加護持ち王子と、下級巫女 ⑤
「……嫁になるかと聞かれた?」
さて、しばらくトリツィアの傍を離れていたオノファノは戻ってきて、ゲリーノについての話を聞いて不快そうな顔をする。
彼女自身は全く気付いていないが、オノファノは彼女に恋愛感情を抱いている。オノファノにとってトリツィアは特別な少女である。
そんなトリツィアに、いつの間にか求婚している者がいたとなるとそんな態度になるのも当然だった。
「そうだよー」
「返事は?」
「断ったよ! オノファノ、怒ってる?」
トリツィアは珍しく怒った様子のオノファノを不思議そうに見ている。
彼女の傍ではオノファノは基本的に怒ったりはしない。穏やかな雰囲気を持ち合わせていて、トリツィアに対しては大体笑っているか、呆れた顔をしているかとかである。
「……不快だなと思っただけだ」
「そっかー。ありがとう、オノファノ。急に求婚とかされたって聞いたから、私のことを心配してくれたんでしょ?」
トリツィアは、オノファノの言葉を聞いてにこにこと笑った。
普段では考えられない様子を見せているのは、自分を心配してのことだとそう理解している。そのことがトリツィアは単純に嬉しいと思っているようだ。
彼女はただ幼なじみとしての親愛しか、オノファノに抱いていないだろう。それでもオノファノはトリツィアがにこやかに笑っているだけで嬉しいようである。
「ああ。……それで捕まえたっては聞いたけどまだ目を覚まさないのか?」
「うん。結構思いっきりぶっ飛ばしたから。加護もちって思ったよりも丈夫だったから、結構思いっきりぶっ飛ばさないと、中々意識失わなかったんだよねー」
「結構強かったか?」
「うん。でもオノファノの方が強いと思うよー」
「そうか? 加護持ち相手だと厳しいと思うけど」
「加護があるからこそ、慢心している部分多そうだったから! オノファノは相手が誰でも油断はしないでしょ? それに私といつも遊んでくれているから、王子様より戦いなれてるしね!」
トリツィアは当たり前のようにそう言い切る。
加護持ちと、それ以外では大きな差がある。それこそ一般的にみれば超えられない差があると思われている。それでもトリツィアはオノファノがゲリーノに負けるはずがないとそう信じ切っているようである。
その信頼はある意味重い。
それだけのものを求められているのだからこそ、オノファノはそれに応えるためにはそれ相応の行動をし続けなければならない。ただオノファノはそういう風に信頼されていることを喜ばしく思っているようだ。
「それで起きたらどうするんだ?」
「とりあえずお話かなー。戦いに関する神様の加護らしいから、私が勝ったから言うことは聞いてくれそうな気がするけれど。オノファノも一回、ぶっ飛ばしといた方がいいかも。そうした方が多分、やりやすいよ!!」
トリツィアが元気よくそう言った時、神官長がその言葉を聞いていたらしく慌てている。
「トリツィア! 何を物騒なことを言っている。オノファノも乗り気になるな。珍しくオノファノが怒っているのだから、それを助長させるようなことはするでない! 相手は王族だからな? それもムッタイア王国に勝利した国の王族だぞ?」
「んー。でも王子様は国として来ているわけじゃないですよね。正式の来訪でもないらしいですしー。これは私と王子様で個人的にやり取りをしただけですからね! それでどうのこうのいってくるなら再度ぶちのめします」
「いや、もう少し穏便に済ませるように……!」
「オノファノも戦った方が多分、穏便ですよー。私、王子様にオノファノの話をしたので、王子様も興味を持ってそうだなと思います! 街の外でのんびり戦うのもありかなって思います。オノファノが戦う時は私が結界を張れば周りへの被害もなくなりますしね」
神官長がどれだけ焦っていようとも、トリツィアはいつも通りであった。
実際にトリツィアの言う通り、ゲリーノはオノファノにも関心を持つだろう。オノファノが力を持つと知ったら勧誘をしたりはするかもしれない。尤も引き抜きをしたところで、オノファノはトリツィアの傍から離れる気はないが。
「……そうか。ならその場には私も立ち会おう。くれぐれも起きた殿下に対して無礼な真似は行わないように。神殿側も慎重に動かなければならないのだ」
「はーい。それでいいですよ」
トリツィアが元気よく答えると、神官長は心配そうな顔をしながらも頷くのであった。
――それからゲリーノが起きたのは、しばらく時間がたってからのことだった。
加護持ちである彼は基本的に体が丈夫であり、誰かに無理やり意識を奪われるということはこれまでなかったのだろう。起きた時に何が起きたか分からないという態度をしていた。
しかし徐々に頭がすっきりしてきたのか、きょろきょろとした後、トリツィアと目をあわせる。
「俺はお前に負けたのか……」
そして何とも言えない表情でそう呟いた。




