、まず油断する。簡単にどうにでも出来そうだとそう判断する。
「トリツィアは普通の巫女とは違うので、好きにやらせておけばいいんです。それとトリツィアのことは周りに広めないように」
「いや、まぁ、それは神官長からもそうは言われているし、広めはしないけどよぉ」
オノファノが何を言ったとしても、結局のところ実際のトリツィアの行動を見なければ信じられないのだろう。
「じゃあ、いってきまーす!!」
「ちょ、お嬢ちゃん!?」
トリツィアは元気よく声を上げるとそのまま湖の中へと飛び込んでいった。
その様子を見て冒険者達は慌てたように声をあげる。そのままトリツィアを救わなければと思っているのか慌てて飛び込もうとして――オノファノが止める。
「トリツィアは自分で潜りたくなって潜ったので、慌てて追いかける必要はないです。ちゃんと準備したうえで行かないと大変ですよ?」
オノファノはいつも通り、涼しい顔をしている。トリツィアのことを一切心配していない様子に、冒険者たちはあっけにとられる。
「お前、お嬢ちゃんの護衛なんだろう? いいのか?」
「トリツィアなので。むしろ俺は貴方達が溺れ死んだり、魔物に殺されたりしないようにしておかないといけないです」
オノファノからしてみれば、トリツィアがこういう場所で危機に陥ることはまずない。
そもそもあの石をはじめにとってきたのはトリツィアである。二度目の場所でそういう何か危険に遭遇することは少ないだろう。
そういうわけでオノファノは冒険者達の準備が終えるのを見届けた後、潜った。
ちなみにその間、トリツィアは潜りっぱなしである。湖の中にオノファノが潜って、目にするのは透き通るような水の中をすいすいと泳ぐ魔物や水草の数々だ。基本的に人に襲い掛かるような魔物は少ないらしい。とはいってもいないわけではない。
襲い掛かってきた者はオノファノが瞬殺しておいた。
それを見た冒険者達は、水中にもぐっているので声は上げられないものの驚いた表情である。
トリツィアも見た目詐欺が大概だが、オノファノも人のことは言えない。
どこにでもいるような――若くして神殿騎士になった少年。一見すると色々とおかしなトリツィアについて行けなさそうに見えて、ただ一人ついていくことが出来る存在。
冒険者達は驚きながらもオノファノについていく。
それから横穴の方へと向かう。そのオノファノに続いていく冒険者達。
――そしてその先には楽しそうに石を沢山手に取っているトリツィアがいる。オノファノと冒険者達は持てるだけ持って、そのまま水面へと上がる。
トリツィアはまだ戻ってこない。
「あの嬢ちゃん、まだ潜っているけど大丈夫なのか?」
「問題ないと思います。ただ心配なら少し見てきますね」
冒険者達は中々上がってこないトリツィアに心配そうにしているので、結局オノファノが無事だろうと分かっていながらちょくちょく様子を見に行くことになるのだった。




