勇者がやってきた。⑪
勇者の魔物討伐は恙なく進んでいく。
特に誰かから乞われるでもなく、誰かを助けるでもなく、基本的にトリツィア、オノファノとしかヒフリーは喋らずにそれは進んだ。
「小さな魔物が多いけれど、魔物倒すのもヒフリーは慣れてきたね。筋がいいというか、勇者だからこそ呑み込みが早いね」
「ありがとうございます。師匠は魔物を倒すのが本当に得意ですね……」
トリツィアの戦い方は、本当に手慣れている。ためらいもなく殴り掛かり、その命を終わらせる。
やると決めたら即座に動き出し、すぐに対応してしまう。トリツィアとはそういう少女である。
ちなみにオノファノは今、席を外している。
「何度も戦えばもっと慣れてくるはずだよ」
トリツィアはそう言って笑う。
緊張感の欠片もない様子から、トリツィアにとって魔物を倒すことは日常の一部でしかないことがよく分かる。だから魔物と戦う際も平常心というか、何処までも落ち着いている。
その様子を見ていると、ヒフリーは緊張している自分が馬鹿らしく思えてくる。
どんな時でも心を平常に保つこと。何があったとしても冷静に行動をすること。
その姿が眩しいと、そんな風に憧れる。
どれだけ力があったとしても冷静さを欠いてしまえば、結局のところどうしようもない。
いつでも笑っていて、どういう状況でも緊張感がないトリツィアの様子は、人によっては気に触るかもしれない。しかし油断していることと、平常心であることはイコールにはならない。
トリツィアという少女は、ただ自分の力を理解している。どんな時でも動じず、いつも通りの自然体。
「俺も師匠のようになりたいです。どんな時でも平常心で、魔物を討伐をこなしていければ――俺を選んでくれた神に誇れる勇者になれると思うから」
「んー? 難しく考える必要は全くないよ。特にマオと戦う必要もないわけだし、のんびりやりたいように生きて行けばいいだけだよ。神様への信仰心があるからこそ、立派でありたいと思っているのかもしれないけれど気を張る必要はないしね。私はヒフリーを勇者に選んだ神様を知らないけれど、折角自分が選んだ勇者が無理していたら嫌だと思うよ」
勇者に選ばれたからこそ、自身のことを選んでくれた神が恥ずかしくない存在でありたいとそうヒフリーは思っている。
トリツィアやオノファノの強さに感服し、勇者でない二人の強さに驚き――それで少しは心に余裕が出来ていた。とはいえやはり勇者に選ばれたことにたいする重みをヒフリーは感じている。
選ばれたからと気合を入れている様子を見ても、トリツィアは簡単に言ってのける。
神というものは、基本的には人よりもずっと高みにいる存在である。だからこそ人は恐れ、崇め、その神から選ばれたとなると無理をしてしまう者はそれなりにいる。折角英雄になる素質があったとしても、そのせいで命を失う者もいる。トリツィアはヒフリーが無茶をしすぎてしまうように見えたのかもしれない。
トリツィアは女神様のことを誰よりも信仰している。とはいえ、その女神様から期待を受けていたとしても気楽に自分の思うがままに行動するだろう。もしその期待に応えられなかったとしても女神様がトリツィアに対して失望などをすることがないと知っているからかもしれない。
「ははっ、ありがとうございます。師匠」
「ヒフリーは勇者だけど、別に勇者として過ごす立派であろうとする必要は全くないからね」
トリツィアの笑みは何処までも無邪気で、そういう表情を向けられると――ヒフリーは落ち着いた気持ちになっていく。自分がどれだけ勇者として不甲斐なかったとしても、期待通りの動きをしなかったとしても――トリツィアも、そしてオノファノも全く変わらないだろう。
勇者が生まれたことは、まだ公表されていないことだ。
でもその存在を知られれば、ヒフリーは様々な目を向けられることになるだろう。
それでもきっと大丈夫だと、そんな風に思えた。
「師匠、俺は勇者として人を助け、神に誇れる存在を目指します。だけど落ち込んだ時は師匠やオノファノさんに話を聞いてもらいに来ていいですか?」
「もちろん、いいよー。師匠というのは弟子が困っていたら助けるものだからね」
トリツィアは全く躊躇せずに頷き、笑った。
それから勇者はトリツィアたちに連れられて、魔物を討伐する経験を積んだ。その出張が終わった後、勇者は巫女姫のいる場所へと戻った。それから準備を整えて、勇者として活動をし始めることとなる。
魔王が現れたということは広まっていないものの、その勇者ヒフリーの名は人々の名に刻まれていくこととなる。
どんな時でも冷静沈着。人を助け、周りに対して驕ることもないその様子に周りは「流石、勇者様だ」と口々に言うのであった。
当の勇者は時折、「師匠、話を聞いてください!」とトリツィアの元へとやってくる。もちろん、お忍びでであるが。その姿は度々みられることとなるのだった。




