下級巫女は、周りの人々の度肝を抜く ⑧
トリツィアが見つけてきた石に関しては、珍しいものだというのが調べで分かった。
というのもこの石は、魔力を吸収し、溜めるという効能を持つものだったのである。こういう石に関しては使い勝手が様々ある。
そもそも装飾品にただの飾りとして使うことも考えると、かなりの需要があるだろう。
「じゃあ、採ってきていいです?」
「……トリツィア、巫女が自身で潜ってそういうものを採ろうとするのではない」
「いいじゃないですか! 湖を泳いで潜って採るの、宝探しみたいで楽しいですよ?」
トリツィアはにこにこと笑いながら言う。
自分の手で採ってくる気満々のトリツィアに、イドブは何とも言えない表情を浮かべている。
トリツィアは人に頼めば良いこともこうやって自分で行おうとするのである。それはどれだけ力を持っていようが、どういう立場になろうとも変わらないだろう。彼女は力を持つので、その力をもってしていくらでも他人に言うことを聞かせることなど出来る。だけど、彼女はそんなことはしないのである。
「……採りに行くのは構わないが、周りに見られないようにするように」
「見られちゃ駄目ですか?」
「巫女服を着た少女が湖の中へと入っていくなど、自ら命を絶とうとしているように勘違いされてしまうだろう。それで大騒ぎになっても困る。トリツィアのことだから長時間でも潜っていられるだろう」
「そうですね! 上手く力を使って長時間潜るも可能ですよー。結構奥まったところにありますしね! ちゃんと対処していかないと採れないかなと思います」
「トリツィアのような少女が湖の中に潜って中々出てこないとなるとあることないこと噂になってしまうからな。だからもし潜るとしても周りに悟られないようにひっそりとしてもらえた方が助かる。トリツィアも特に目立ちたいとは思っていないだろう?」
神官長がそう口にすると、トリツィアは頷く。
「じゃああんまり目立たないようにしておきます! 周りにばれないようにすればいいですよね。潜って沢山とるのです」
トリツィアは想像するだけでにこにこしている。
(潜って、泳いで、気持ち良いことしながら宝探しをするのは楽しみだなぁ。なんだろう、普通に良い運動になるよね。体を動かすのは凄く楽しいもんね)
彼女は体を動かすことがとても好きだと思っている。巫女と聞くと、大人しく室内で過ごしているイメージの方が強いかもしれないが、トリツィアに関しては違うのである。
(なんというか、巫女達だけを集めて一斉に潜って集めるとかでも絵になりそうだなって思う。けれど、そういうのは多分、皆やらないだろうからなぁ。ただこの石のことを使って商売とかする形なら、神殿の収入源には確かになりそう。ただ私だけしか潜らないってわけじゃないだろうし、その場合は他に潜る人たちと一緒に潜って遊んで泳ぐのもあり?)
基本的にトリツィアは楽しいことが好きである。だからこういう風に新しいことを想像するだけで、ワクワクしている。色んな人と一緒に潜って、宝探しをするというのもきっと楽しいだろうと感じているのだ。
「神官長、他の人達もその石採りにいくように今後なりますよね? そういう人たちと一緒に潜れたりします?」
「……メンタルが強く、それでいて口が堅いものがいたらな。そうじゃないと大変な騒ぎになるだろうから」
「はーい。とりあえず、私、オノファノ連れて行ってきますね。いっぱい持ってきます」
トリツィアはそう答えると、そのまま神官長の部屋を後にしていく。
意気揚々と楽し気に後ろ姿を見せるトリツィア。
(……ただ湖の中の石を取ってくるだけならば問題はないが、また何かやらかしたりするだろうか? トリツィアはいつも予想外のことを起こしてくるからな。せめて石関係の、まだ想像が出来る範囲のやらかしならいいが。下手にトリツィアが大事をやらかしてそれで面倒な騒ぎになるのはどうにかしたい。本人としても目立って、騒がれるのは嫌らしいし)
イドブはそんなことを考えながら、トリツィアのやらかしをどんなふうにおさめるかというのを考えている。
イドブ個人としては、長い付き合いであるのでトリツィアの意に沿わないことはしたくない。彼女自身の我慢の限界が来たら、すぐに下級巫女などという立場を放り出してそのまま世界に飛び出してしまうことが予想される。
(……トリツィアが巫女という立場を嫌がり、外に飛び出すことがあればどうなるだろうか? 面倒だと判断したらそのまま雲隠れしそうな気はするが、そうなれば大きな損失にはなるだろう。トリツィアはいつも何かしらやらかしたり、驚くような行動をしているが、それでも神殿としては利益の方が大きいからな)
トリツィアという少女は、まるで劇薬のような少女だ。
良い影響も悪い影響も――周りへと与えていく。そういうものである。




