加護持ち王子と、下級巫女 ②
「なんでですか?」
トリツィアは求婚をされたとしても、動じることはなかった。
ただ不思議そうな顔でゲリーノのことを見上げている。
トリツィアよりもゲリーノは背が高い。だから彼女は見上げる形になる。
「なんでも何も俺が気に入ったからだ。王族の嫁になれば好き勝手出来るぞ? お前がやりたいことも全部叶えてはやれる。どうだ?」
「んー。却下しますね!」
良い笑顔でトリツィアはいいきった。
顔面偏差値の高い美しい青年からの言葉も、特にトリツィアの心を動かすことはなかったらしい。
ばっさりと断られたことに、ゲリーノは固まる。こんな風に人から冷たくされることなど彼にとっては初めてだったのだろう。
「なぜだ?」
「好意が特にない相手には嫁ぎません。それに王族のお嫁さんなんて大変そうじゃないですか。私は今の生活をとても気にってますからね」
「……下級巫女の生活をか? 女神に気に入られているのならばもっとお前は正当な評価をされるべきだろう。平民の出だからといってその地位に甘んじているのが気に入っていると?」
「そうですねー。今の下級巫女生活が私の性に合っているというか……、今のままで満足してますよ?」
トリツィアがにっこりとほほ笑んでそう告げると、ゲリーノは眉を顰める。
彼にとっては力があるというのならば、それは正当な評価を受けるべきものだという認識なのだろう。それでいてもし自分のことを不当に扱う者がいるならば、その考えを力づくで改めさせるべきだと、そう心から思っている。
――側室腹で、力がなければおそらく捨て置かれていたであろう第四王子。
もし加護がなければ、彼の生活は今とはがらりと違っていただろう。
「自分よりも下位な存在が自分より上の立場に居ることを俺は許せないと思っている。だからこそ、王太子の座も俺が手に入れるつもりだ。俺の方が――兄達よりも上だからな。自分よりも下の存在に命令を下され続けるのは嫌なものだろう。お前にはそういう気持ちがないというのか? それは期待外れだった」
「勝手に期待して、期待外れだって言われても困りますよー? 王子様と私は違う人間ですからね。考え方とかも異なるのは当然です。私は別に誰かに何かをしてほしいと言われることはそこまで不快には思わないですね。それが私にとって凄く嫌なことだったら全力で抵抗しますけれど、何か言われて嫌な気持ちになったりとかはないですねー」
そう言ってにこにこと笑うトリツィアは、幸福に生きてきたのであろうことが伺えるだろう。
もし彼女が不幸の元へ生まれ、大変な目に合い続けていたのならばきっとこのような思考には至らなかっただろう。……最も彼女のこういう部分は従来の性格も大きく影響しているため、例えばそういう状況に陥ったとしても彼女がゲリーノのような考えに至るかどうかは定かではないが。
なんにせよ、トリツィアという少女はそういう存在なのだ。
のほほんとしており、マイペース。といっても誰かに流されるような性格ではなく、意思の強さを持ち合わせている。嫌なら全力で抵抗するが、そうでなければ受け入れるような穏やかな性格なのだ。
大神殿のものたちがトリツィアの性格を知っており、彼女に対して強い口調での命令など間違ってもしなから……というのも大きな要因の一つだろう。
「……お前は本当に今の生活に満足しているのか? 何か欲しいものなどはないのか?」
ゲリーノはトリツィアの言葉を聞いた後、信じられない様子でそう問いかける。
ゲリーノにとってはそういう存在が居ることがまず信じられない。王族である彼の周りには欲にまみれた人間が多く存在している。それでいて少し声をかければすぐに頷くような人間の方がずっと多いのだ。
なのに、こうして何を言っても顔色一つ変えずに拒否する存在など、初めて見るのであった。
「今の生活が楽しいですからねー。欲しいものとかはあったとしても自分で全部手に入れるから、王子様の助けはいりませんし。将来的に何かしら地位が欲しいって思うことがあったとしても自分で手に入れるので、要らないなって」
「権力がないとどうしようもないこともあるぞ?」
「そのあたりも、どうにかしますよ?」
トリツィアは軽い調子で言い切る。
それでいてトリツィアは本気でそれが出来ると思っているのだ。その目は何処までも本気で、迷いなど一切ない。
「なるほど……。そういう部分が女神が気にいる要因か。お前が女神の加護を持つことが露見すれば大変なことになるぞ? その時のためにも俺と縁は結んでいた方がいいと思うが。お前を無理やり嫁にするのは女神の怒りを買うことが間違いないから諦めるが――、下級巫女という地位でやり過ごせると思ったら間違いだぞ」
それは加護持ちとして苦労してきたからこその言葉であろう。
しかし彼は一つ大きな勘違いをしている。
「何を言っているんですか? 私は女神様から加護はもらってないですよー? 女神様とはお友達ですけどね」
トリツィアは女神様とあくまで個人的に親しくしているだけであって、加護はもらっていないのである。




