戦争の始まりと、勝敗と ①
トリツィアは大神殿に所属している巫女である。
そして巫女という存在は、国に所属しているというわけではない。
だからこそ、国は巫女に対する強制力は持たない。そもそもトリツィアに何かを強制しようとする者がいれば、まず巫女姫が止めるであろうが。
「戦争の兆しがあるんだよね? そういうのやらなきゃいいのになぁ」
「そうはいっても国同士、色々あるんだろ」
トリツィアの家族たちが国を離れてしばらくして、トリツィアのいるムッタイア王国は他国との諍いを起こしていた。
トリツィアは巫女として、オノファノも神殿騎士として、大神殿に所属している。
だからこそ、そういう国同士の諍いが起ころうとも正直その暮らしが大きく変わるわけはない。例えば、国家簒奪が起きたとしても、どうにでもなるだろう。それだけ神殿という場所は独立しているのだから。
「そういう争いってなんで起こるんだろうねー? 国同士だと人がどんどん死んで、大変なことばかり起こるのにさ」
「まぁな。戦争についての本は読んだことはあるけれど、中々悲惨だからな」
「うん。そういうの悲惨だよね。神殿にも怪我した人結構来るかなぁ」
トリツィアは戦争という単語を聞いても、いつも通りのトリツィアである。
「怪我人は増えるんじゃないか? 戦争が長引けば長引くほど、大神殿側に王族貴族から要請はあるかもだけど」
「もし神殿側にどうにかしてほしいって声をかけてくるのならば、まずは停戦のためのつなぎをするんじゃないかなぁ」
「それは確かにな」
人と魔物の戦いではなく、人と人の戦い。
その戦いでは、多くの怪我人と死人が出ることだろう。
(……諍いのみで終わって、その後、本格的な戦争にはならなきゃいいなぁ。そっちの方が平和的だし)
基本的にトリツィアは平和主義者である。自分と敵対する者相手には容赦がないが、そうでなければ誰かと自分から敵対しようなどという気持ちもない。
諍いの理由には様々なものがあるだろう。
例えば過去の戦争の原因だと、その豊富な領土やその国の王女を狙っていたり……など様々である。
トリツィアは何かをやりたいとか、何かを欲しいとか、そういう欲は当然ある。ご飯を食べることも好きだし、女神様と話すことも好きだし、家族と過ごすことも好きだ。そういうことを行うために自分で努力はするが、誰かから何かを奪おうなどとは考えない。だけど、そうやって自分本位に何かを奪おうとして争いというのは起こりうる。
(んー。戦争が仮に起こったとして、長引き続けてしまった場合は……女神様にちょっと相談ぐらいはするかもなぁ。もしかしたらそれだけ長引けば、私の暮らしや大切な人も大変な目に合う可能性はあるしなぁ。うーん、その辺はその時に考えるか)
トリツィアはそんなことを考えながら、ぼーっとしている。
大神殿内には、貴族の娘もそれなりにいる。彼女達からしてみれば自分の家族も戦争に向かうだろう。彼女たちからしてみれば、気が気でないのは当然である。上級巫女や神殿騎士の中にも実家へととんぼ帰りする者だっていた。
下級巫女であるトリツィアには関係がないことだが、神殿の上層部の人たちはそれなりに忙しそうにしている。
神殿はあらゆる国に勢力を伸ばしているようなそういう独立した組織なのだ。だからこそ、何かしらの国家間の諍いの時にはどういう立ち位置で動くかを考えたりもする。巫女姫であるアドレンダなども大変な立場にあるだろう。
トリツィアはそういうことを考えると、やっぱり下級巫女という立場で良かったなとそういう風に思って仕方がない。
『トリツィアの国は少し大変そうねぇ』
(そうですねー。どうして戦争なんてしようとするんでしょう?)
女神様がトリツィアに話しかける。相変わらずトリツィアはのほほんとしている。
『色々あるのよ。色々。でもそうね。戦争になるなら、少し面倒かもしれないわ』
(面倒ですか?)
『ええ。この国が諍いを起こしている国には、神の加護を得ている子がいるのよ』
(へぇー。そうなんですね。戦闘系の加護ですか?)
『がちがちの戦闘系の加護のはずよ。神界で、その子に加護を与えている神が自慢していたもの。よっぽど気に入っているみたいだわ』
(なるほど……。逆にそういう力を持っている存在が居るなら、戦争ってすぐ終わる可能性もありますね)
トリツィアは女神様の言葉を聞きながら、そんなことを告げる。
圧倒的な強さを持つ存在が相手に居れば、結局凡人はどうしようもない。立ち向かうことが出来ずに、蹂躙されるのが目に見えているだろう。そうなれば、戦況というのは一気に変わる。
『そうね。そういう可能性も高いのではないかしら。そうなればすぐに情勢は落ち着くでしょうね』
(その加護持ちの子って、力を持ったらやりすぎちゃうような子ですか?)
『流石にそういう加護持ちだったら、加護を没収されると思うわ』
(ふぅん。なら、いいか。その加護持ちの子が私に嫌なことをしてきたら、私はぶっ飛ばすよ!)
『ええ。それは好きにしていいと思うわ』
トリツィアの言葉に、女神様は楽し気に笑うのだった。




